反撃開始
馬車がゴトゴトと音を立てながら走る。
俺は両手を後ろに縛られていた。
俺たちの正面には見張りの兵が2人、俺の横にはゲイルがいる。
「あのう……一応言っておきますが、私は廃嫡を申し出たので殺す必要はありませんよ」
「……」
無視かこの野郎。
でも話すのはやめない。
「出生の秘密でもなんでもないあの噂なら知ってますし高い確率で事実なんでしょうね」
「……ふっ。おめでたいことだな」
「おめでたい? なんの話だ? 俺が寵姫の息子って噂だろ?」
「……」
おめでたくて悪かったな!
新年会用の隠し芸を見せつけてやろうか?
ふふふふふ。
どうやら通信講座で身につけたドジョウすくいを見せるときがやって来たのか!
と、一方通行の会話を楽しみながら俺は隠していた包丁で縄を切っていた。
それにしても俺の身体検査をしないなんて甘い連中だ!
俺は死なぬぞ!
死なぬぞ!
ぶちりと小さな音がして縄は切れた。
よし、反撃だ!
「どりゃああああああ! タマとったらー!!!」
俺はそのまま包丁で襲いかかる。
ところがこちらはひ弱な10歳児。
腕をとられて背中側に捻られる。
「いででででででで!」
なぜだ!
他の転生者だったら山賊とか誘拐犯は今ごろミンチだぞ!
序盤でゴミのように殺される役だぞ!
なぜ同じ転生者だというのに俺にはチートがないのだ!
「大人しくしろ。なんならいま殺してもいいんだぞ!」
俺はしかたなく包丁を手放す。
半ケツ晒した情けない姿でだ。
だが真打ちはこの時を待っていたのだ。
ゲイルがもう一人の兵士を殴った。
パンッという軽い音。
ゲイルは正確にアゴを打ち抜く。
ぐるんと白目を剥いて兵士が倒れた。
「き、貴様!」
俺の包丁を拾ったもう一人の兵士がゲイルを斬りつける。
だがゲイルはその手をつかみ、抱えるように腕を曲げ兵士の持っている包丁を兵士の横っ腹に突き刺した。
兵士は一瞬で意識を失った。
ゲイルはただの葉っぱおじさんじゃない。
ものすげえ達人じゃねえか!
「まったく、人が縄抜けしているのに油断も隙もない……」
「縄抜け?」
「ええ、手首と親指の関節を外してぐるんと……」
「聞くだけで手が痛くなるからやめて」
「それじゃあ、ドアをぶち破ります」
そう言うとゲイルは馬車のドアに蹴りを入れる。
ドアが外れゲイルは飛び出し、馬車の上に乗る。
しばらくしてドスンという音がする。
するとゲイルが屋根から手を差し出してきた。
「殿下。手をつかんでください。逃げますよ!」
俺はゲイルの手を取る。
ゲイルは俺を引っ張り上げた。
運転席の御者が力を失ってぐったりしているのが見えた。
先ほどの音はゲイルが御者を倒した音だったのか。
「殿下、飛び降ります! いいですね!」
「よくないけどやる」
俺が答えるとゲイルは俺を抱き抱える。
よし行くぜ!
「3で飛び降りますよ!」
「おうわかった」
どうせ2で飛び降りるんだろ!
わかってるよ!
だれが騙されるかよ!
「1!」
「んぎゃああああああああッ!」
2ですらなかった。
1でゲイルは俺を抱きかかえて飛び降りた。
お約束だけどおぼえてろ。いつか仕返ししてやる。
俺を抱きかかえたゲイルは地面に着地する。
俺たちはそのまま隠れるところの多い森の中へ飛び込んだ。
後ろを走っていた馬車が止まり兵士が飛び出してくるのが木の陰から見えた。
「殿下。これからは声を出さないでください。気づかれますので。なるべく隠れながら会場へ戻ります」
なるべく小さな声でささやいたゲイルに俺は頷いた。
ゲイルは中腰で木の陰を移動していく。
俺もゲイルを真似してゲイルの後に続く。
ゲイルは俺の方に止まれと手を差し出す。
俺が止まるとゲイルは指さした。
指さす方向を見ると皮鎧を着て石弩を持った兵士がいた。
ゲイルは兵士に近づくと裸締め。スリーパーホールドで締め付ける。
ゲイルの腕は正確に頸動脈を締めつけていた。なるほど、顔で後ろから頭を押して角度調節をするのか。
いきなり攻撃された兵士は驚いて石弩を落とし、反射的に身をよじった。
パニックになった兵士はゲイルの腕に手をかけて外そうと試みるが、がっちり締まったゲイルの腕はビクともしない。
しかたなく兵士は腰に差した剣に手をかけるがうまく取れない。数回もがいてようやく剣に手をかけた瞬間、兵士は失神した。
ゲイルはわずか数秒で兵士の意識を落とした。
スリーパーホールドは目つぶしや金的に弱いと聞いていたが実際はそうでもなかった。
ゲイルは兵士に眼球や金的を狙う間も与えず兵士は腕への噛みつくことすらできなかった。
やはり格闘技で使うような技は実戦でも強いのだ。
いつか役に立つかもしれない。憶えておこう。
ゲイルは兵士が落とした石弩を奪うと失神した兵士を木の陰に隠し俺に手招きをした。
俺は素直にゲイルの後に続く。
ゲイルの後ろに着くとゲイルが木の上を指さす。
はい? 木に登れって意味か!?
俺は指示されるがままにスルスルと木を登る。
ふふふふ。前世で死ぬ3ヶ月前までやってた壁昇りで鍛えた腕がこんなところで役に立つとはな。
俺は手をホールドし、踵を引っかけ、スルスルと木を登っていく。
ふははははははははは!
大人の背より高い枝まで辿り着くと俺はブーツからナイフを抜く。
わかっているよ!
わかっているともゲイル!
人間は上空からの攻撃に弱い。
脳がそう作られていないせいで処理が遅くなるのだ。
だから木の上から飛び降りてナイフで攻撃だ。
槍を持った兵士が見える。
あと1メートル。
70㎝……今だ!
俺は飛び降りる。あちょーっ!
ゲイルが「ちょっ! なにしてんじゃボケ!」という顔をしたが気のせいだろう。
ぬはははははははは!
ところがここで予想外事態が起きる。
まさに今飛び降りようとする俺の脚にツタが絡まったのだ。
俺はバンジージャンプのようになりながら落ちていく。
焦ったせいでナイフは落とした。
兵士の後頭部が見えた。
慌てて俺は手をクロスさせる。
そのまま兵士の後頭部へクロスチョップ!
「んがっ!」
兵士は間違えて踏んでしまったネズミみたいな声を出してそのまま倒れた。
……ふ、計算通り。
どうよ俺のパーフェクツな計画。
決して運が良かったわけではないぞ!
……本当だぞ。
ゲイルが来て身振り手振りで俺をしかりつける。
「殿下なにやってんだよ! 見つからないところで待機しろって言っただろ! なに考えてんだよ!」
うん。攻撃命令だと思っちゃった。
ゲイルはため息をつくと俺の脚のツタを千切り逆さづりの俺を救助する。
そのまま無言で拳骨ぐりぐり、いわゆる梅干しを俺にする。
ぬおおおおお! 痛い! 痛い!
頭を抱える俺。
ややキレ気味のゲイル。
ゲイルは本気で怒っている。
うん連携ができてなかった。ごめんね。
少しだけ険悪な雰囲気になりながら俺たちは進む。
すると大きな滝のある場所へ出た。
なるほどね。
俺はにやあっといやな笑顔になった。
ゲイルは変な顔をしていた。
俺はゲイルの上着を引っ張ってひそひそ話をした。
なに話してやがんだって?
いやん女の子どうしの秘密よ。
悪巧みを聞いてゲイルも悪い顔になる。
ふはははは! 貴様らに捕まる俺じゃないぞ!




