ギュンターさん
狐が野を駆け、その後ろを猟犬たちが追いかける。
馬に騎乗した貴族が猟犬の後ろに続く。
犬たちは狐を追い回し、だんだんと追い込んでいく。
狐狩りはただの猟ではない。
騎乗の訓練であり、現場指揮官の指揮の訓練でもある。
猟犬の訓練でもあり、社交場でもある。
これは小さな戦場なのだ。
貴族達はそこで男臭い友情を深めるのだ。
馬の筋肉質の脚が大地を抉りながら駆ける。
草は潰され、土が抉られ飛んでいく。
馬の息は荒くなり、貴族たちも息を切らせながら狐を追いかける。
犬が狐の首に飛びつき、その体を振り回す。
狐の悲鳴と猟犬の吠える声。大きな角笛の音と歓声がこちらまで響く。
一匹仕留めたようだ。
「残酷ですね……」
俺は素直な意見を口にした。
「そのような意見もありますな」
将軍も頭からは否定しない。
将軍は見た目とは違い話せばわかる男のようだ。
だがそれと会話のキャッチボールができないのは別問題だ。
……うんしかたがない。
少しデレてやろう。
それに今だったら誰にも聞かれない。
騎士は忙しいし、護衛は将軍だ。
「将軍、情報ありがとうございます」
「……さすが殿下。意を汲んで頂けたようで幸いです」
「将軍は私の状況を知っておられるのですね。ハイランダーのせいで私が狙われていると思っておられるのですか?」
「知っています。というよりいつかそうなるだろうと予想してました。それに関しては王国史、それとおとぎ話の『王の剣』をお読みくだされ。原文に近い写本が図書室にあるはずです」
その口調はまるで学者だった。
もしかして……
「失礼ですがご専門は?」
「学生時代は歴史学を選考してました。今は軍学一筋ですが」
歴史学! 似合いすぎる!
「将軍はもとは外国のかたですよね。異国風のお名前ですから」
「もともとは交換留学生でした。運良く婿養子になりましてずっと王国でご奉公をさせて頂いてます」
その顔で婿か……懐深けえなおい……
「これも惚れた弱みといいましょうか……」
恋愛結婚かーい!!!
「奥方は素晴らしい女性でしょうね」
奥方は女神に違いない。
絶対に女神だ。
「ふふふ。そうですな」
ギュンターは微笑む。
嬉しそうな顔しやがって。
こういう顔の時は普通なんだよな。
俺は将軍をだんだん好きになっていくのがわかった。
やっぱりじっくり話してみないと人間というのはわからないものだ。
俺が一人で納得しているとギュンターが本題に入る。
事件のヒントだ。
「殿下、10年前ではなくもっと前の事件もお調べください。殿下の敵の正体がお分かりになりますことでしょう」
「将軍は誰が犯人なのか知っているんですか!?」
「具体的な犯人が誰かまではわかりません」
お、おいこら! もったいぶるな! 今すぐ教えろ!
と、思ったその時だった。
「マルク卿が落馬したぞー!」
大声で叫ぶ声が聞こえた。
角笛が作戦の中止を知らせる。
「落馬……だと……」
俺が立つとギュンター将軍が肩をつかんだ。
「動いてなりません。陽動かもしれません」
「い、いやしかし」
落馬は洒落ならない。
頭から落ちることが多く、さらに落ちたあとに馬に踏まれてしまうこともあるからだ。
狩りを中止するほどの名家だ。
影響は計り知れない。
事態を見極めねばならない。
事故なのか陽動なのかを決めかねて少しイライラしていると、ゲイルの声がした。
「俺が見てきます。殿下は絶対に動かないでください」
え? 怖い人と一緒?
「殿下は面白い家臣をお持ちのようだ」
「陛下の信頼する家臣であって、私の家臣ではありません」
友人だとは思うけど。
ポジション的には親戚のおっちゃんかな。
メリル母さんの関係者みたいだし。
「同じことです。ふむ……なにか騒がしいようですが」
なにが?
と聞く暇は与えられなかった。
「殿下! お逃げください!」
俺の護衛をしていたアレスの怒鳴る声が聞こえた。
それは馬だった。
馬が俺がいるテントに目がけて走って来ていたのだ。
訓練のせいで逃げ癖のできた俺は誰よりも早く逃げる。
テントの外にベンとライリーがいた。
「逃げろ! 暴れ馬が来る!」
俺が怒鳴ると2人は俺に追随する。
よし、やはり2人とも有能だ。
俺は必死に逃げる。
だが馬はまるで俺を狙っているかのように突っ込んでくる。
ガキの歩幅じゃ逃げ切れない。
やべ死んだ!
と、思った瞬間、ギュンターが俺をつかみ放り投げる。
俺はバウンドもせずに地面に着地。
そのままカサカサと逃げる。
ギュンターは片手に鉄の盾を持っていた。
なにをするのかと思ったら将軍は盾を振りかぶった。
そして盾で馬を殴りつける。
馬の胴体がくの字に曲がり吹っ飛んだ。
化け物か!
「殿下!」
今度は急いで走ってきたゲイルに回収される。
投網を投げつけられ馬が引き倒されていくのが見えた。
「殿下! こちらです!」
ベンとライリーが俺を呼ぶ。
ゲイルは二人についていく、
俺はゲイルに肩に担がれているので抵抗しようがない。
しばらく走ると馬車が見えてくる。
「あの馬車で城に向かいます」
ライリーの言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。
嘘だ!
俺はゲイルの背中を叩く。
「わかってます」
ゲイルが小さな声でささやいた。
それでもゲイルは俺を離さない。
ゲイルは腰に隠していた剣を抜いた。
「おっと抵抗はやめてもらいますかね! おい出番だぞ!」
ライリーが誰かを呼ぶ。
すると何人もの石弩を構えた兵が木の陰から出てくる。
「殿下。ようやくこちらも運が向いてきたようだな」
「おいライリー! なんのつもりだ!」
ベンが激怒し怒鳴った。
ずっと相棒だったのだろう。
裏切られたと思ったに違いない。
「始末しろ!」
石弩が発射される。
ベンに矢が突き刺さり、ベンは膝から崩れ落ちた。
「さて、殿下にはここで死なれると困るんです。それに宮廷道化師、いえハイランダー族長のゲイル殿も」
「族長!?」
ちょっと待て! 聞いてねえぞ!
「ええ。真相に辿り着くのには苦労しましたよ。ゲイル、貴様が陛下をたぶらかし、この王国を蝕む偽王子を送り込んだのはわかっている!」
「なにを言っている?」
「殿下には後でたっぷりと教えてあげましょう。つれて行け!」
俺たちを兵士が馬車に詰め込む。
こうして俺たちは捕まったのだ。
……って、なにこの急展開。




