怒濤の狐狩り
貴賓席があるテントに猟犬の吠える声が響く。
わんわんおー。
俺はその中でやる気満々な顔をする猟犬をなで回す。
もっと撫でてもいいんだぜ!
そんな顔をする猟犬を俺は遠慮なくモフる。
すると今度はお腹を見せる。
ふふふ愚かな人間どもよ! 遠慮なくモフるがいい!
もちろん俺は遠慮はしない。
全力で撫でまわす。
「殿下は猟犬と相性が良さそうですな」
ゲイルが嬉しそうな声を出した。
俺はどういうわけか犬には好かれるんだよな。
「動物だけには好かれますので」
「寂しいことを言わないでください。私は殿下のこと好きですよ」
少し元気が出た。
俺が犬を撫でるのをやめるとゲイルが小声で言った。
「いいですか? 犯人をあぶり出しますよ。命にかけてもお守りしますが、念のためなるべく人が多いところにいてください」
「ああわかった」
ゲイルの提案はリスキーだ。
だがこのままではじり貧だ。
俺を積極的に守ろうとはしていない。
きっと国王はなにかを企んでいるに違いない。
俺は兵士に案内された貴賓席へ座る。
作戦の指揮官は俺らしい。
だけど指示なんて出せるはずがない。
狩りを学んでいない俺には無理なのだ。
それは集まっている貴族達も同じだ。
彼らは戦闘には詳しくても狩りはアマチュアなのだ。
だから俺や貴族にに恥をかかせないためにちゃんと猟師が段取りを決めているだろう。
だから今日はここで偉そうにしているのが俺の仕事だ。
ただボケッと座っているのが仕事なのだ。
た、楽しくない……
なので無邪気な子どものフリをしてひたすら犬や馬をモフろうと思う。
御付きの兵士が守りを固めているので安全だ……よね?
念のために腰に隠した目つぶしと、ブーツに仕込んだナイフ、なにかあった時用に背中には包丁を仕込んである。
これは明らかに王子の装備ではない。
王子様というアイデンティティが今まさに揺らぎまくってる。
そんな俺に騎士が声をかける。
「殿下、今日の狐狩りで現場で5人長をされるローズ卿がご挨拶をと申しております」
ローズ卿。
フィーナの実家だ!
「あ、はい。お通しください」
俺がそう言うと、演歌歌手のように顔が濃い筋肉お化けが入ってきた。
ローズ卿だ。
「これはこれは殿下。本日は狐狩りにお誘い頂き5人長という多大なるお役目を賜り光栄にございます」
ローズ伯爵は俺にやたら丁寧に挨拶をする。
5人長はプレイヤーになっている5人の貴族のリーダーという意味だ。
一見するとたいしたことないが、貴族5人のリーダーという意味なのでローズ卿は有力貴族と言えるだろう。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「殿下は娘にお目をかけて頂いているとか。誠にありがとうございます。殿下のご情愛は我が家名に刻み込まれることでしょう」
こういう挨拶嫌い。
でもこういうやりとりが大事なのだ。
「ふぃ、フィーナにはお世話になっています」
舌を噛みそうだ。
「あの娘は少々粗忽ものでございます。ご迷惑をおかけしていましたら申し訳ありませぬ」
「い、いえ……とてもいい娘さんですよ」
まあ一晩添い寝したら偉そうになったりとか、命を助けてやったのに脅されたことだけ憶えてるとか問題はあるが、彼女は大事な相棒だ。
もちろん年の近い友人でもある。多少性格に問題があるのも、もうちょっとだけ大人になれば落ち着いてだいぶマシになるだろう。
「殿下、なにか困りごとがおありなようでしたら声をかけて頂ければ我が一万の軍勢が馳せ参じましょうぞ」
ローズ伯爵がやたら丁寧に発言した。悪巧みの時間だ。
俺はローズ伯爵の言葉を翻訳する。
今のローズ伯爵の発言は「急に娘との噂流したけどなんか困ってるの?」だ。
「王宮の噂などいつものことです。いちいち大げさに騒ぐほどのことでもありません。ですが我が身にローズ伯爵家がついているとなれば心強く感じます。ローズ家との親密な関係をもたらしてくれたフィーナには忠義に報いてあげなければと思ってます」
翻訳、「うん。困ってるんだ。表にできないやっべーのがあってさ。親戚一堂俺の仲間になってくれない? あとでフィーナにもみんなにも恩は返すからさ」
「殿下のお言葉は我が一族の言葉となりましょう。我が一族は命をかけて殿下に忠義を尽くしましょうぞ」
翻訳、「え、嫁? マジで嫁になっちゃうのウチの娘? テンション上がってきたー!!! それだったらこちらも命をかけちゃうよ!」
「私の一存では決められないことが多いですが、ぜひご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
翻訳、「でも政治的にはまだ力がないからいろいろ手を貸してね」
「感動いたしました! もちろん一族、いえ協力関係にある貴族にも協力を要請いたしますとも」
翻訳、「キター!!! 我が一族の天下キター!!! ようしパパりんフィーナを嫁にするために派閥に協力を要請しちゃうぞー! 一世一代の大勝負のはじまりですよー!」
「ありがとうございます」
俺たちは薄汚く笑い合っていた。
微妙にかみ合ってないのは気にしない。
悪巧みとはこういうものなのだ。
「くくくくく」
「がーはっはっはっは!!!」
くくく、俺の隠れた欠陥は寵姫の息子というだけだと思ってやがる。
気がついたら戻れないぞー。
こうして俺は派閥を手に入れようとしていた。
俺はこういう謀略には案外向いているようだ。
そして話が一区切りすると兵士がやってくる。
「殿下。開会のお言葉をお願いいたします」
「では殿下。今後ともよろしくお願いいたします」
ローズ伯爵も持ち場に戻る。
俺はローズ伯爵が持ち場に戻ったのを確認すると立ち上がって高らかに言った。
「今日は貴公らの思いやりに感謝する。作戦開始!」
「うおおおおおおおおお!」
やたらテンション高く貴族達が叫んだ。
実際に動くのは犬と猟師さんなのに。
ローズ伯爵も急いで戻ってしまった。
さて暇になった。
そうだ動物と遊ぼう。
と言っても猟犬はお仕事中だし、俺も人がいるところからは動けない。
俺が困っていると、ちょうどよく警備任務で巡回していた騎士が近くを通りかかった。
「いい馬ですね」
俺は騎士の馬を褒めた。
ちなみに俺は前世で競馬もやったことがないので、馬の善し悪しはまったくわからない。
テキトーなことを言ったのだ。
「で、殿下! あ、ありがたき幸せ!」
ごめんね騎士さん。
たいていの騎士は馬に財産ぶっこんでいるって知ってただけなんだ。
「とてもあなたを信頼しているようです」
これもテキトー。
たとえ信頼関係がなくても褒められて気分を害す人はいないだろう。
「殿下は馬がお好きなようですね」
突然声をかけられて後ろを向くとベンとライリーがいた。
どうやら2人は今日も俺の護衛任務のようだ。
「ええ。動物はいいですよね」
人間と違って素直で。
俺が上機嫌でニヤニヤしていると馬がひひんと鳴いた。
助けを求めている声だ。
なにかあったのだろうか。
そう思って馬の先を見ると鎧を着た男がやってくるのが見えた。
「殿下。お久しぶりです」
そう言って頭を垂れて挨拶をするのはギュンター将軍。
ゲイルはギュンターが現れると姿を消した。
いつものように物陰から守っているに違いない。
それにしてもギュンターは相変わらず怖い!!!
顔じゃない。その存在が怖いのだ。
馬の脚がガクガクと震えている。
はいそこ、馬が怯えてるだろが!
動物虐めんな!
「殿下、今日は殿下の警護を我が第一軍が担当いたします。もちろんエリック様の配下の方々も一緒にです」
今まさに心臓が止まりそうですが。
「では私めは殿下の側におります」
「……え?」
「この第二軍からはこのギュンターとそこのアレス、第三軍からはそこのお二人がお側で殿下をお守りいたします」
ギュンターと一緒。
俺マジで死んじゃうんじゃないかな? 恐怖で。




