真実のゆくえ
それからは地獄だった。
朝はゲイルの猛特訓。
目つぶし金的ありあり。
それが終わったら石にナイフに短剣に包丁にと、とにかくあらゆる物を投げる訓練をする。
俺はインドア派だが運動神経は悪くない。
二、三回で石やナイフは的に当るようになった。
わざと回転させるのがこつだとは思わなかった。
金魚ちゃんの訓練もする。
練習用の灰をザルでふるいにかけた物で目つぶしの練習だ。
ゲイルの訓練は素人目にも合理的で実戦的なので文句はない。
正直言うと結構楽しい。
だがもう一つの訓練には不満だらけだった。
午後に行われる騎士団の行進行進行進……鎖かたびらを着て旗持ってやたら男臭い第三騎士団団歌を大声で歌いながらただ歩くだけ。
「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー! きしだーん! きしだーん! だいさーんきーしだーん!!!」
俺はやけになって怒鳴る。
ちなみに音は応援団と同じでメロディではなく声の強弱で表現する。
アホか!!! なにこの理不尽!
剣くらい持たせろ! 意味ねえだろ!
この不合理と不条理に俺のストレスは天を突き爆発寸前になっていた。
ストレスで過労死するわ!
確かに痔の悪化で休暇中ということになっている道化師ゲイルが陰から守ってる。
昼間は騎士団の二人もいるので安心感はある。
事実あれからは殺されるような罠には遭遇してない。
だが敵の尻尾をつかんだわけじゃない。
まだゲームの主導権は敵側にある。
こんなことで死ねるかよ!
絶対に捕まえてやるからな!
ということで夜になると俺は図書室で資料を漁っていた。
ハイランダー。あの不気味な男が言った言葉だ。
彼はギュンター将軍。
王国第二軍の将軍で知将とも言われる男だ。
名前からすると外国生まれのようだ。
ギュンター将軍は中央の舞踏会や懇親会が嫌いなせいか、めったに夜会には出席しない。
それで俺は顔と名前が一致しなかったようだ。
俺には知将というより心の闇が漏れまくってる恐ろしいオッサンに見えたけどな。
顔から言えば一番の容疑者だ。
アン●ニーホプキンスの出演の映画より犯人がわかりやすい。
だが犯人がわざわざ俺にヒントを与えるだろうか?
ハイランダーなんて意味がないんじゃないだろうか?
それでも何かの意味があるかもしれない。
なにせ俺が生まれたときに彼らが滅亡したという事実があるのだ。
調べるべきだ……と思ったんだけど……
「資料がねえ……」
どういうことだろうか?
資料が見つからない。
戦争をしたなら予算資料や作戦概略があるはずだ。
王国史にも記録がない。
それどころか裁判記録も徴税記録も存在しない。
いくら少数民族だからって税金くらいは取っているだろ?
もし敵対する部族で支払いを拒んだとしたら、損失金として計上されているはずだ。
……だがそれすらないのだ。
まるでハイランダーという民族がこの世から消えたかのように扱われている。
俺は思わずイラついて怒鳴った。
「ゲイル! いるんだろ? どういうことだ!?」
「殿下……禁忌に触れようとするのはおやめなさい」
漆黒の衣装に身を包んだゲイルが物陰から現れた。
やはり俺を守っていた。
俺は確信していた。
ゲイルは俺を守っているが、同時に俺を監視している。
俺が狙われたのも、ゲイルが護衛になったのも全ては繋がっているのだ。
「確かゲイルが国王を殺そうとしたのは10年前。ハイランダーの絶滅も10年前。おかあ、寵姫メリルの記録が現れたのも僕を生んだ10年前。僕が生まれたのも10年前……おかしいと思わないわけがないでしょうが?」
「……偶然です」
「ゲイルはハイランダーなんでしょう?」
「違います」
息をするように嘘をつきやがって。
「メリルもハイランダーですよね?」
「違います」
「僕もハイランダーなんでしょ? だから犯人は僕を殺したいんじゃないですか?」
「違います!」
ここだけ否定が強い。
つまり『肯定』ということか。
「ゲイル、あんたは何を知っている」
ちょっと心が揺れたせいか俺の口調がきつくなった。
「陛下との約束につき話せません」
その時俺はちょっとおかしかった。
ストレスが溜まりすぎていたのかもしれない。
俺はゲイルの発言を聞いて……ブチ切れた。
俺は机を叩いた。
「なんで仇に義理立てすんだよ!」
「私と陛下の利益は一致しています」
「へえ? じゃあ陛下が俺を始末しろって言ったらどうするの?」
ムキになって俺は言った。
「あなたの殺害は私の利益に相反します。陛下の利益にもね」
「信じられないね」
「私が殿下を裏切ることはありえません。陛下が殿下を狙うこともありえません。こればかりは信じてもらうしかありません」
「そうかよ! わかったよ!」
俺はガキみたいに怒鳴った。
いやガキなんだけど。
……どうにもイライラしている。
俺は真っ直ぐとゲイルを見据えた。
するとゲイルはため息をつく。
「殿下……わかりました。ハイランダーについて私が知っていることをお話ししましょう」
「お、おう」
意外なことにゲイルはすんなりとハイランダーの情報を話し始めた。
とうとう謎に包まれたハイランダーが表に出るのか!
「ハイランダーは……まあ王国基準で言えば山岳民族に相当します。」
「へえ。放牧とかやってたの?」
「ええ、主に山羊や羊ですね」
「滅ぼされる理由がないじゃん」
「ええ、まあ、もう一つの仕事が問題でしてね」
「もう一つ?」
「彼らのもう一つの仕事は傭兵です。それと暗殺やもろもろの仕事ですね。その名は諸国にとどろき、ハイランダーは金さえ積まれればどんな仕事でも請け負いました」
暗殺……やはりか。
やはりゲイルはハイランダーで、ハイランダーは希代の傭兵集団だったのだ。
「傭兵なんてキツい仕事じゃないの? 死ぬのは怖いでしょ?」
戦争や人殺しの代行、正直言ってこんな割に合わない仕事はない。
想像するだけで怖くなる。
「村では出稼ぎ程度の認識でしたね。戦いで死ねば天国に行けるってのが村の常識でしたし」
嫌な常識だ。
「でもそんな生活が続くはずがない。それはみんなわかってました。滅ぶときは一瞬でした。ハイランダーがどんなに強くても10倍の兵を差し向けられたら終わりです」
「つまり私の故郷もなくなったわけですね」
「発言にはお気をつけください。殿下は決してハイランダーではない。戦士の洗礼も受けてなければハイランダーの掟も知らない」
なにその差別。
「……じゃあなぜギュンターは俺にヒントを与えたの?」
「……ギュンター将軍はハイランダーを滅ぼした第二軍の将軍です」
「ギュンターは俺をハイランダーだと疑っているんじゃないか?」
「でしょうね。その問題はこちらで処理します」
「ああ頼む」
「それと……」
「なんだよ」
「殿下は『俺』の方がよく似合います。あまりいい子ちゃんしてない方がいいと思いますよ。演じるのは心が疲れます。自然が一番です」
「考えとく!」
さすが宮廷道化師。
ゲイルは人を観察する眼が優れている。
次はもうちょっと慎重に猫を被ろう。
こうやって小競り合いはありながらも俺たちはお互いを理解しようとした。
そしてこのとき本音で喋った俺たちはようやくわかり合えたのかもしれない。
俺はこのゲイルをもっと知りたいと思った。
敵も慎重になっているはずだ。
今なら暇がある。
だが敵はそれを許さなかった。
翌日……俺に母親の秘密を話してしまった下働き二人のうちの一人、マーサが死んだのだ。




