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20の小人  作者: 佐伯寿和
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ウサギの目

深々と降り積もる雪が煩わしくも感じられる冬の直中ただなか

新年を迎えてめでたい時節柄じせつがらだというのに、私はどうやらおかしな病気にかかってしまったらしい。それも、どうやらかなり重い病気のようだ。高度な医療器具を扱う、難病奇病なんでもござれの医者がさじを投げたというのだから。

父も母も私の普通でない病気が世間に知られることが恥ずかしいらしく、医者に治せないと分かると一変して、私のそれをひた隠しにするようになった。

私にさえ、症状も病名も教えてはくれなかった。


ただ、その病気は深い眠りに入っている間にしか現れることがないようで、学校に行ったり、友達と遊んだりを止められるようなことはなかった。授業中、よく居眠りもしたが、それでも問題を起こすようなことはなかった。

だから、面と向かって医者に゛病気゛だと言われても私にはあまりその自覚がなかった。


そこで昨日、私は両親には内緒で自分の部屋にビデオカメラを設置した。バレないようにわざわざ新品の90分テープも用意した。

5倍速で録画すれば7時間強。私がベッドを巣にする変温動物でもない限り、十分な時間だ。

明日、一つの疑問が晴れる。けれど、何の不安も高揚もない。再生してみたら静止画のような画しか撮れていないような気がするからだ。

「おやすみ。」

カメラのレンズを見つめながら、なんとなくそう言っておいた。

何のためなのか自分でも分からないけれど、そう言っておいた方がイイような気がした。


翌日、いつものように昇る太陽。いつものように聞こえるスズメのさえずり。いつものようにわめき散らす目覚まし時計。

私は、いつものように目覚まし時計を止め、変わらない寝起き加減でベッドから這い出た。

まだ頭に血が上っていないせいか、私はビデオのこともスッカリ忘れてしまい、朝食を求めてリビングへと向かった。


低血圧の私は基本的に朝に弱い。だから、午前中は何か考え事をしようと思っても大概、億劫おっくうになって途中で諦めてしまう。だけど、

「おはよう。」

朝、頭がフラフラしている私でも、母の澄んだ声とバターの溶けるイイ匂いが私を食卓までキッチリ誘導してくれる。

お母さんは料理が上手だ。お店は開けないかもしれないけれど、学校でお弁当の自慢くらいはできる。

何か作業に集中していても、食事時になるとその匂いにあてられて落ち着かなくなる。それくらいだ。


「今日は遅いの?」

私は弓道部に入っている。

たいして上手ではないけれど、弓を引いている間、座禅を組んでいるような空っぽの世界に入り込むので、気づけば皆は帰っていて一人遅くまで道場にいることが多いのだ。

「う~ん、いいや、早目に帰るよ。」

言いながら、完璧な加減の半熟目玉焼きと芸術的なキツネ色のトースト2枚をペロリとたいらげた。

イクラのように薄い膜を破ると、ハチミツのように舌に絡みついて離さない甘い、甘い黄身が早朝の愛撫あいぶをしてくれる。

新雪が手のひらで溶けるようにバターがトーストの表面を走る。まるでそういう焼きたてのお肉に見えてヨダレが止まらない。歯を立てるとパリパリとクラッカーのような歯応えが病みつきになりそうだ。

訂正する。やっぱりこの仕上がりは一流のお店で出てきても遜色そんしょくない。


もう2枚ずつ食べられそうだけど、太ってしまうのも困るので我慢して身仕度をしに部屋へと戻ることにした。

そうして自室の扉を開けた時、思わず二の足を踏んでしまった。そこに見慣れない異物が私の寝床をジッと見詰めていたからだ。

一拍置いて、それが自分で仕掛けたものだと分かるとつい笑ってしまった。


微動だにしない。耳を澄ませばそれはジーッという音を立てている。どうやらまだ録画し続けているようだ。レンズの向こうにはこの部屋の主人はいないというのに――――。

いいや、もしかしたらこのカメラにはそこに別の誰かが見えているのかもしれない。そういう『何か』に敏感な犬猫と同じような雰囲気を漂わせている。

それは、得も言われぬ不気味さ。まじまじと見詰めていると、奇病の正体をあばこうと用意したそれ自体が病気の正体のようにも見えてくる。


私は少しの間、再生ボタンに指を置いたままの姿勢で固まってしまった。

『怖い』訳じゃない。急に、覗いちゃいけない気がしてきたのだ。

だから、ボタンを押したのは私の意思じゃない。『何か』が私にそうさせたんだ。


そう思うと、隣に並んでいる真っ赤な録画ボタンが、女の子を木のうろから突き落とす白ウサギの狡猾こうかつな瞳に見えた。

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