召喚された女の末路
※暗くて救いの無い一人語りなお話です。何でも大丈夫な方はお暇つぶしにどうぞ。
私は普通のどこにでもいる女子大生だった。大学に通い、バイトをし、温かな家族と、気の合う友人、就職活動に悩む普通な人間。
それが、突然知らない場所に召喚され、魔王を倒せと言われた。何かの間違いだと、元の場所に還してくれと訴えたが聞いて貰えず、役目を果たせば還すと言う言葉に縋るしかなかった。
ただ還る事だけを考え、自分の心を殺して二年。魔獣を殺し、魔族を殺し、魔王を殺した。
何度も死にそうになった、何度も諦めかけた。でもこれでやっと終わる、あの平和な場所に還れる、そう思った。
しかし、私が得たのは、呼ぶ事は出来ても還す方法が無いと言うものだった。
溺れる中縋っていたものを壊され、私は絶望した。
追い討ちをかけるように権力者が私の力に利用価値を見出した。首輪を着け、隷属しようとする権力者から、私は逃げ出した。
一緒に魔王を倒す旅をした者達に剣で斬られ、魔法で焼かれながらも私は国を飛び出した。
異世界トリップの恩恵、膨大な魔力と魔法に関する知識が私を助けた。私は傷を癒し、姿を変え、他の大陸に移動した。
森に魔法で家を建て、薬草を魔法薬にし、魔獣を狩って生活を始めた。魔法に関する知識を使い、帰還術を研究したがわかったのは不可能だという事実、ただそれだけだった。
森で一人暮す生活をして十年、騙され傷つけられた心の傷にどうにか折り合いをつける事を覚えた頃。私は一人の寂しさに耐えられなくなっていた。
しかしまだ、この世界の住人を信頼できなかった私は、あの温かく平和な世界での禁忌を犯した、奴隷を買う事にした。
上級魔獣を数頭狩り、私は奴隷商会に行った。勧められるままに、見目の麗しい少年と少女を買った。
私は自分の罪悪感を軽くするため奴隷達に、沢山の服を与え、沢山の美味しい食事を与え、広い部屋を与え、知識を与えた。奴隷の首には首輪が着けられ行動を制限できるようになっていたので、私の事を攻撃しないようにだけ設定した。
家事や魔法薬の作製を手伝って貰いながら彼らの体調や生活を気遣った。始めはぎこちなかった二人に笑顔が出てきて私は嬉しかった。見目麗しい少年と少女は見目麗しい青年と女性に成長した。
私はお金で買った温かい生活に浸った。でもそんな偽物の幸せは続くことは無かった。
天気の良い、気持ちのいい日の事だった。薬作りも狩りもお休みにした私は、木陰で読書をすることにした。気持ちの良い風に舟をこぎ始めていると人の気配を感じた。私は咄嗟に自分の気配を消してしまった。
「早く解放されたい……。こんな森に篭る生活嫌だわ」
「俺がどうにかするよ、だからもう少し待ってくれ」
聞こえてきた会話に驚き、固まった。そんな私に気づかず、二人の会話は続いた。
「……本当にうまくいくの、あの魔女を騙して解放されるなんて」
「大丈夫さ、寂しい魔女をちょっと口説いてやればいい。結婚すれば奴隷から解放される。後は殺してしまえば財産も手に入る」
「魔女に本気にならないでよ」
「そんなに膨れるなよ、あんな金しかない奴に本気になるわけ無いだろ。愛しているのは君だけだ」
もう、それ以上聞いては居られなかった。私は気配を消したまま静かに部屋に戻った。薄暗い自室の床に座り込んだ。
二人には良くしてきたつもりだったが、ただの独り善がりだったようだ。私は深い悲しみを感じてはいたが、心のどこかで自業自得だとも思った。
見目麗しく成長した彼らが惹かれあうのは仕方のない事だった。そして、お金で彼らを得た私が嫌われる事も。
自分が信頼していないのに相手に求めるのは筋違いだった。それでも、利用され殺されるのは嫌だった。色んなものを犠牲にして守ってきた命を無くす事が私には出来なかった。これからの事を考え込んでいるとドアを叩く音が響いた。
ノックの音で我に帰った私にドア越しに彼が話し掛けて来た。
「ご主人様、夕飯が出来ましたよ」
いつの間にか辺りは暗くなり、夕飯の時間になったようだった。
二人の顔を見て平静で居られる自信の無かった私は咄嗟にウソをついた。
「お腹が空いてないのでいらない、二人で食べて」
「大丈夫ですか、体調が悪いのですか」
心配そうな青年の声に自嘲しながら平気だと答えた。私を気遣う言葉を言って青年は去って行った。
次の日、しきりに気遣う二人に私は何事も無いように振舞った。二人に気づかれる事は無かった。
しばらく経つと青年が私を慕っていると言ってきた。やっぱりあの二人の会話は本当の事だった。認めたくなかった私が目を逸らしても現実は変わらなかった。
数日後、私は二人を外出に誘った。
滅多に使わない転移の魔法で少し遠くのそれなりに栄えた街の外れに行った。いつも買い物に行く街と違う事に不思議そうな顔をしている二人に構わず門へと歩き出した。門の前で私は止まった。
「ご主人様、今日はここに何の用で来たのでしょうか」
私の事を魔女と呼んでいた彼女の言葉に笑い出しそうになった。どうにか耐えて持っている袋を渡した。
「貴方達を解放します。この鍵を使って隷属の首輪を外して」
「……気づいていたのか」
彼の苦々しい顔に思わず噴出してしまった。笑う私に驚く二人に私は言った。
「今まで私に付き合ってくれてありがとう、さようなら」
突然の解放にうろたえる二人を残し私は森の家に転移した。少しのお金と着の身着のまま放り出した私を二人は恨んでいるだろうか。埒もない事を考えながら私は準備をしていた場所に引越しをした。
住み慣れた森を去るのは寂しいが、ここにはいたくなかった。
新しい場所に引越し数十年がたった。家に引きこもりただ死なずに生きていた私を訪ねてきた者がいた。
「姿を変えても魔力までは変えられない。殺戮者め、家族を殺された怨みを思い知れ」
それは魔族の青年だった。私は彼に安堵を感じた。やっと終わりが来たのだと。私は多すぎる魔力に不老長寿になっていた。長く孤独な生を厭うていた。自分で終わらせるには奪った命が多すぎた。利用され奪われるのも嫌だった。
振り下ろされる剣に感じたのは喜びだった。避けもせず斬られた私に魔族の青年は驚いた顔をしていた。
「ありがとう」
私は彼にお礼を告げると目を閉じた。最後に想ったのは魂だけでもあの平和な世界に還りたい、それだけだった。
奴隷で逆ハーやっふぅー!な話にしたかったのですが、何故か薄暗いお話になりました。
このお話で一番救われないのは復讐したはずがお礼を言われた魔族の青年です。
こんなところまで読んで下さり、どうもありがとうございます。