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黄の皇国の女帝  作者: 雲居瑞香
第1章【血まみれ公主】
5/15

【4】

 シェランが会議室を飛び出した後、桜州の官吏やシュ家家臣から不満が漏れた。所詮『虐殺姫』だ。帝位につけば何をするかわからない。ユーゴと何ら変わりはない。という意見がほとんどだ。リンユンは怒鳴りつけたくなる気持ちを静めて、ため息をついた。


 姉も、姉を糾弾する人たちもリンユンに帝位につけと言う。だが、自分にそんな力はない。少なくとも、この状況でみんなを束ねられるほどの求心力はない。平時なら、リンユンが皇帝になっても構わなかった。しかし、今は平時ではない。この国は、シェランのような強き王を欲している。


 ズーヨンが何度目かのため息をついた。その時、部屋の扉が開き、シェランが入ってきた。そのことに気付かずに愚痴をこぼし続ける者もいる。


「姉上」


 シェランはリンユンの隣の、自分の席まで来ると、立ったまま自分の扇子を縦に机にたたきつけた。がん、と音がしてみんなが震えあがる。ここにいるのはいろいろな噂がある『虐殺姫』もしくは『血まみれ公主』だ。


「――わたくしがユーゴお兄様を殺さなかったのは」


 突然、何を言いだすんだと思ったが、だれも何も言わなかった。


「わたくしには玉座は耐えられないと思ったからよ。わたくしの命令一つですべてが動く。わたくしの言動に国の未来がかかっている。……耐えられないと思った」


 シェランの言うとおりだ。おそらくリンユンにも、耐えられない。


「お兄様が亡くなれば、わたくしが担ぎ出されるとわかっていた。わたくしは皇后の唯一の子供だから。黄の皇国に女帝が出たことはないど、そんなことはわたくしが皇帝にならない理由にはならないこともわかっていた」


 だから、ユーゴを殺さなかった。彼が残っていれば、確実に彼が皇帝になるから。


「こんな国で、皇帝になってたまるかと思ったわ。耐えられない。何よりも、王は孤独だ……逃げようと、何度も思った。でも、わたくしは逃げられなかった。そのことが、もう答えなのだと、言われたわ」


 シェランの手に力がこもり、扇子がみしみしと音を立てた。口調にも力がこもる。


「あなたたちは言ったわね。わたくしに玉座につけと。皇帝になれと! なら、覚悟してもらいじゃないの。あなたたちが望むなら、わたくしは、すべてを血の海に変えてでも玉座に座ってやるわ!」


 ああ……姉上。あなたは、どこまでも優しくて、それゆえにどこまでも残酷な人だ。リンユンはリュシアと同じ感想を抱く。


「姉上。大丈夫です。僕がずっと隣にいます。姉上を1人にしませんから」


 リンユンはシェランに向かって皇帝に対する礼を取った。シェランは目を細めただけで何も言わなかった。彼女は、言ったことは必ず実現させるだろう。



 こうして、第2公主シェランの謀反が始まった。






――*+〇+*――







 構想がまとまったのは春。実際に決起したのは初夏だった。それから3か月近く戦いが続き、晩夏のころに宮廷は落ちた。城を落としたのはシェラン1人と言って過言ではない。彼女は帝都の戦場を突っ切り、城にいた異母兄に最後通告を突きつけた。


 方法を選べば、無血開城だってあり得た。京師の民は、先帝の第2公主を歓迎したからである。しかし、シェランはそうしなかった。シェランの強さを認識させる必要性を見たのだ。シェランにはそれだけの力がある。そして、人々に示した。彼女は真に『虐殺姫』であるのだと。




 とりあえずの処置として、シェランは異母兄を貴族用の牢獄に放り込んだ。貴族用なので快適なはずだが、ユーゴには不満だったらしい。シェランが訪ねていくと、思いっきり悪態をついた。


「シェラン! 貴様、どういうつもりだ! やはり玉座を狙っていたのか!」

「質問は一つずつにしてちょうだい」


 しれっとシェランは言った。ユーゴは顔を真っ赤にする。


「私にこんなことをして、ただで済むと思うなよ。たたってやる! 呪ってやるからな!」

「お兄様にしては可愛らしい発想ね。このわたくしを呪えるというのなら、どうぞ」


 魔力の強いシェランには、たいていの呪いは効かないのである。


「お兄様。わたくしは皇帝になる気なんて、さらさらなかったのよ」

「……なんだと?」


 怪訝な表情でユーゴは聞き返した。シェランは微笑む。


「でも、お兄様はやりすぎたのだわ。だから、代わりにわたくしが玉座につくことにしたの」

「官吏が認めない」

「さあ、どうかしら。王は王だから王なのよ。望まれるから王になるわけではない。そして、わたくしは王だから」

「ふざけるなっ!」


 がしゃん、とユーゴがつかんだ鉄柵が揺れた。シェランは扇を広げてにやりと笑った。


「お兄様。わたくしを『虐殺姫』と言ったのはあなたでしょう」


 遠回しに従わないなら殺すといった脅しに、ユーゴは怒声を上げる。


「そんなことをして、民が納得すると思っているのか!」

「……」


 シェランはため息をついた。最後まで、この男はシェランのことも、それどころか自分の事すら理解できなかったようだ。シェランは扇を閉じると目を細めた。


「お兄様。お兄様に残された道は、わたくしに屈するか、それとも処刑台に消えるかのどちらかよ。どっちがいい? 選ばせてあげるわ」


 シェランは居丈高に言った。名誉があるのは処刑の方だろう。たぶん。


「……誰が貴様などに」

「そうね。よかったわ。命乞いをされなくて。あなたのお母様とは違って、ちゃんと恥をわかっているようで安心したわ」

「母を侮辱するな!」


 ユーゴとシェランはにらみ合う。ユーゴはろくでなしだが、母のウー貴妃には愛されていた。そのことを、シェランは少しうらやましく思う。


「お兄様。冥途の土産にひとつ教えてあげるわ」


 シェランは扇をくいっと上に向ける。シェランの周りに魔法陣が浮かび上がり、彼女の姿を照らした。


「な、何をするつもりだ!」


 動揺をあらわにした声でユーゴは言う。シェランはにやりと笑い、髪を魔力に揺蕩わせる。4つの魔法陣から3本の剣と1本の羽扇が現れた。


「これがわたくしの秘密よ。わたくし、東大陸に最初に興った統一国家、凌の初代皇帝・李露加リー・ルージャの転生体なの。この剣と羽扇は、建国に関わった4人の仙人との契約の証。この力を、転生体であるわたくしには自由に使える」


 シェランは魔法陣をしまった。シェランが異様に強いまりょくを持つのは、彼女が転生体であるためだった。ルージャは強力な魔法剣士であり、シェランはその力をそっくりそのまま受け継いでいる。ユーゴが黙っていることをいいことに、シェランはしゃべり続けた。


「この力があるということはわたくしに王の資格があるということ。お兄様に認めていただかなくても結構よ。わたくしは天に認められた王なのだもの」

「―――そんな。そんなふざけた話があるかっ!」

「魔法があるのだから、あってもおかしくないでしょう。まあ、信じるかどうかはあなた次第。処刑日は追って知らせるわ。覚悟なさることね。せっかくだからわたくし手ずから処刑して差し上げましょうか?」


 ふふふ、と不吉な笑みを浮かべてシェランは牢を後にした。階段のところでリンユンと遭遇した。



「あなたもお兄様に会いに来たの? 5日以内には処刑するから早めにねぇ」

「……姉上。無理しなくていいですよ」


 リンユンはシェランの急所を的確についてくるので痛い。


「さっきの話、本当ですか?」


 ユーゴにあうのをやめてリンユンは階段を上がるシェランについてきた。シェランが何の話? ととぼけると、リンユンは真剣な表情で言った。


「姉上が英雄ルージャの転生体、ということです」

「あら。信じるの?」

「信じるもなにも、嘘をつくならもっとましなうそをつくでしょう」

「確かに、飛躍しすぎよねぇ」


 シェランはくすくすと笑った。


「本当よ。わたくしの力のほとんどはこの能力に依存しているの」


 シェランがルージャの転生体でなければ、もっと弱かった。謀反は成功しなかっただろう。


 凌国は大元は黄の皇国と同じだ。何度か王朝が変わったが、そのほとんどの王族がリー氏だ。ルージャはこの東大陸をまとめ上げた英傑である。彼の通称が黄帝なので、この国は黄の皇国と呼ばれる。


 ほかにも世界にはあと3人の英雄の転生体がいるという。先々代の赤の帝国の皇帝などがそうだ。その4人の英雄は世界を平定し、それぞれ世界を4つに分けて治めたという伝説がある。まあ、伝説というのはある程度事実に基づいているものだ。


「どうして言ってくださらなかったのですか」

「言っても誰も信じないもの」


 ちなみに、ルージャは男性だった。だから、転生体のほとんどは男性なのだが、時々女性もいる。シェランのように。


「……まあ、いいです。戴冠式は2週間後だそうです。それまでに、できるだけ朝廷を整えてしまいましょう」

「わかってるわぁ。ウー元宰相はどうした? 更迭してちょうだいねぇ」

「そう言い渡したんですけど、……しぶとくて」

「何なら本物の首かっ飛ばすわよって言っておいてちょうだい」

「……姉上」

「だってこれが一番効果があるんだもの」


 すねたようにシェランは言った。好きで言っているわけではない。だれが好き好んで人殺しをするか!


 自分で言ったのだが、むしゃくしゃしながらシェランは宮殿の執務室へと向かった。







――*+〇+*――








 結局、ユーゴは処刑され(ちゃんと死刑執行人を雇った)、ウー元宰相とその権力におもねっていたものたちは更迭、もしくは裁判にかけられることになった。裁判を担当するのは御史台である。さらに、六部の一つ刑部尚書も参加する。刑部尚書はまだ30そこそこの若い男で、張裕霞チャン・ユーシァという。怜悧な美貌の男だ。ユーゴの体制に反対し、投獄された過去を持つ。ユーゴが、というか彼が寵愛した側近たちが好き勝手やっている間、政務を受け持ったのはこういったまじめな官吏たちである。彼らのおかげで今、この国は存在する。



「全員を裁判にかけるとなると、今しばらく時間がかかります。さらに科挙制度の見直しですが、さすがに今回から見直すのは厳しいかと」

「そうよねぇ。わかってるわ、どっちも。裁判は地道に進めるしかないわね。科挙の方はせめて不正がないように御史台に見張らせるわ。時間があったらユーシァも確認してねぇ」

「無茶を言う方ですね。わかりました」


 そう言いながらもやってくれるのがユーシァである。この男は「あと3か月早く謀反を起こしてほしかった」と初対面でシェランに言ってのけた男である。


 宰相には期間限定としてズーヨンを選んだ。彼はシェランの外戚であるから、あくまで一時的な雇用である。ユーゴの時は母親の親戚が力を持ちすぎた。だから、シェランはきりのいいところで次の宰相を任命するつもりである。


 戴冠式を明日に控え、シェランは憂鬱だった。もっとも、皇帝になる覚悟を決めたのだから、もう後戻りはできない。


 緊急の登極の為、やや簡素化された戴冠式だった。シェランはあくびが漏れないように必死だった。そして、最後に民の前に出るのがつらい。こんなにつらかったことは無いと言うほど憂鬱だった。


 王城で行われた戴冠式だが、朝廷百官の視線が痛かった。シェランには業績がない。当然と言えば当然の反応である。


 だが、シェランは不平を漏らさなかった。儀式の後には重い正装をまとい、王城の出張り窓に出た。今日に限って解放され、民が集まっていた。人酔いしそうな人数である。シェランが姿を見せると、しん、と静まり返った。シェランはせめて、と顔をあげて民を見渡した。



「……わたくし、リー・シェランは、本日をもって黄の皇国の皇帝となりました」



 民はやはりしんと静まり返っている。シェランは続けた。



「わたくしの噂は、お聞きの事でしょう。わたくしは実の兄を追い出し、皇帝の座につきました。もしもあなたたちが許してくれるのならば、わたくしは、あなた方の春のために歌うでしょう。あなた方の未来のために祈るでしょう。わたくしは、平和をもたらすことを約束するでしょう」



 少しだけ、ざわざわと民がざわめいた。シェランは息を吸い込んで言いきった。


「繰り返します。わたくし、リー・シェランは皇帝となりました!」


 しばらくざわめきが起こった。その中で突然、「シェラン皇帝、万歳!」という声が聞こえた。若い娘の声だった。思わずシェランは視線をさまよわせ、そして、かつて自分が買い取り、そして嫁に送り出した娘がいるのを発見した。


 彼女はにっこりとほほ笑むと、もう一度同じ言葉を繰り返した。そこから、次々と同じ言葉が広がっていく。シェランは唇に弧を描き、目を閉じた。


「……ありがとう」








 その夜、シェランは唐突に目を覚ました。紗のかかった寝台の向こう側。月明かりに小刀のようなものを手にした女性の姿が浮かんでいた。


「わたくしを殺しに来たのかしら」


 横たわったまま尋ねると、女性はびくっと震えた。起きているとは思わなかったらしい。


「殺したいならそうすればいいわ。わたくしは何もしないわよ。それで、あなたの心が晴れるのなら……」


 誰かに依頼されたのかも、自分でやろうと考えたのかもわからない。シェランがそう語りかけると、すすり泣く声だけを残して女性は寝室から出ていった。




 王城は、シェランの味方ではない。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


というわけで、シェランは玉座を簒奪しました。


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