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黄の皇国の女帝  作者: 雲居瑞香
第3章【女帝の外交】
11/15

【3】



「シェラン。晩餐会の間、ずっと睨まれてましたけど何したんですか?」



 リーフェイに尋ねられ、ふかふかのベッドに登ったシェランはいい笑顔で答えた。


「ふふふ。腹が立ったから言い返したらこうなったの。今回の参加国の半分は敵に回したわねぇ。でも、空の公国のアナスタシアさんと翠の王国のエレオノーレさん、白の王国のウィリアム3世には褒められたわ。外交って楽しいわねぇ」

「……シェラン。俺はあなたの将来が心配です」


 不敵に笑うシェランに、リーフェイはため息をついた。同じくベッドに座り、シェランの頭をなでた。子ども扱いされているようだが、そういえば、シェランには頭を撫でてくれるような人はいなかった。


「まあ、わたくしが簒奪の皇帝である限り、みんな手は出してこないわよぉ。遠いしね」


 そう。黄の皇国は地理的に遠い。間に挟むのは赤の帝国。みんな手が出せない。海から来たらちょっと問題だけど。


「あまり自分を卑下しない方がいいですよ。あなたは少なくとも、民に好かれているんですから」


 卑下しているつもりはなかったが、そう聞こえるのかもしれない。シェランは控えめにリーフェイの肩に頬を寄せた。彼は武人ではないが、やはり女のシェランとは違い、骨格がしっかりしていた。


 本当は不安でたまらない。自分なんかで、国の代表が務まるのだろうか。黄の皇国が不利になるようなことになったら? いっそのこと、フェルディナンド2世に国を明け渡したほうがいいのかもしれないとも思ったほどだ。



 それでも、シェランは皇帝でいることを選んだ。



 翌日。昼過ぎから2度目の会議である。女性陣を敵に回すなという不文律ができたらしく、黄の皇国、翠の王国、空の公国が不利になるような意見は出なかった。いや、黄の皇国に関しては出なかったわけではないが、シェランは凶悪と称される笑みを浮かべてすべて退けた。


 そして、2度目の議会でも協定の内容は決まらなかった。まあ、12か国も集まればこんなものだろう。



 1日置いて会議が再開される。その間の日にお茶会が催される。国の威信をかけ、ほとんどの国が参加するらしい。シェランもリーフェイとリンを連れていくことにした。会議の時よりも簡素な襦裙をまとい、髪にはいつものかんざし。


「シェランはいつも同じ簪ですね。いえ、その簪もきれいですけど」


 リーフェイがシェランの簪を見て言った。シェランは微笑む。


「護身用なのよぉ。ちょっと特別でねぇ」

「確かに先は鋭いですけど。お母様の形見か何かですか?」

「違うわよぉ。これは2番目の兄がくれたの。魔法道具の一種なの」


 もとより簪は武器としても使える。先が鋭くなっているし、この簪は仕組みがあるのだ。


「魔法道具、ですか。確かに魔力は感じますけど」

「ああ、そういえばリーフェイは魔術師だったわねぇ」


 一見ただの優しげな文官のような容姿のリーフェイだが、意外に戦えることがわかった。そういえば兄のユーシァも気功の達人だった。


「武術はお兄様に習ったけれど、そういえば魔術は習ったことがないわねぇ。教えてって言ったら教えてくれる?」


 シェランの魔力はかなりのものだ。4人の英雄の1人の転生体であることが大きいのだろう。大雑把な魔法は使えるのだが、術にまで昇華したものは得意ではない。単純にシェランが大雑把なのかもしれないけど。


「まあ、断る理由はありませんからね。こうしてシェランの戦闘力は強化されていくのですね……」


 リーフェイが呆れたように言った。いや、単純に興味があるだけだ、魔術に関しては。シェランはそう思ったが、微笑むだけにとどめた。


「じゃあ行きましょうかぁ。リンも待っているでしょうしねぇ。あ、リーフェイはリンを見ていてあげてね。何かあるといけないから」


 シェランはどうとでもなる。まあ、フェルディナンド2世が人質に無体を働くとは思えないが、その他多勢には阿呆が多いから。そう思ったのだが、リーフェイは何故か表情を曇らせた。


「何かあると、ですか」

「どうしたの?」


 そう言いたかったのだが、その前にシェランは背中を壁に打ち付けた。リーフェイがシェランの両腕をつかんで押し付けたのである。シェランはぽかんとした。


「……何するのよ」


 ぐっとシェランの腕をつかむ手に力がこもる。そのまま顔を寄せられて、シェランは顔をそむけた。


「シェラン。確かにあなたは強いですが、単純な力で男には勝てないんですよ。なまじ良識がある分、あなたは身動きが取れなくなる。……リン殿だけじゃありません。あなたも俺の視界から離れないでください」

「……」


 シェランは言葉もなかった。長兄や弟と剣で撃ち合い、勝ってきたシェランにとって、単純な腕力というのは考えたこともなかった。シェランは重量級の武器をぶん回していても、力が強いわけではないのだ。力が強いのではなく、転生体である恩恵である。やろうと思えば、男は力だけでシェランを止めることができる。リーフェイが言うように、彼女には良識があるから。


 茫然としているシェランに、不意にリーフェイはいつもの優しげな笑みを浮かべて人差し指をシェランの唇に当てた。



「美人が台無しですよ」



 それで自分が口をぽかんとあけていることに気付き、あわてて閉じた。リーフェイの腕に掴まりながら、シェランは言った。


「考えたこともなかったの。わたくしは『虐殺姫』で『流血女帝』だから」

「でしょうね。というか、まだそれ、言ってるんですか?」


 なんだか赤の帝国に来てからリーフェイに呆れられてばかりのような気がする。自分の精神年齢が低いのは自覚済みだが、もしかしてリーフェイの精神年齢が高いのだろうか?


「ふふふ。本当に仲がよろしいですわね」


 声がかかってシェランは振り向いた。リンがリュシアとともに背後に立っていた。


「お待たせしたわね。悪かったわ」

「いいえ。姫様……陛下が幸せそうで何より」


 リンの隣でリュシアが大きくうなずいた。わたくし、幸せそう? 幸せという感覚がわからない。わたくし、大丈夫かしら……などと思いながら、お茶会の開かれるガラス張りのバルコニーに出た。たぶん、自分の神経を疑えるうちは大丈夫。









「遅いおいでですな」


 あからさまに嫌味を言われたが、シェランは無視して開いていたアナスタシアの隣に座った。というか、彼女はあからさまに避けられていたと思われる。シェランとは反対側の隣には軍人らしき男性と、シェランと同じくらいの年齢の女性が座っていた。


 お茶会が始まると、手始めに自己紹介だ。


「こんにちは、アナスタシアさん。今日もいい天気ですね」


 若干拙いアイク語であることは自覚済みだが、時候のあいさつ位はできる。アナスタシアは相変わらず鉄面皮である。


「こんにちは、シェラン姫。ベルクヴァインは日差しが温かく、非常にいい」


 シェランに言わせれば、赤の帝国の帝都の気候は少々肌寒いくらいなのだが、赤の帝国より北にある空の公国のアナスタシアには温かく感じられるらしかった。西大陸人に比べてやや幼い容姿であるシェランはアナスタシアにとって『姫』のようだ。


「紹介します。夫のリーフェイと、叔母のリンです」


 リーフェイとリンが軽く頭を下げる。ここは公式の場ではないのでこれで十分。


「空の公国大公アナスタシアだ。よろしく――。こちらも紹介する。私の夫のイクセルと、その妹のエドラ」

「よろしく。黄の皇国皇帝シェランです」


 シェランは目じりを下げて微笑んだ。とっつきにくそうな外見のイクセルだが、話してみると何故か妙にリーフェイと気が合った。腹黒同士、気が合うのだろうか。


「イクセルは軍人ですか?」

「ああ。将軍だな。今も戦場に出ているぞ。年は私の3つ下」

「……アナスタシアさん、いくつですか?」


 アナスタシアは外見で年齢が計れない。というか、この場には年齢が計れないものが多すぎる。シェランが一番下、その次がフェルディナンド2世、3番目に若いのがアナスタシアであると知っているが、せいぜい30歳前後くらいの情報しかなかった。黄の皇国を平定することを優先していたので、外国史に手を出していなかったのだ。リーフェイもいるし、少し話を聞いておくべきかもしれない。


「私は今年で29。だからイクセルは26くらいかな」

「ああ……リーフェイと同い年ですわね……」


 女性君主2人はそろって自分たちの夫の方を見た。それを受けてリーフェイは邪気なさそうに、イクセルはシェラン張りの凶悪な笑みを浮かべた。……アナスタシア大公。どうして彼を選んだの。


「リーフェイは若く見えるな。同い年くらいかと思っていた」


 と、アナスタシアはシェランを指す。言葉が足りていないが、シェランと同い年くらいに見えたと言っているのだろう。


「わたくしも初めは同じくらいだと思いましたもの。仕方がありませんわ。リーフェイは東洋人の中でもかなりとうがんな方ですね」

「シェラン。それを言うなら童顔です。それと、余計なお世話ですよ。これでも気にしてるんですからね」


 リーフェイにダメ出しかつ苦言を言われて、シェランは肩をすくめた。「わるかったわぁ」とアイク語で謝る。


「エドラは何歳ですの? わたくしと同じくらいに見えますが」


 シェランはリンと話しているエドラを見る。イクセルの妹だと言っていたが、驚くほど似ていない。同じ黒髪に明るい緑の瞳をしているが、顔立ちはかなり違った。


「エドラは今年で21かな。シェラン姫とさほど変わらないだろう?」

「わたくしより1つ年下ですのね」


 下手をすればエドラの方が年上に見えるかもしれない。西大陸人ってすごい。


 周囲は会話をするシェランとアナスタシアの方をちらちらとみている。ともに王位を簒奪した身だ。シェランは『流血女帝』と言われているが、アナスタシアにも通り名がある。その名も『炎の魔女』。炎系の魔法が得意なのと、赤い髪から来ているのだろう。


 たぶん、シェランとアナスタシアならば、大陸を統一できる。彼らはそんなことでも考えているのだろう。



「……空の公国は男尊女卑の国だった」



 突然、アナスタシアが言った。シェランは首を傾けながら言った。


「存じています。アナスタシアさんが大公位についてからは、その限りではないともうかがいました」

「当然だ。女の私が大公なのだから」

「……」


 アナスタシアの言葉に、シェランはさらに首を傾ける。そして、彼女は尋ねた。


「シェラン姫。何故君は皇帝になった」


 シェランは目をしばたたかせた。


「何故……ですか? うーん……何故でしょう? わたくし、こんな国どうとでもなれ! と思っていたのですけど」


 皇帝の重圧には耐えられないと思った。玉座に興味はなく、国の行く末にも興味はなかった。いっそこのまま赤の帝国に吸収されてもいいと思った。


 なのに、シェランはこうして皇帝となり、黄の皇国を護るために会議に参加している。不思議。


「私もそうだ。こんな国、どうなってもいいと思っていた。子どもの頃の話だ」


 シェランは少し身を乗り出した。シェランはリーフェイによく話を聞いてもらった。こうして、話しを聞く立場になるのは初めてかもしれない。


「私は元は大公家の傍流の家の生まれだった。母は前々大公の妹で、前大公は私の従兄だった。父の正妻は母だったが、母は女である私しか産めず、妾に落とされ、家はもともと妾だった女の産んだ異母兄が継ぐことになった。私はさしあたって、相応の身分の男の元に嫁ぐことになった。15歳のころだ」


 シェランの15歳と言えば、ちょうど父の貴妃を斬り殺したころである。どうやら、アナスタシアはもともとおとなしい性格だったようだ。


「嫁いだ相手を愛していたわけではなかったが、政略結婚とはそういうものだ。逆らうのも面倒、と私は思っていた。相手は私によくしてくれたが、それはうわべだけだった。私が嫁いですぐ、大公が変わって従兄が即位した。従兄は享楽主義者だった。とにかくまつりごとは緩み、法は緩み、従兄は昼間から酒や薬、女におぼれた。その時の私は別に興味がなかったし、私の夫であるはずの男が大公妃である女性と通じていても気にしなかった。それどころか、この国はもう駄目だと思って『黒の王国』に逃げる算段を立てていた」


 『黒の王国』はすべてを受け入れてくれる避難場所。シェランも考えたことがないではなかったが、遠すぎるのでやめた。


「ところが、母が従兄をいさめに城に行った。あまりの惨状を見かねたらしいな。前の大公も大公妃も亡くなっていたから、自分の役目だと思ったのかもしれない。これが、私が18歳の時」


 アナスタシアの在位期間はすでに11年だと聞いている。彼女が29歳なら、18歳で即位したはずだ。シェランは息をのんだ。


「私はあわてて追いかけた。そこで待っていたのは、母の変わり果てた姿だった。従兄は女である母にいさめられるのをよく思わなかったらしいな。その時、私はこの男を放っておけばとんでもないことになると思った。私は、その場で従兄を斬った」

「……」

「私が母の後を追ったのを知って、夫と、父とその家族もついてきた。私は彼らも全員殺した。従兄の妻も斬り殺して、私は大公になった」


 驚くほど、アナスタシアの行動はシェランのものと似ていた。ただ、アナスタシアの場合は完全に大公位を簒奪している。シェランの場合は禅譲と取られることが多い。とはいえ、シェランも皇位継承権を剥奪されていたので、実際には簒奪になる。


「君の話を聞いた時、私に似ているなと思った」

「……そう、ですわね」

「聞いてみたいと思った。何故皇帝になったのか。こんな私でも、大公であって、いいのだろうか……?」


 不意に、シェランはアナスタシアがとても整った顔立ちをしていることに気が付いた。表情を緩めれば、釣り目気味のシェランより柔らかい顔立ちをしているかもしれない。ただ、切れ長の眼であるのは確か。


「……わたくしが皇帝になると、民が不幸になると思っていました。皇帝の重圧に耐えられないだろうと思った。だけど、ある人は言うんです。自分が不幸かどうかは自分で決めるんだって。アナスタシアさんは女性に希望を与えました。だから、その責任を取らなければなりません。わたくしは黄の皇国の民に希望を見せました。だから、わたくしもその役目を果たさなければなりません」


「希望を見せた責任か」


「そうです。男尊女卑の世界だった空の公国に女性の大公がたつ。希望以外のなんなのですか? わたくしたちは精いっぱいやればいいのです。その結果が幸か不幸かは、その人が決めることなんですから」

「……なるほど」


 アナスタシアが口元にうっすらと笑みを浮かべた。シェランも微笑む。


「アナスタシアさんはイクセルさんを愛していますか? エドラさんを愛していますか?」

「……そう思う」

「なら、大丈夫なのだと思います。これも、人に言われたことなんですけど……」


 シェランは頬に手を当ててため息をついた。人に偉そうに物を言えるような立場ではないのだ。シェランは。


「シェラン姫はきっと、いい皇帝になるな」

「アナスタシアさんはいい大公ですよ」


 シェランは微笑んで焼き菓子に手を伸ばした。


「呼びにくかったらアニーでいい。イクセルやエドラはそう呼ぶしな」

「アニーさん、ですか」


 正直、有難い。外国語が危ういシェランでは、アナスタシアという名前が非常に発音しにくいのである。フェルディナンドやエレオノーレも発音しにくい。ちなみに、エドラが一番呼びやすかった。


「楽しそうな話をしていますね」


 フェルディナンドが背後まで来ていた。リーフェイたちが立ち上がって挨拶する。シェランとアナスタシアは座ったまま頭を下げた。


「こんにちは、フェルディナンド殿。今日はお招きありがとうございます」


 シェランが微笑んでアイク語で礼を述べる。フェルディナンド2世も微笑む。


「楽しんでいただけたなら幸いです。よろしければシェラン殿。皇帝同士、少しお話しませんか?」


 シェランは微笑んだままだったが、そのまなざしが鋭くなった。この男、何考えてやがる。アナスタシアも目を細めてフェルディナンド2世を見た。


「私では役不足かな」

「とんでもありません。わたくしの方が不相応です」


 あわてた様子は見せず、フェルディナンドは言った。にらんでくるアナスタシアに余裕で笑みを返す。


「役不足なのは私の方ですよ。それに、私は同じ皇帝のシェラン殿に話をお伺いしてみたく」

「……そう」


 面倒だと思ったのか、アナスタシアは引き下がった。シェランはちらりとリーフェイの方を見た。彼も困惑したようにこちらに目を向けてきた。


「わかりました。わたくしも先輩にお話を伺いたいですし。リーフェイ。リンをよろしくね」

「……わかりました」


 いざとなれば実力行使だ、と腹をくくり、心配そうに見つめてくるリンとエドラに微笑み、シェランはフェルディナンドに続いた。


 庭は丁寧に手入れされており、春の花が彩りよく咲いていた。シェランが名前を知らない花も多い。シェランはとりあえずほめ言葉を口にした。


「きれいですね」

「この辺りは貴賓の方々の眼に入るところなので、気合が入るらしいですね」


 フェルディナンドの青い瞳とかちあった。……読めない。シェランは扇で口元を隠すとこっそり歯噛みした。


「半年前、あなたが即位したと聞いて驚きました」

「……突然湧き出てきたようなものですからね」

「それもありますが、あなたの取った手法です。アナスタシア女王とよく似た手法を取った」

「……結果にすぎません。わたくしは、登極するまでアナスタシア女王の存在すら知らなかったのですから」


 そう――偶然に過ぎない。そう思ってくれ。


 ただ、シェランとアナスタシアが謀反を起こすにあたって参考にしたものは同じなのだと思う。白の王国ルウェリンの300年ほど前の王ジェイムズ4世。


「聞きたいと思っていたことがありました―――あなたは、何故皇帝になったのですか?」

「……」


 シェランは無言でフェルディナンドをにらみあげた。西大陸人は背が高い。その中でも、フェルディナンドは特に背が高い方なんだろう。背はそれなりにあるが華奢なシェランが小柄に見えた。


「聞いて、どうするんです?」

「私は選帝侯に選ばれ、皇帝になりました。あなたは何故皇帝になったのです?」


 フェルディナンドは同じ質問を繰り返した。シェランは凶悪と称される笑みを浮かべると、言った。


「天命に従ったまで、とお答えすればよろしいかしら」


 しばらく、2人の間に沈黙が落ちた。


「……くっ」


 突然フェルディナンドが笑い出した。シェランはふん、と鼻を鳴らして歩み去ろうとする。その腕をフェルディナンドがつかんだ。


「! 何をするのです」


 無理やり振り払おうとしたが、振り払えなかった。腕力が違うのだ。シェランはリーフェイに言われたことを思い出し、背筋が寒くなった。



『シェラン。確かにあなたは強いですが、単純な力で男には勝てないんですよ。なまじ良識がある分、あなたは身動きが取れなくなる』



 その通りだと思った。シェランが魔力を爆発させれば、この手を振り払える。しかし、それをすればフェルディナンドを傷つけることになる。理性が、シェランを止めていた。


「シェラン姫。私とともに世界を取らないか? 私とあんたならできる」

「!」


 凌語で言われたことと、言われた内容の両方に驚いた。シェランはつかまれた右腕に力を込める。フェルディナンドは人好きのする笑顔をかなぐり捨て、シェラン張りの凶悪な笑みを浮かべていた。


「……お断りするわ。わたくし、世界制覇には興味がないの。わたくしは、わたくしだけの箱庭で暮らしていければそれでいいの」


 そう。国はシェランの箱庭。その中で平和に暮らしていければ、何の文句もない。


「つれないな。姫の力を見込んでるのに」

「人を馬鹿にする人となれ合う気はないわ」


 そう。フェルディナンドはシェランを馬鹿にしている。彼が姫と呼ぶのは、シェランを皇帝と見ていないから。アナスタシアとは違う。


「違う。馬鹿にしてるんじゃない。惚れてるんだよ。一目ぼれってやつかなぁ」

「はあ?」


 思いっきり怪訝な声を上げた。何じゃそりゃ。


 とりあえず。リーフェイについてきてもらってよかったことがわかった。それとも、リンユンをよこせばよかったのか?


「一目見た時にこいつだって思った。私の隣にこいつがいれば面白いだろうな、って思った」

「あなたの隣にわたくしがいたら、その首かっ飛ばしてるわ」

「そうか。やってみればいいと思うぞ」

「……」


 できるわけないだろう、このボケ! 世界均衡を崩せるか!


「だよなぁ。そう言うところがいいんだけど」

「いいから腕を放してちょうだい」


 パッと腕を放されてシェランは驚いた。次いで「シェラン!」と聞きなれた声が耳に飛び込んできた。


「リーフェイ!」


 シェランはリーフェイの元に駆け寄ると、その腕にしがみつくように腕をからめた。


「驚かせてすみませんでした、シェラン殿。お話しできて楽しかったですよ」


 口元に酷薄とした笑みをひらめかせ、フェルディナンドは道に沿って歩いて行った。シェランは足の力が抜けるのを感じた。


「お……っと。大丈夫ですか?」

「……ええ。ちょっと気が抜けただけ」


 リーフェイに体を支えられ、シェランは目を閉じて一度深呼吸した。


「大丈夫よ。ありがとう」


 自分の足で立つと、リーフェイは「それはよかった」とほほ笑んだ。


「というか、ついてきてたの?」

「当然でしょう。ああ、リン殿はエドラ様たちが一緒ですから、大丈夫ですよ」

「……ならいいけど」


 アナスタシアの係累には、いくらフェルディナンドでも手を出したくないだろう。大物過ぎる。彼女は。


「何の話を?」

「世界制覇」

「は?」

「一緒に世界を征服ようって話よ。フェルディナンド2世とならできるかもしれないと考えた私自身が怖いわぁ……」

「……それに関しては俺も同意ですけど、すさまじい野心ですね……」

「受けたか聞かないの?」

「俺の選んだ皇帝がそんなことをするわけがありません」


 その言葉を聞いて、シェランはパッと笑った。嘘でも、リーフェイはそう言ってくれるから好き。


「そう言えば、忠告ありがとう」

「忠告?」

「腕力ではどうのこうのってやつ。リーフェイに言われてなかったら、わたくし、もっと混乱したと思うわぁ……」

「何されたんですか?」


 シェランが言い切る前に正面から両肩をつかまれた。華奢なシェランに比べると、リーフェイも長身だ。


「……腕をつかまれたのよ。振り払えなくて、あなたの言葉を思い出したわ」


 たぶん、あれがなければ冷静に対処できなかったのではないかと思われる。弱いものを護るのはこの世の理だが、なるほど。女性を護れと言うのは道理だ。


「それ以外は?」

「それだけよぉ。人間経験しないとわからないものがあるものねぇ」


 ふふふ、とシェランは気丈に笑ったが、肩先が震えていた。リーフェイに抱きしめられてそれに気が付いた。


「……大丈夫ですよ、と安易に言えないところが何とも言えませんね」

「ふふっ。だからリーフェイは好きよぉ」


 シェランも一瞬ぎゅっとリーフェイの背に手を回し、微笑んだ。すぐに離れるとフェルディナンドと同じように小道を歩いた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちょっと考えた。皇帝と皇帝って結婚できるんだろうか。王と王の結婚で、私がまず思いつくのはイングランドのメアリ1世と、スペインのフェリペ2世の結婚です。これはうまくいかなかったですけど。カスティーリャのイザベル女王?も王同士の結婚でしょうか。ちょっと専門外でわかりませんね。

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