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黄の皇国の女帝  作者: 雲居瑞香
第3章【女帝の外交】
10/15

【2】

 それからの3日間は忙しかった。シェランは赤の帝国に行くために皇帝代理権限をリンユンに預けるために書類を整え、さらにたまっている受理待ちの書類を一気に片づけた。一方のリーフェイは仕事の引き継ぎ作業に追われていた。言うほど高官ではないが下っ端でもないリーフェイに任されていた仕事はそれなりにある。何とか引き継げるところまで仕事を終わらせ、辞表を提出することになった。惜しまれたが、もう決めたことだ。


 そんなわけで2人とも時間がなかった。期間が短すぎたのである。だから、書類上、黄の皇国第19代皇帝シェランとチャン・リーフェイは夫婦だが、実は伴っていない。


 赤の帝国までは転移魔法陣で移動する。これを使えばかなり時間が短縮できる。問題は、黄の皇国に赤の帝国と直通する転移魔法陣が敷かれていないことだ。転移魔法陣はそもそも条件がそろわないと使えない。黄の皇国と赤の帝国は通路を結んでいなかった。仕方がないので、国境まで転移魔法陣で行き、馬車で赤の帝国に入った。


 赤の帝国の黄の皇国側の最初の町は、さほど黄の皇国と変わらなかった、西国風の他とものと東洋的な雰囲気が混在している。黄の皇国に迎えに来た赤の帝国の外交官と話していたシェランが戻ってきた。


「赤の帝国の皇帝は頭がいいわねぇ。だからこそ腹が立つわぁ」


 すとん、とシェランはリーフェイの隣に座ると、自分でお茶を注いで飲んだ。今は休憩中だ。足止めされているともいう。ちなみに、出されたのは黄の皇国のお茶ではなく、赤の帝国で主に飲まれる紅茶というお茶だった。


「彼はなんと?」

「赤の帝国の宮殿への直通魔法陣が混雑してるみたい。まあ、仕方がないんだけど。最寄魔法陣まで行って、正面門から堂々と入ってやろうかしらぁ……」

「……止めませんけど、そっちも混んでると思いますよ」

「……やっぱり?」


 シェランが疲れたようにつぶやいた。白い手を伸ばし、茶菓子をつまむ。


「そこぉ。にやにやしない」

「あら。申し訳ありませんわ。微笑ましくって。ふふふっ」


 シェランの向かい側にいるのは人質として送り込まれることになった宰相ズーヨンの妻・夏侯凛シャホウ・リンである。二文字の苗字は歴史ある家系の証である。


 リンは40歳前後の女性だ。貴族の夫人らしく洗練された物腰だが、発言は結構ぶっ飛んでいたりする。そのあたりはズーヨンの嫁だなぁと思う。夫について京師に来ていた彼女は、人質となることをすぐに了承した。シェランはそれを気にしているらしい。この優しすぎる気性に修正を加えていくのがリーフェイの仕事になるかもしれない。


「陛下がお幸せそうで何よりです」

「うるさいわよぉ。っていうか、本当にいいの?」

「何がです?」


 本当にわからないという様子でリンが首を傾けた。シェランは眉をひそめる。


「人質になることよ。……っていっても、ほかに頼める人はいないんだけど……夫を置いて行くのはあり?」


 まさかの結婚1日目で置いて行かれそうになるリーフェイである。


「別にいいですけど、切り捨てるために結婚したと思われる可能性が」

「そうよねぇ。難しいところだわぁ」

「私は別にかまいませんよ。子どもたちはもう大きいですし、そもそも桜州においてきてしまっていますしね? 夫も納得していますし、私などで陛下のお役にたてるのなら」


 リンの言葉に、シェランはやはり眉をひそめる。


「みんなそう言うけど、わたくしにそんな価値はないわぁ」

「そのあたりでは、私たちと陛下では意見に齟齬が見られるようですわね」


 リンがおっとりと言った。シェランは手に持ったままだった茶菓子を口に放り込んだ。


「おいしい」

「赤の帝国ではやっている焼き菓子らしいですよ」


 リーフェイが聞いた話をシェランにも伝えた。彼女は「そうなの」とうなずくとさらに手を伸ばした。


「……じゃあ、リン。悪いけど、お願いするわ。耐えられなくなったらいつでも言って。何とかするから」

「ふふふ。ありがとうございます。こうだから、陛下の役に立ちたいと思ってしまうのですわよ」

「ああ、それはわかります」

「でしょう?」


 リーフェイとリンがうなずき合ったのを見て、今度はシェランが不思議そうな表情になる。


「どういうことぉ?」

「理解できていないならいいですよ。これがわかっていたら悪女になれます」

「どうせわたくしは人相悪いわよぉ。っていうか、リーフェイも良かったの?」


 今度はリーフェイに矛先が向いた。


「書類上は夫婦だけど、いつでも解消できるわよ? もともと、あなたを選んだのは半分打算なのだし……」


 どうも、シェランはリーフェイに対してはこれが気にかかっているらしい。こんなに気にすることがあれば、彼女はそのうち押しつぶされてしまうだろう。


「でも、半分は打算じゃないんでしょう。なら、それでいいですよ。打算無くして務まる皇帝業ではありませんから。それに、あなたが何と言っても、俺はシェランを愛していますよ」

「! 何を言うのぉ」


 シェランがぷいっとそっぽを向いた。「まあ」とリンが楽しそうに笑う。そこに茶菓子を確保しに行っていたリュシアが戻ってきた。シェランの侍女でついてきたのは彼女だけだ。彼女は赤の帝国の出身らしい。シーファなどがごねたが、人数は少なめというのがシェランの方針だった。おそらく、連れていきたくなかったのだろう。


「戻りましたわ……まあっ。シェラン様、どうしたのですか?」

「……なんでもないわぁ。何持ってるの?」


 平常営業の声音でシェランが尋ねた。リュシアがこれですか? とほほ笑む。


「西大陸で一般的なお菓子で、ケーキというらしいですわ。チョコレートなどは日持ちしますけど、これは日持ちしないらしいですから、余計に入ってこないのですね。材料次第では、黄の皇国でも作れると思いますが」

「ふうん。きれいな形ねぇ。どうやって作ってるのかしら」


 シェランはそう言って目の前に出されたケーキをフォークでつついた。外交官であるリーフェイは食べたことがあるが、黄の皇国から出るのは初めてなシェランは見たことがないらしい。それはリンも同じで、物珍しげに眺めている。


「リュシアも座ればいいわよぉ。まだかかるでしょうから。……あら、おいしいわね。甘い……」


 その向かい側でリンも「おいしいですわね」とうなずいている。食べ過ぎると胃もたれするのがケーキである。


 結局一行が移動できたのは日がくれようとするころだった。昼ごろにこの場所に到着したので、かなり待ったことになる。二つの魔法陣を経由して宮殿に直接入ったのだが、その連続転移でリンが酔った。


「リン様。大丈夫ですか?」

「ええ……ありがとう、リュシア。でも夕食は食べられないでしょうね……」


 リンが苦笑した。しばらくすると、金髪の長身の男性が歩いてきた。年はリーフェイとさほど変わらなさそうだが、彼の方がずっと年上に見える。えてして西大陸の人間は東大陸の人間より年上に見える。東大陸人が童顔だともいう。その中でもリーフェイは特にひどい。


 リーフェイも決して小柄ではないのだが、この男性はリーフェイよりもかなり背が高い。リーフェイより顔半分ほど背が低いシェランがかなり小柄に見えた。彼はすこしなまった凌語で言った。



「ようこそいらっしゃいました。私は赤の帝国皇帝フェルディナンドです。お会いできて光栄です、シェラン皇帝」



 やはり、と思った。身なりから予想はしていたが、彼が赤の帝国の皇帝フェルディナンド2世。選帝侯に王として選ばれた王。シェランはニコリと外交用の笑みを浮かべる。


「初めまして。わたくしは黄の皇国第19代皇帝でシェランと申します。わたくしもお会いできてうれしいですわ。あまりアイク語は得意ではありませんので、ご容赦願いますわ」


 こちらも少したどたどしいシェランのアイク語である。赤の帝国の公用語だ。聞く方は特に問題ないのだが、しゃべるのはもう少し訓練が必要なようだ。


「ほう! いえ、お上手ですよ。私の方こそ、聞き苦しい凌語をお聞かせしてしまって」


 アイク語に切り替えたフェルディナンド2世が言う。聞き取りやすいようにか、ゆっくりした口調だ。シェランは微笑む。


「そんなことありませんわ。同行者を紹介させていただいてよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「まず、わたくしの夫のリーフェイですわ。それからわたくしの叔母で、宰相の妻のリン。こちらは侍女のリュシアです。外交官2名が先に到着していると思いますが……」

「ええ。来ておられますよ。夕飯はどうなさいますか? 食堂もありますが、お疲れでしたら部屋まで運ばせますよ」

「では、部屋まで持ってきていただけると助かります」


 以上の会話をシェランはアイク語で乗り切った。フェルディナンド2世は忙し中出迎えてくれたらしく、早々に挨拶をして去って行った。案内されながら、シェランは凌語でリーフェイに尋ねた。


「わたくしのアイク語、大丈夫だった?」

「上手でしたよ。感心しました。あまり時間がありませんでしたから、心配だったんですけど」


 リーフェイに大丈夫と言われ、シェランはほっとしたように息を吐いた。


 案内された部屋はリンと分けられた。もう1人侍女を連れてくるべきでは、と思ったが、隣室なので大丈夫だろう。ただ、リュシアがどちらにいるかでもめた。結局、リンについていることになった。


 部屋に入って赤の帝国側の女官たちがいなくなると、シェランは部屋の中をふらふらし始めた。物珍しげに絵画や暖炉、絨毯を見やる。


「黄の皇国にも同じようなものはあるけど、国によって違うものねぇ……」

「最近は貿易も盛んですからね。手に入りにくいものは確かにありますが」


 リーフェイはシェランの隣に立つと言った。シェランが貿易を推奨したため、他国との交易も盛んになってきているのだ。


「……先ほどのフェルディナンド2世ですが――」

「わたくしを見に来たのよね。何となくわかったわ」


 シェランが先に言いたいことを言ってしまった。リーフェイは苦笑する。


「わかっていましたか。シェランはまだ即位して間もないですからね」

「なめられないようにせいぜい頑張るわぁ。協力してね」

「もちろんですよ」


 シェランがリーフェイを見上げてニコリと笑った。





 夕食が運ばれてきたが、隣室のリンは酔いがさめないらしく、いらないと言ってきた。仕方がないので彼女の分は下げてもらった。


「むう。見れば見るほど不思議だわ……おいしいけど」

「シェラン。右肩が上がっています」

「むう」


 すとっとシェランが肩を落とした。彼女は意外となで肩なので、かなりほっそりして見える。背丈はある方なのだが。


 黄の皇国とは違ってナイフとフォークで食べる。シェランも一通りの作法は習ったはずだが、付け焼刃なので所々ぼろが出る。まあ、彼女ならなんとなる気がしないでもないけど。シェランはパンを手に取って小さくちぎった。


「このパンもおいしいわ」

「でも、ずっと食べていると米が懐かしくなるんですよ」

「そうなの?」

「ええ。俺は1週間くらいでダメでしたね」


 外交官の仕事の一環として、リーフェイはひと月ほど他国に駐在したことがある。白の王国という島国だ。主食は小麦。米が懐かしくなった。シェランは楽しそうにその話を聞く。こういうところが、彼女の長所だ。だから、彼女のためになりたいと思う。






 夜、寝台が一つだったので少しもめたが、結局一緒に寝ることで妥協した。そんなことがあったが、翌日。すでに人も集まっているということで、昼食後から会議だ。会議にリーフェイは出席できない。国の代表、つまり、皇帝、国王、大公が集まって話し合いだ。今回集まったのは12か国の国家君主らしい。


「東大陸の国はうちとあいの王国だけね。まあ、赤の帝国と国境が接しているのはこの2国だしねぇ……」


 資料を見ながらシェランがつぶやく。黄の皇国の正装だが、即位式に使ったようなものではなく、女性用の正装だ。よく似合っている。髪にはいつも通り、愛用の簪が飾られている。


 これがシェランの初めての大きな外交だ。助けてくれる人はいない。リーフェイはにわかに心配になる。


「こんなこと聞くべきではないですけど、大丈夫ですか?」

「……う、ん。とりあえず、不利にならないようには頑張るわぁ……」

「それでいいんですよ。無理に条件を引き出そうなんてしなくていいんです」

「……そうする」


 シェランは少し早めに出ていった。元同僚の外交官もはらはらとしているが、助けられることは無い。後はシェランの度胸にかかっているのだ。だが。


「無理はしないでくださいね……」


 シェランは頑張りすぎるところがあるから。






――*+〇+*――






 赤の帝国の帝都はベルクヴァインという。その約6分の1を占めるのがこのミュラー宮殿だ。今日ここで、のちに『ベルクヴァイン会議』と呼ばれる会議が行われた。入出できるのは集まった12か国の君主に通訳、書記のみ。20近くの国に招待状を送ったのだが、何か国かは来なかった。特に東大陸の国は黄の皇国斉と藍の王国ラテカのみ。この二か国が来たのは、赤の帝国と国境が接しているからだろう。



 この会議で要注意なのは4名。白の王国ルウェリンのウィリアム3世、翠の王国ヘルウェティアのエレオノーレ女王、空の公国レギンレイヴのアナスタシア大公、さらに黄の皇国斉のシェラン皇帝。十二か国のうち女性君主は3人なのだが、その全員が要注意だ。まあ、女性ながら君主になれるような人物は優れているに決まっている。



 ウィリアム3世は即位から約5年経過している。彼は文治王として有名だ。戦の名手として知られた王太子時代だが、王になってからは法治政権を敷いている。国民や議会からの信頼が厚い。


 同じく文治王なのはエレオノーレ女王。おっとりした外見だが言うことが鋭い。もともと、翠の王国は中立国であり、干渉しないし干渉させないを地で行っている。翠の王国は亡命者をかくまっていると有名で、異能のあるものが集まる『黒の王国』と呼ばれる集団を支援している。その代わりに『黒の王国』内に騎士団『オーダー』が翠の王国を護っている。敵に回したくない相手だ。


 この2人とは違い、武力で国を平定したのがアナスタシア大公だ。彼女はもともと本家筋ではない。先の大公のいとこにあたったはずだ。国の中枢があまりにも腐っていたため、先の大公家の家族と重鎮を斬殺。ほぼ1人でクーデターを完遂させた猛者だ。当時18歳。即位から11年が経過している。


 最後に黄の皇国の皇帝シェラン。彼女は半年前に即位したばかりだ。即位までの経緯はアナスタシアとほぼ同じだが、都落ちを経験し、さらに家族のすべてを処刑したわけではない。よく言えば優しく、悪く言えば甘い少女。まだ即位から半年だが、逆に言えばその半年で皇帝が国を出ても大丈夫なほどうまく国をまとめ上げたということだ。赤の帝国の3分の2ほどの国土を誇る黄の皇国。要注意。


 会議に使う部屋は防音だ。丸く机を並べており、座る席はくじで決めることにした。


「ではシェラン殿。女性優先、レディ・ファーストです」


 くじの棒が入った箱を赤の帝国皇帝フェルディナンド2世は振った。シェランは「はあ」と言いながら1本取った。先に数字が書いてあるので、その番号の場所に座る。シェランは3だった。


 年齢順に次はアナスタシア、エレオノーレと続く。全員着席してからフェルディナンドはホスト席に座った。自己紹介は無駄だろう。全員が全員をだれかわかっている。



「早速ですが、議題に入りましょう。我が方が青の王国の宣戦布告を受け取ったのはご存知ですね」



 君主たちがまばらにうなずいた。アナスタシアは興味なさそうに視線をそらし、シェランも反応がなかった。


「その上で、あなた方の意志を問いたい。我らに味方せよとは申しません。ただ、不意を衝いて進撃などはやめていただきたい。その協定を結びたいのですよ」


 フェルディナンドは笑みを浮かべて各国の君主たちを見渡した。そしてにこやかに付け足す。


「それに、力を貸していただけたりなどするとうれしいですね」


 これはさすがに難しいだろう。まず、フェルディナンドのほぼ向かい側に座るエレオノーレが手を上げた。




「まず、私たち翠の王国は中立宣言をもととして、赤の帝国と青の王国の戦争には参入しない意思を表明します。もちろん、赤の帝国に攻め込むなどありえませんのでご心配なく。また、我が方を攻めるようなことがあれば全力でつぶさせていただきますのでご了承を」

「もちろんですよ、エレオノーレ殿」




 フェルディナンドの言葉にエレオノーレはニコリと笑った。彼女は優しげな金髪碧眼の美女である。同じ金髪碧眼の美形でも、フェルディナンドとはかなり雰囲気が違う。


 それから次々と意見が出る。赤の帝国は攻撃しないが、軍を出すことはできないというのがほとんどだ。


「黄の皇国から軍を出していただくのはいかがですか」

「なるほど。黄の皇国は赤の帝国に次ぐ力をお持ちですからね」


 各国の代表が口々に言う。ちなみに、会議はアイク語を主として進められている。話題に上っているシェランは何もわからないような顔でお茶を飲んでいた。だが、少なくともフェルディナンドは彼女はアイク語を理解できていることを知っている。


「シェラン殿は戦の名手ともうかがっているし、不足はないでしょう」


 黄の皇国が軍を派遣することでまとまりかけている一同に、通訳が口を開く前にシェランが言った。



「わたくしに断りなく勝手に決めないでくださる? 黄の皇国の君主はわたくしですわ」



 流暢とは言い難いが、はっきりとアイク語で言い切ったシェランは、東大陸人にしては西大陸の言葉がうまい。フェルディナンド自身にとっても、黄の皇国の女性の衣装を着こなした彼女がつたないとはいえアイク語を話す姿は少し奇妙に見えた。


 シェランが言葉を理解していると知り、彼らは青くなった。もともとこの会議のメンバーの参加者の年齢はさほど高くないが、シェランはこの中では最年少になる。即位からの期間も短い。半年だからな。



 しかし、忘れてはならない。この女は半年で黄の皇国をまとめ上げ、対策まで立てて赤の帝国に出向くような女だ。



「残念ですけど、我が国は先の皇帝の失策により、内政が荒れています。軍を派遣する余裕は皆無です」

「何をおっしゃる。あなたは半年で見事に国をまとめ上げたと聞きました」


 シェランがななめ向かいにいるその男をにらんだ。フェルディナンド張りの釣り目はかなりの迫力だった。碧の公国サニエのフランソワ公爵である。碧の公国は青の王国から独立した地方である。しかし、独立したことからわかるように青の王国とは仲が悪い。


 不意に、シェランは凶悪な笑みを浮かべた。見ている限り、彼女は善良なただの女性である。皇帝になったのは確かだが、それ以外は普通に見えた。むしろ、だからこそ彼女は皇帝にふさわしいのかもしれない。


「そうですね。軍を派遣することになったら、碧の公国を通らせてもらいましょうか。大軍なら、陸路を行くよりも海路の方が速いですからねぇ?」


 フランソワ公爵の顔が引きつった。シェランはふん、と鼻で笑った。それを見てほかの王たちが怒った。


「無礼な! 若ければ何をしても許されると思っているのか!?」

「異議あり」


 会議中ずっとおとなしくしていたもう1人の人物、空の公国のアナスタシア大公である。シェランもエレオノーレも東洋西洋の違いはあれど女物を見につけている中、彼女は男装だった。騎士の礼服のようなものだ。東大陸人のシェランと同じくらいの背丈しかない彼女だが、よく似合っている。


 アナスタシアは赤毛の美女である。ウェーブがかった髪を束ね、切れ長だがたれ目気味の琥珀色の瞳をしている。右目に泣き黒子のあるド迫力の美人だ。



「いくらシェラン皇帝が若かろうと、彼女は皇帝だ。忘れてはいるまいな? その気になれば貴様の国くらい、簡単につぶせることを忘れることなかれ」



 会議室の空気の温度が下がった。アナスタシアの発言はそれくらい重かった。何しろ、彼女自身が国を奪い取った人間だから。


 実際、黄の皇国は赤の帝国に次ぐ領土を保持している。シェラン本人が言うように、青の王国との戦争に参加するのは国の位置的に厳しいだろう。


 空の公国は、公国にしてはかなりの広さを誇る軍事国家だ。むしろ、アナスタシアが即位してから軍事国家となった。この女はほんとにすごい。翠の王国のエレオノーレも大概だが、世界の女たちは強い。


 雰囲気が悪くなったので、とりあえず会議はお開きとなった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


初めにちょろっと言いましたが、この話は、小説家になろうサイト様で連載中の『黒の王国の住人』のスピンオフになります。そちらにも、ちょこちょこっとシェラン皇帝の話が出てるんですよね。シェランは『黒の王国の住人』に出てくるシャンランの母親です。

翠の王国のエレオノーレ女王は『黒の王国の住人』の翠の王国の王太子ヴィルヘルムの祖母です。

もちろん、赤の帝国皇帝フェルディナンド2世は、『黒の王国の住人』のエリーザの父親。母親であるシャルロッテは、この時期まだ10歳くらいですね

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