チームリーダーなる者
『アイツ』こと、サー・アン・リュウは、所属の艦隊の中でティアに対して遅れを取ることの少ない体術を持つ人物の一人である。
チャイナ州出身。ティアの一つ下で訳ありらしく、同じチームになっても何も語ろうとはしない。もっとも『ゾーディアク』の中でハッキリした経歴を持つ者は少ない。
ただ、彼は良い所育ちという項目だけがデータ内でも判別できた。言動の端々にもそれが見えるのだ。
作戦の立案なども的確にこなし、適材適所を素直に理解している。
ただ、誰にも向き不向きがあるように戦闘機による格闘戦にはティアに一日の長があった。
操縦に対する勘は鋭いのだが、格闘戦では必要な要素である空間の把握に時間が掛かること、それと無鉄砲さが少ない。
とはいえ、ティアに匹敵する強さを秘めている彼は、一五〇㌢の身長のティアに頭一つ分の余裕しかないが、細身の体に強靱なバネを持っていた。
リュウがティアに匹敵するところを見せつける結果になったのが、一年前のゾーディアク所属チームの対抗戦だった。
旗艦では、技術や作戦能力が落ちないように、時期を決めて行われている。
射撃,剣などの白兵能力。宇宙での射的能力など、様々である。
そして、各チームを率いるリーダーにとって各人の能力を見極めるいい機会にもなっていた。事実チーム間での編成や新人の獲得などに影響を及ぼしていた。
数百チームもあると、こういった方法が確実といえる。激戦が予想される中でチームリーダーの参加は強制されていないが、各チームの特色を見せつけるために彼らの多くが参加していた。
ティアが参戦したのは、優勝賞品につられたと言っても良かった。
一般職に対しては、希望のチームへの配置転換を、チームリーダーには、メンバーの編成、所属部隊の変更や機材の購入などが選べた。
ティアは、チームのみんなが新造艦を熱望していることに気がついていた。
チームのみんなの切なる願いにティアは、自らに課した封印を解いた。
『ゾーディアク』所属以来、新人の時を含めて何かと避け続けてきたチーム対抗戦への初参戦を決めた。その年のゾーディアク所属チームの対抗戦では、伝説が出来た。
そう奇跡とも呼べる力が新たな伝説を産んだ。
一年に一度開催されるチーム対抗戦である。
チームのメンバーが参加する各種訓練や行動の成果を競う。団体と個人の区別があり、それぞれ採点される。トーナメントなどは優勝、準優勝することはその本人たちにとってビッグボーナスがあり、非常に参加人数が多い。
もちろん、総合で高得点のチームには会長と総帥の承諾が必要だが、スカウト、トレード、新造艦などの副賞を優先的に獲得できる。
新人たちは希望のチームへと売り込むために必死になる。
チーム対抗戦は評価の場であり、スカウトの場であり、売り込みの場でもあるのだ。
ティアが『彼』と出会ったのもチーム対抗戦であった。時は伝説となった年の事になる。
当時『エレメンタルズ』のメンバーはプロブ・ログの出向チームとして活躍していた。
プロブ・ログとは惑星国家間の問題の解決のために旗艦『ゾーディアク』の中に創設された機関問題・予測である。
出向はもちろん移籍することもできた。
度重なる戦闘によってチームの艦『ディアック』級十二番艦レディアークⅡは傷だらけになっていた。『ディアック』級は艦の大きさでは駆逐艦クラスで、戦闘装備も積載能力も時代の流れに遅れていた。そのため、犯罪組織ネィクァなどとの追撃戦や格闘戦にあって互角に戦うことは乗員たちの必死の努力の賜物であった。
だからこそ、最新鋭の艦を手に入れることがチームの願いであった。
それまでのチーム対抗戦にはティアを除く、チヅル、アーシィ、ゴルディア、ウッディ、ワタルの五人が出場していた。彼らの能力でも様々な備品や艤装の数々を手に入れてきたが、今回の対抗戦では特にポイントが高く設定されていたため、各チームもチームリーダーの投入を決めていた。
ティアの今までの不参加には、訳があった。
彼女と同じチームのメンバー、『ゾーディアク』の会長、総帥の他には知られていないことであった。彼女が格闘戦に長けているということだ。人知れず鍛錬しているらしいが、彼女の立ち居振る舞いを見ても滲み出るものがあった。それが何なのか明確にしてこなかったことに人は噂を立てていた。
「『レディアーク』のティアってさぁ、どーやったらあの年で一級課長になれるっていうのかしら……」
「何かコネでも使っているのかも……」
「案外、会長と出来ているんじゃないの?」
「うっそぉ、マジぃ……」
ティアと同じ年でもやっかみは強い。
旗艦『ゾーディアク』の所属するチームは数百を超える。
その中で、十代の一級課長でチームを率いているのはティアの他にはいない。このときのチーム対抗戦管理委員会におけるチームリーダーの対抗戦投入の是非は、あるチームから持ち上がった話だったが謎を解き明かす絶好の機会とみて所属する全チームへ、リーダーの参加を半強制的にオーダーした。 躊躇する者も多かったのは確かだったから。
ティアのチーム『エレメンタルズ』では、メンバー全員が苦い顔をしていたのは言うまでもない。『レディアークⅡ』の乗降タラップの近くで対抗戦のことに話が行ったときだった。
「……ったく、委員会もやってくれる」
アーシィ・チ・ロヴォアが嘆く。野生の狼のような気品、整った顔立ち、流れるようなブロンズの髪。 他チームの女性メンバーが彼を熱く見つめる。
「これじゃ、俺たち目立ちゃしないぜ。あ~ぁ、今回のオッズは、相当変わってくるぞ」
ゴルディア・ツ・ロイが短く刈りあげた金髪の頭を抱えている。イギリス州出身の元特殊工作員と自称している。もっとも『ゾーディアク』所属のメンバーたちにとって重要なのはそこではない。
適材適所である。
毎年の対抗戦で常に最低ランクにいるチームもある。S・S・Sというチームの彼らは、最低限の自衛手段しか持っていない。だが、予知・予測の的中率は並ではない。攻撃は最低だが、守りでの貢献度は最高ランクなのだ。そういうチームもあるのだ。
「ティアと競うなんて……」
チヅルは絶句したまま固まっている。
チーム対抗戦とは名ばかりで、個人の技量を競うものが殆どで団体戦は艦対艦の模擬戦とほか数種。
ということは、勝ち上がるにつれて、同じチーム内の戦いも有り得るということだ。
「ま、ティアを見る目も変わるんじゃないか。 案外、それを狙っているんじゃないか。会長と総帥は……」
ワタルは冷静に分析している。滅多に感情を出さないが、眼鏡の中の彼の目がその動揺を如実に語っていた。チームの中で、主に作戦参謀をしている青年だ。ニッポン人特有の年齢の分からない外見の持ち主で、いつも若く見られてしまうことを気にしている。
「だいたい、力の無い者がチームを任される訳が無いだろうに……」
呆れ顔のウッディ・メルヴァン。ロシアとフランスの血を持つアメリカ人、アメリカ州出身。他の四人に負けず劣らずの腕の持ち主。
そして、五人とも艦内でティアの実力に一度ならず挑戦していた。『レディアークⅡ』の外で考えられていることは実際にチームの編成の度に起こったことだった。その都度、力を示された者たちにとって、今更……の感であった。
最初ティアのチームはチヅルとウッディとの三人で始まった。そこに、ワタルが、次いでゴルディア、アーシィという順に増員になった。その度に騒ぎは起きた。
一癖も二癖もある人物をまとめ上げる人物は絶対に人物に輪を掛けて癖を持つはずなのだ。そうでなければ、器に底がないのかも知れない。
「ま、今回も問題ないだろうよ。少々の相手ではつまらないからな!」
ウッディの言葉に他のメンバーも頷く。
「そうね、案外、会長たちのプレゼントだったりして……」
チヅルが口にした途端、意外な人物が口を挟んだ。
「甘いな。私たちがそんなことだけで大規模なチーム対抗戦をやるわけがないだろう! 今年は隠し球があってね。君たちでもそう容易に勝てるとは思わん方がいいぞ、ん~!」
そこに居たのは『ゾーディアク』の会長タガワ・レンドルフだった。かなりの神出鬼没で有名な彼だが、先ほどまで露ほどの気配も感じなかったことは、チヅルたちにとっても大きなショックを与えていた。
(なぜ、俺たちが気付けない……)
まして彼がそんな物言いをすることは滅多になく、そのことが会長の話を信憑性の高いことと思わせた。
「ということは、新人で有望なのが入ったっていうことですね、タガワ会長!」
ティアを除く面々が会長の突然の登場で固まっているところにティアが割って入った。
空気を読めない訳ではないが、会長や総帥の持つ威厳などは、柳に風というぐらいにしか感じていないらしい……。
「ま、そう言うことかな」
「じゃ、今度の対抗戦はその隠し球もうちのチームに貰いますね!」
自信たっぷりの言葉に会長も二の句が継げない。ひとしきり、唸ったあとに一言言って退場した。
「………………やれるものならな……」