無謀なる者
今日のティアは胸ポケットに赤外線探視仕様のサングラスを差し、左の腰に銃が吊られていた。古代中世期のドイツ州で製造されていたルガーに似ている。
側面の計器類が高性能の何かであることを示している。
左胸には護身用と思われる小柄がホールドされている。
小柄の握りの部分に彼女の瞳の色を写し取ったかのような…、深い青い色の石がピラミッドをふたつ底の方を重ね合わせた形で填め込んであった。その精緻な造りが、不思議な魅力を醸し出している。父から渡されたモノだが、刃の部分に隕鉄が使用されているらしい。
先祖で隕石を拾った者が居たらしい。刃には、星乃という銘が彫ってある。
ちなみにチヅルの小柄も由来が一緒で、先祖伝来で刃に隕鉄を使用、填め込まれていたのは、煌めき加工された水晶。こちらの刃にも、虹邑という銘が入っていた。
宇宙と小柄……意外な取り合わせだが、なんか彼女の雰囲気に馴染んでいる。
彼女とすれ違う者たちの多くはベルトに短刀らしいモノを下げている。
だが、彼女が持ち歩いているのに比べると気品が感じられない。
単なる武器としての価値しかないものが多く見受けられた。
もっとも、コンバットナイフに気品なんてあるわけがないが。そのコンバットナイフに較べると華奢な造りの小柄はいかにも貧弱そうに映るらしく、多くの作戦でも勘違いした敵の一番攻撃を受けてきた。しかし、なりは小さいながらも本物の日本刀である。堅さと柔らかさの存在する武器である。特にティアやチヅルの持つものは切れ味も鋭い。
無論、多くの敵を退けてきた逸品である。
まだ幼さの残る東洋系のやや小さな顔立ちには、このコロニー艦隊の中にもファンが多い。だが、彼女は艦隊の中でも特Aと言われるほどの戦績ゆえに、彼女のその立ち居振る舞いには一筋の隙もない。
普段ならば…だが…。
「はぁ~あ、本当にどうしようかなぁ……」
よく見ると、その彼女の青色の瞳に紅く燃える炎が見てとれる。
触らぬ神に何とやら か?
「これはこれはティア課長殿、どちらへ?」
格納庫から出て来た男がそう言う。
アーシィ・チ・ロヴォア、イタリア系アメリカ人。彼もチームの一員で、射撃管制の中枢を担っている。射撃に関してゾーディアク艦隊でも五指に必ず入るほどの腕。緩やかにウェーブする金の髪に女性ファンも多い。普段から、陽気な男だ。
彼の腰にはティアの持つ小柄に似た短剣がつるされている。
柄の石は琥珀か?
アーシィ・チ・ロヴォア、彼だからこそできた勇気ある…、しかし『無謀な』という形容詞の付く行動だった。
『レディアークⅢ』の艦橋から、ここまで来る道すがら、幾人もすれ違ったのだが、彼女の顔を見るなり、目を逸らし逃げ出していたのだ。
ティアは「何よ?」とばかりに、思わずギロと睨み付けたが、アーシィはどこ吹く風だ。
同じチームのメンバーとして所属しているのだから、おいそれとはたじろぐことはない。
だからといって、ティアの持つ怖さが減る訳ではないのだが。
「ダメよ、アーシィ。いまのティアには冗談は通じなくてよ。毛が逆立った猫になっているわ!」
涼やかな声がアーシィを止めた。チヅルである。
一級課長のティアとタメ口なのは、長い間チームとして費やした時間の長さがそうさせるのである。
ちなみにアーシィは機関課係長という肩章が付いている。
チヅルは索敵・通信関係で指揮を執る情報処理課二級課長。他の艦ではそれぞれに担当配置される索敵、通信、情報処理だが、チヅルは一人でこなしてしまう。つい、先頃の“仕事”で昇進した。
「わたしだけの方が気楽だもの」とはチヅルの弁。
適材適所と本人は言いたいらしい。
もっとも非常時のサポートには各員がデータ処理を手伝うのは当然のことである。
人員が足りないのもそうだが、チヅルの能力では、『レディアークⅢ』の人工知能の調整などもやってしまう。非常に有能な人材である。それもあるが彼女の思考の速度と突飛な発想の転換などについて行ける人物が少ないだけなのだが。なにしろ、いろんな発想の転換から新製品を開発する名人である。
アンダースーツを透明にするという発想から、可変型のものを造るのに要した期間はたったの二日。
赤外線探視仕様のサングラスに至っては、半日。
しかもそれは発想から試作品製作までの時間がである。
手早いにも程があると言いたかった。
彼女の能力を発揮させたのはチヅルだけのの能力だけでなく、メンテを担当するメンバーにも能力の高い者がいた…、ということだ。
彼らはチヅルの分かりにくい説明にもビクともせずに彼女を補佐しており、もし彼らがいなければ、チヅルの新発想は机上の空論でしかなかったものも多かったかもしれない。
その彼らとはソルト、ミント、ハーヴの三人は一卵性の三つ子。
今年、既に十三歳になっていた。ファミリーネームは公表されていない、なぜか…。
その面差しはなぜか、ウッディ・メルヴァンに似ている。ティアは彼らがウッディと一緒の艦に配属されたときに彼ら自身がひどく驚いていたことを覚えている。
三つ子である彼らは彼ら自身の繋がりがあるらしく、暗号手話をよく使っていたが、その暗号手話を即座に取り入れて会話に参加したチヅルも流石であった。
よくチヅルの話や発想に付いていけるものだと感心していたら、つい先日、本当の親子であることが報告された。ウソみたいな本当の話である。
さらにチヅルは艦内工場長を務め、レディアーク級の基本設計の改良にも携わっていた。他にも彼女が参画したものは多い。機関部の改造や改良にもその食指をのばしている。
「うわっ!」
アーシィが転がされた。
チヅルの言葉にアーシィは慌てて飛び退こうとしたが、少し遅かった。
「チヅル、貴女ねぇ……。もっと他に言いようってものがあるでしょ!」
「だって、その通りじゃないの。ねぇアーシィ、判ったでしょ?」
チヅルはティアの足技でアーシィが倒されるのを見ていたからすぐに言い返した。
足の甲をイヤというほど踏まれた上に足払いを食らったアーシィが足を抱えて、悶絶していた。決してアーシィがトロいという訳ではない、ティアの体術の方が優れているためだ。
確か、なんとか流とかいったチャイナ州に多い体術の、…はずだ。
どこで鍛えているのか分からないが、彼女が現在所属しているコロニー艦隊ゾーディアクに於いても、彼女より強い人間を数えた方が早い。
「アーシィ、いつまで寝転がっているの? 邪魔よ」
自分で転がしておいて、それはないだろうと言いたげな目をしながら、アーシィが起きあがってくる。
「ひでぇな、まったく。これじゃ、アイツも身が持たねえんじゃないかね…」
アーシィの『アイツ』という言葉にティアの心臓は顔に向かって大量の血液を送った。
ぼふっと音がするような赤面の仕方にアーシィが驚く。
「おいおいマジか…」
彼女が憤然としていた理由は幾つかあったが、その一つに『アイツ』のことがあった。