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恋せし者

 現在『ゾーディアク』のドックに待機中の艦艇は最低電力しか機能させていない。


 豊富で枯渇することのないエネルギーを有していても浪費することは許されない。

 エネルギー不変の法則は、すべての現象に反映されるからだ。


 宇宙に放出されたエネルギーはビリヤードの玉みたいに姿を変え、形を変えて最後に元の場所に戻ろうとする。

 まるで時計の振り子のように…。


 この法則を利用して、宇宙からエネルギーを取り出そうとした人物がいた。法則の発見者ライデン・ムーンライト、その人である。

 ライデン理論を完成した人であったが、その理論を証明するには未知の要素が多すぎた。


 現在のところ、いまだに実証されていない。

 彼は亡くなったが、彼の理論に対して肯定、否定の別を問わず未だに理論に対して検証が行われている。

 それは人の生活の原点に存在するものだったからである。


『いかなるエネルギーも、電気は言うに及ばず、人の生命、言葉、その存在さえも全てがエネルギーを有している。たとえば誰かの悪口を言ったとしよう。

 それはいずれ自分の思いもしないところから反転してくる。自分がその人に言った言葉のエネルギー以上に増幅されてくるのである。


 人はエネルギーを消費して生きていると言うが実はそうではない。人も物も、そのエネルギーの輪の中に存在が許されているのである。エネルギーの源、食事や想いがなければ人は生きられない。

 消費しすぎれば身の破滅が待っている。

 私はいずれ証明してみよう、そのエネルギーの大きさを、そしてそこから導き出されるエネルギーこそ神の用意したエネルギーであると信じている』


 彼は自分の理論の証明のための実験中に死亡している。

 だが、彼の創った理論のためにエネルギー消費の規制が連邦内で確立された。


 その規制されたまま待機中の艦の通路を先ほどから、艦尾近くへと向かう者がいる。

 左手にチェックリストを抱え、右手でホロ・キューブを操作するその顔はまだ幼い。

 二つ折りのホロ・キューブは最新型。

 三Dアルバムで、二Dの写真からデータを取り出すことが出来るものだ。


 彼女は父ライデンの姿を取り出していた。


「父さま…」

 三年前の実験中の事故で亡くなった…父。

 厳しくとも温かい、父一人娘一人の環境。それなりの日々であった。

 それが、突然の事故で失われた。永遠にティアの家族は失われた。かつて、ティアの幼い頃に彼女の母親が或る事件の中で死んでいる。


「だからって!」


 そう言うなり、艦尾にある愛機の待つ格納庫へ向かって、憤然と歩きだした。


「まぁったく、冗談じゃないわよ。なに考えているのかしら…」


 怒りのためか、一人言が漏れているのにも全然気が付かない。


 一級課長の肩章と名札(プレート)が付いている。

 名札(プレート)には、ティア・ムーンとなっている、ゾーディアクでの彼女の名前だ。

 もちろん、本名ではない。

 まだまだ若い、若すぎるくらいの十代後半になったばかりのチームリーダーである。


 本部である旗艦『ゾーディアク』より支給されているモンザレッドの襟の高いハイウェストブレザーを黒のアンダーの上に羽織っている。黒のアンダーは宇宙服の着脱時に重要なファクターとなるため、常に身につけねばならない。


 男性にとっては問題は起こらなかったが、女性陣には不満を持つ者が多くいた。 個人差のない制服に個人差のないアンダーとくれば、女性の士気に影響を及ぼす……、彼女たちの戦う意志の発露にはファッションという名の気合が重要なのだった。


 今、ティアの身に着けているものは、タイトな黒の膝丈のミニスカートモードの(ニュー)スーツ。腰のV字型のベルトに付属された開閉操作型の制御盤(スイッチ)でアンダースーツに変化する機能がある。 最近、『レディアークⅢ』の艦内工場(ファクトリー)で開発されたばかりの軽宇宙服インナースーツ

 ナノテクノロジーの応用で、数種の記憶(データ)と膝、足首(ブーツ)に付いているセンサーからの情報を頼りに透明な皮膜(カバー)の中に特殊炭素皮膜(Dカーボンチップ)が形成伸長する。


 今のところ、『レディアークⅢ』艦内だけで着用が許可され、データ収集とフィードバックが繰り返されている。様々な問題点を洗い出し、解決する事で正式採用となるはずだ。

 今では全艦艇に支給されている赤外線探視(ノクトヴィジョン)仕様のサングラスもその一つだったのだから。それは遠くない未来のことだ。


「チヅルの開発したこのNスーツ、ちょっと便利よね」

 ティアはひとりごちる。


 チヅル・ファイア、ティアの所属監修するチーム『セヴンディズ』の一員、日系の血を色濃く受け継ぐ。見事な黒髪が際立つ十九歳になったばかりの少女だ。

 粒子学の博士号を持っているとは言っていたが、こんなところに応用が効くとは……ね。


「わたしも、そう思うわ」

 ハイ、とばかりに軽く片手を上げて格納庫の前でチヅルは待っていた。


 同じニッポン州の血を受け継ぐ二人が揃って立っていると双子の小学生に間違えられる。他人のそら似にしては似すぎているからだ、いっそ姉妹といっても通用するだろう。

 だが、二人は揃って否定する。


「冗談っ!」とティアが叫べば、


「怖ろしいこと言わないでよっ!」と、チヅルが返す。


 互いに悪態をつきあいながらも、結局似た者同士であった。


「どうしたの、チヅル。待っていてくれたの?」


 まさかねと思いながらも一応聞いてみる。


 彼女(チヅル)は昨日、親になったばかりだ。

 チヅルもティアも特異(おかし)状況(こと)(ハマ)ったが、彼女(チヅル)の判断は速かった……、ティアはまだ悩んでいるというのに。さっさと決着(けり)を着けてしまった。


「まぁね、ティアのことだから、絶対に気にしていると思ったから……」


 だって…と続けながらティアのスタイルをチェックしている。

 ティアの流れるような黒髪とリボンで包んだ一房の金髪(アクセント)が光っている……はずだが、今日はいつもの天使の輪(ツヤ)がない。


「あ~ぁ、よれちゃって…。『彼』が見たら泣くわよ。ほら、こっち向いて…」


 どこから取り出したのか、小型のドライヤーでティアの髪を整えていく。

 ティアの顔は『彼』の言葉に集団でのぼった血液で、紅くしていた。


「チ、チヅルったらぁ……」


 ともに歴戦の勇士とは思えないほどの微笑ましい会話を交わしている。


 ティアの髪には、どういう訳か、一房の金髪(アクセント)がある。別に染めた訳でないと聞いた。

 両親の家系にはアジアの血しか流れていないということだったから、隔世遺伝なのかも知れないが無用の騒ぎを起こさないために、いつもその一房だけをリボンで包んでいる。


 純金の流れを見て心穏やかではいられない者も多いが、艦隊の中でもエースと呼ばれるティアの御利益には誰もがあやかりたいと思っている者は絶えない。

 たとえ、彼女の体術で鮮やかに撃退されるとしても……。




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