廻転せし者
明日歴一八二年。
「広いなぁ…」
艦全体の大きさが直径十五㌔㍍、全長で三〇㌔㍍はあるその巨大さにぽつりと呟いた少年は、今、発進していったシャトルで着いたばかりだ。
着慣れない軍服に似た支給品に身を包み、黒髪碧眼のまだまだあどけなさの残る顔立ち。
「迎えの人が来ている筈なんだけど、まだかな…」
目立つって言っていたけど、どんな人なのだろうと考えながら、少年は広いシャトル発着口のデッキで外の風景を見ていた。
常時、連絡バスやシャトルの発着が絶えないため、船の外は様々な色彩に彩られる。
「少年、外の景色は面白いか?」
後ろに人が来るまで、飽きもせずに宇宙を夢中で見入っていたのだと気付いて、彼は、赤面した。
「は、はい!」
急いで、振り返った少年の口がポカンと開きっ放しになってしまった。
凄いという形容が合うほどの美人が立っていた。茶色がかった紅い髪をボブショートに纏め、その眼差しは温かくも厳しい。少年よりも頭二つ分は背が高い。
確かに、こりゃ、目立つよ。
軍の服装ではあるが、それが霞むくらいの光を放っていた。
そんな感じに彼には見えていたのだ。この人は腕が立つ、と。
「レイ・コ・イトー一級課長だ。『虹の戦士たち』所属。よろしく頼む」
彼女が先に申告してしまったことに少年は驚いた。
「サー・アン・リュウ候補生、『ゾーディアク』、任官致しました」
まだ十二歳の少年であったサー・アン・リュウは何とか申告できた。
戸惑いながらも、相手に慎重に目を向ける。
今まで、演習でもしていたのか、飛行服のままだ。
左の耳に付けている銀色の小型の受話装置で、何処かと話をしていた。
話が付いたのか、ふと振り向いて少年に向かって声をかけた。
「少年、気にするな。ここは、そんなことを気にする者などいない。階級なんて無きが如しだからな。ただ間違っても喧嘩を売る相手には気を付けることだ。総帥室まで、行くぞ」
言い捨てて、走り出す。リュウ候補生も、ついて走り出す。
そのままの勢いでジャンプすると、シャトル発着場は人工重力を弱めているため、軽々と飛び上がる。
総帥室直行のシャフトのグリップに身体を預け、加速レバーを握る。
レイ・コ・イトー一級課長の隣まで加速する。
「少年、今から頑張っていると、大変だぞ」
からかうような口振りで、リュウ候補生を窘める。
『ふふっ、あのコがあの時の彼なの? 可愛いな……』
彼女がそんな目で見ているとは知らず、期待をかける眼差しと誤解した彼は、頑張ったのだ。
確かに、あのとき、張り切りすぎていたかもしれない…、後に彼は思い返すこととなる、そう何度も……。
本来、この船『ゾーディアク』には、総帥室直行のシャフトというものは存在しない。
宇宙での兵器として、特に有効なものは何かと問われたら、何と答えるだろうか。
超高速で移動している物体という答えなら合格だ。
旗艦ゾーディアクは、開拓支援艦のために多数の人々が生活し航海を続けていくという性質を持っているため、コロニーからの連絡シャトルの発着場を広く取る必要があった。
ゾーディアクの前後に伸縮展開できる構造にしており、それを利用したマスドライバーを装備していた。
しかも発射される弾体の大きさや形状により何本ものシャフトが必要とされていたため、通常はそこをシャトルの発着などの施設に当てていたのである。
現在、二人が通っているシャフトもマスドライバー用で旋状痕を施されていた。
旋状痕とはライフルなどで、銃弾を速く、しかも正確に的に当てるための回転誘導させる溝である。この場合、回転ということはそのシャフト内は渦巻き状なのだ。
その後の事は聞かないで欲しい、とリュウ候補生は真剣に思った。
吐いた。
耐G訓練より激しいGと回転が、彼を襲った。だがイトー一級課長は平気の平左であり、リュウ候補生は更に落ち込んだ。
「ははは、わ、分かった。くくく、む、無理はいかんぞ」
総帥室での申告の際に、一部始終をイトー一級課長が話してしまい、その総帥室にいた一同が爆笑する。特にショウ・L・タガワ総帥の双子の弟である、ジョウ・R・タガワ会長は、未だに笑いが止まらない。紫水晶色の髪を持ち、端整な顔立ちでスーツの上からでも引き締まった体を想像させる二人は、くの字になって引き攣っていた。
リュウ候補生は、穴があったら入りたいくらいであった。
ともかく、サー・アン・リュウ候補生は正式にゾーディアクの一員となった。
扱いは、そのタガワ会長の下、リーブラ隊の所属。
「『ゾーディアク』では、LとRの二部隊構成となっており、表裏一体の行動を取れるようになっている。リュウ候補生は、Rのリーブラ隊所属であるが、初年度だけの研修に入ってもらう。一年後目覚めた君に、わたしたちは会いたい」
総帥と、会長の言葉がリュウに染み通っていった。
一年後、格段に進化したリュウがそこにいた。主計課の配属と同時に主任になり乗艦先を物色している最中である。
元々持っていた精悍さが増し、各種の武器の取り扱いにも、支給された自分の愛機の操縦にも慣れた頃である。
そして、彼には隠された特技があった。白兵戦や格闘戦で彼に追いつける者はいないとまで言われたくらいに、彼は中国風の、とある武術を既に極めていることが判明していた。
さらに一年後、『ゾーディアク』艦隊チーム対抗戦が行われ、リュウはそこで出会ったのだ。
最高のチームと、最高の女性に…。
そして、その翌年には第七特殊観測艦『セヴンデイズ』の主計課に配置転換された。
異動理由は彼の特質を判断した結果ということだったが、実際はそうではない。
『ゾーディアク』艦隊チーム対抗戦で優勝した最高の女性からの配属指令だった。