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闇き雲なるモノ

太陽(サニー)暦一八八三四年。


 湧き上がる黒い雲は底の知れない(くら)さを誇り、その雲のあちこちで時折、小さく稲光が発生する。

 視界のすべてを覆い隠しながら、あっという間に近づいてくる。


 この星のすべてを覆い隠さんとばかりにこの異様な雲が発生したのは数週間前、以来、雲に没する国は数知れず、その雲より出て助けを請う者もない。

 すべての者の生命活動は停止したとみてよい。


 今、その雲に沈もうとしている国の人々はその雲から逃れようとした姿のまま、凝固しだしている。本人に、自分が固まろうとしていることなど気が付かせないほど、速やかにその変化は確実に人を蝕んでいた。


 この星の奇跡である花の力も通じていない…ことに気が付いたときには、

対処が手遅れになっていた。底知れぬ許容量の(リュウ)の力を以てしても、ほんの数日、数刻の時を稼ぐのが精一杯だった。


「光よ、空虚(うつろ)な河となり、迫りしものと我を断て!」


 言葉は(リュウ)のイメージのまま、ただ紡がれるままに口にのぼる。

 闇き雲と彼の間に天から光の河が降り注いだ。膨大な力を使うが貴重な時間が稼げる。

 その大事な時間を大切な者たちのために使うことにしていた。

 彼の娘たちの脱出であり、その生存だった。


 無論、彼には彼女たちの生存は絶対に確実なことであると知っていたが、

『こんな事は話に聞いてなかったぞ。よもやこんなギリギリの脱出になろうとは…』と、

愚痴をこぼした。

 稲光が時折走る異様に闇い雲が迫っていた。


「…ティア、あの子たちを城の地下へ、早く!急ぐんだ!」


 既に、ク・ビッシ(アーシィの国)ド・コーア(チヅルの国)も闇い雲の中に呑み込まれてしまった。


 だが、望みは捨てない。

 あの国々にも、私たちの国にも手だてが一つだけ残っているからだ。

 だが、大切なときが過ぎ去ってしまう。

 私たちにとっての大切なときが…。


 荒れ狂う闇い雲が迫るなか、ふとあの手紙を読むであろう人物の顔を想像し、(ひそ)やかに微笑(わら)った。

 ティアが戻ってきていた。今は年下の彼女だが、闊達なのは昔も今も変わらない。


「行ったわよ。あの子たち…」


 別れって辛いわね。そう呟く彼女に、リュウは頷いた。

 またすぐに会えるよ、そうすぐに…ね…。


やがて、(くら)い雲が、すべてを覆った。


 それは悪夢の世界だった。人々の動きの停止と、同様に我が身に迫る停止の瞬間。

 やがて、何もかも見えなくなった。

 いやな夢だった。 



 明日(アース)歴一八五年。


「!」


 彼は、パチッと目を開けた。

 今、自分がどこにいるのかを確かめつつ、おそるおそるベッドの上で体を起こした。

 心臓の音が痛いくらいに響いていた。


「…こ…こは…」


 見渡すほどでもない狭い部屋。彼に与えられた、仮眠をとっていたはずの部屋。

 厭な夢だった。闇が怖かった。心が悲痛な叫びをあげていた。

 室内灯を点けても、そのまま呆然とする自分がそこにいるのを確認しただけだった。

 ドレッサーから半分はみ出した制服。支給品のサングラス。

 壁の一部が変化した状態で白く雨を降らしたままのマルチスクリーン。

 無くしたはずの曾祖父(ひいじい)さんの形見というアナログ式の腕時計が彼を

静かに見つめていた。

「な、何だったんだ、今の…。なんという現実感。な、生々しすぎる。

あれは…、オ、レか…」


 彼、サー・アン・リュウは、未だ去ってくれない震えと戦っていた。

 この夢を見だしたのには、きっかけがあった。

 あるきっかけが…。


 数日前になる、彼は定時の哨戒・索敵(パトロール)に出た。

 くじ運だったのか偶然か、彼の密かな思い人である二歳年上の同じチームのリーダー、ティア・ムーン課長と旗艦ゾーディアクの周囲における定時の哨戒・索敵任務に出たのだ。


 気になっていた存在との密室(二人っきりの)状況に少々、地に足の着いてない状態だったことは否めない。


 だが、終わったその日の睡眠(ねむり)からその悪夢は始まった。

 何故ならその日、リュウとティアは拾いモノをしたからだ。

 そして、物語が進むように、夢の中でリュウやティア、それに幼い娘たちの行動が描かれていた。

 まるで映画を演じるように、主観的な視点で、悪夢が続いた。


 呆然としたまま、ベッドから起き上がり掛けたままの彼の背中に、壁に埋め込まれた

スピーカーが呼び出しを掛ける。

『リーブラ所属『セヴンデイズ』サー・アン・リュウ火器管制員。タガワ総帥がお呼びです。至急、総帥室まで出頭するように。繰り返します……』


 悪夢が復活した。どっと冷や汗が背を伝う。

「わ、忘れてた……」

 頭を抱えたリュウは、のろのろと、ドレッサーから制服を引っ張り出す。


 彼、サー・アン・リュウは一六八時間前の各隊の各チーム毎の任務である、

哨戒・索敵(パトロール)の行動中に、取り扱いの困る非常に厄介なモノを拾ってしまったのである。

 それに対する報告書(レポート)を入力したものの、同時に総帥から示された提案に頭を悩ませていた。

 明確な判断のできないまま保留(たなあげ)にしていたのだが、今の呼び出しは保留(たなあげ)していた期限(リミット)が切れたのだ。

 ある程度身なりを整えたリュウは部屋を出た。もう一人の当事者を捜すために…。


 リュウの勤務するのは銀河の中心方面探索のためのコロニー艦隊『ゾーディアク』。

 その名前の由来は黄道十二星座の名を持つコロニーを束ねている所から来ている。

 直径十五㌔㍍、全長で三〇㌔㍍の艦体の中に直径十二㌔㍍、全長十五㌔㍍のサイロがあり、その内側に直径五㌔㍍、全長七㌔㍍の密閉型のコロニーが二基、前後に収納されている。

 回転式拳銃(リボルバー)の弾倉のように…。

 十二基の倍の二十四基がそれぞれ、一分間に三回自転している。

 さらに一時間毎に三〇度ずつ進行方向に対して、前が右回りで後ろが左回りでずれていき、その回転モニュメントを解消している。

 ほかにも、シャトル発着口やマスドライバーなどの装備もあり、威容を誇っている。


 だが、その巨体故に、行動に制限が掛かる。

 この巨大な艦隊に攻撃を仕掛けるものは少なくなったが、皆無ではない。

 流れの海賊艦隊や市民団体、テロリストなど、様々だ。


 質量の巨大なものが存在するだけで発生する存在引力が様々な宇宙のゴミを引きつける。それぞれのゴミの軌道を艦橋に報告して再計算し、破壊、回収などの雑務もある。

 その制限を少しでも軽くするために行っているのが哨戒・索敵任務なのである。

 哨戒機には通常二名の乗員が必要とされている。それが担当の四チームからそれぞれ一機が進行方向に対して、第一象限から第四象限をエリアにしてその任に着いていた。


 そう、そして彼らは回収してしまったのだ。寝るたびに見てしまう悪夢の元を…。

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