癒やされし者
「結局、時間掛かったわね……。これでドコに行くとか、何しに行くとか、詮索を受けなくて良いのは良いけど。絶対に素で楽しんでいたわね、タガワ総帥は…」
手元に自分のひよこ『フェニック』を引き寄せ、癒やされながらチヅルがごちる。
今は、やっと自由跳躍中のレディアークⅡの中、あと、一時間ほどで、人類のふるさとと言うべき、地球圏に到達する。絶対に録画されているはずの出発式は、誓いの言葉に始まり、指輪の交換、口づけ、友人代表の挨拶、二人のプロフィール、初恋の人、お互いの好きなところ、嫌いなところ、好きな食べ物と多岐に亘り質問攻めにされていた。
お陰で、ティアたちの動向を探っている不埒者たちに対しても、この行動に対して秘密の番号が発行されていると言うことには気付かれていない。 ただの婚前、いや、新婚旅行だとしか思っていない。
もちろん、あの放送事故の裏では、タガワ会長との『あの箱』の権限譲渡、バックアップ体制の構築など事細かに打ち合わせが為されていた。
しかし、あの質問攻めには、ティアもリュウも洗いざらい告白せざるを得ず、本人たちの気苦労たるや計り知れないものがある。もちろん、彼らの精神の安定には自分たちが苦労しなければこの作戦自体が達成できなくなる。
それは、とても厄介なことだった。しかも、その二人は今、艦橋の床で恥ずかしさにのたうち回っている。しばらくは、仕事にならないだろう。『ルゥ』と『チャァ』は相変わらず仲良く毛繕いをしていた。
「本当にこの子たちが居てくれなければ辛かったわ…」
今、チヅルの手元には、うつらうつらした朱いひよこが居る。
名を『フェニック』、炎の色した朱いひよこ。不死鳥をもじって付けた。複数になったら『フェニック』スだね。
ウッディの膝には、なんというか『羽の生えた黒い子豚』が鎮座している。
名前は『ライトン』にしたと言っていた。
ワタルの頭に齧り付いているのはニャンコ。黒白茶の三色シャム猫。三毛シャム。
しっぽの先が太かったので、よくよく見てみるとシッポの先端が二つあった。
名前は『シャンマタ』、シャムのネコマタで可能性を考えたという事らしい。いまフタマタならこの先、三つになるかもしれないということだったらしい。つまりは、三股。
ゴルディのは、なんというか裏切られた思いをした者が多かった。丸い卵が割れて、飛び出したのは、金赤の丸い塊。『マリ』と名付けたらしい。金地に赤い幾何学模様の入った形の中に目も口もあるらしく、たまに舌がピヨッと飛び出ては引っ込める動きをしていた。ゴルディが弾く木の実を取り込んでいるらしい。幻想生物かと思いきや、現実の物も取り込む、えらくファジーな生物のようだ。
最後に控えているのは、アーシィのひよこ。
これもまた、なんと言って良いのか? ひよこと言いながら鳥では無い、が、卵から産まれたのだから、ひよこで良いのだと思う……。今更…か。
これもアーシィの頭の上に居る。ワタルの『シャンマタ』と違い、行儀は良いのだが……。お座りと伏せが得意な『トリケラ』は、ワンコ系? 名前の『トリケラ』は恐竜から来たらしい。あと、鳥とケルベロスから。三つの頭を持ちながらも、肩?のところに小さな羽が隠れていたらしい。三つの頭には、それぞれ名前があり、左から『トーリ』『リルケ』『ケーラ』と呼んでいる。アーシィに区別がつくのかは不明。そのうち、専用の首輪でも進呈しよう……。そうそう、ジェリィやソルトたちにも卵が生えた。向こう(スクー・ワトルア)ではそんな気配なんて無かったと言うから、こちら側専用イベントなのではと彼らは分析している。ボケーとそんなことを考えていたチヅルは、チーンと何かが鳴る音を聞いた。
「おっとっと、加速停止っと。座標確認完了。さぁ、出るわよ!」
恥ずかしさにのたうち回っていたティアとリュウがやっと復帰し、癒やされまくっていた他のメンバーも再起動してくる。新婚旅行と銘打たれた地球圏探索の困難さが馬鹿みたいに思えてくる。
だが、自由跳躍が終わって通常空間に出てくるときに質量異常に気付いた。
「オットォ、な、なに……重たくて艦が振られる? 艦外カメラ起動! …………、艦体に何付けてくれてんのよ。タガワ総帥たちは!!」
そこに有ったのは……。艦体後方にある緊急射出用のハッチから伸びる鎖とそれに繋がっている巨大なコンテナ。これは新婚さんが引っ張っている缶々を模した物と思う。
「そこまで……、凝らなくても……」
言った途端に艦内各自の目の前の通信モニターが起動する。
『そろそろ、到着する頃だと思うが、後ろのコンテナはご祝儀だ。目録はコンテナの扉に設置されている、確認したまえ。ではな』
短い録画メッセージが流れて、モニターが沈黙する。本当に録画だったのか、信じられなくて、画面を突いてみる者多数。再起動しなくて、ホッとした空気が流れた。
結局、モニターはそれ以上の問題を提起しなかった。
あの時の映像のように青く輝いている地球を望める位置、月に到達した。
『鍵』は短く振動し、艦は月の軌道を越えた。地球滅亡以来、この軌道の内側には、誰一人として到達できていない。不可視の結界が作動していたためだ。いまや、その制約は無い。
「地球静止軌道到達。周回速度保持。居住区静止用テザー展開。軌道エレベータ成層圏への降下ポイント設置開始。エレベータ最下部、転移ポイント起動。」
チヅルは地球の軌道上に次々と降下のための布石を打っていく。
「ルゥ、おまえは、チャァと一緒に地上の偵察に行ってきてくれないか?」
自分のひよこに声を掛けるリュウだが、難航していた。
『リュ、行く。一緒、行く』という思念が周りにまき散らされる。
どうやら、リュウと一緒に行きたいようだ。頑として、リュウの頭の上から離れない。
だが、大きく育った『ルゥ』は軌道エレベータには入らない。だから、単独で行かせようと思ったリュウなのだが、まだまだ甘えたがりなひよこを見て、クスリと笑ってしまった。ティアはティアで『チャァ』と、話し合っている。
「リュウ、『あの箱』を持って行ってね。目録に適合次第、収納できるようにしておくわ」
「サンキュ、チヅル」
リュウと『ルゥ』の話が着きそうなのを確認しながら、それぞれが装備を確認していく。
「判った。『ルゥ』、一緒に行くよ」
という、了承を取ったやいなや、『ルゥ』は翼を広げ、リュウを覆い隠してしまう。
「ちょっ、まっ………」
嫌な予感が渦巻いたリュウは静止を呼びかけようとするが。それよりも早く、『ルゥ』は転移した、軌道エレベータの転移ポイントを経由して、地球上の弓なりの島の中間地点にある一番高い山の近くの森へ、と。そこは、遙か以前のマップデータに青木ヶ原樹海と明記されていた。
最初の戦いの場所へ、と。
彼は強制落下した。