ひよこ部隊なるモノ
「いやぁ、大活躍だね。ひよこ部隊の諸君」
タガワ総帥のニヤニヤ顔が左右を見渡す。
「う~!」
ティアは今にも噛み付きそうなくらいに唸っている。
確かに、先頃行われた冥王星系に属する人工惑星の一つ、ケルベロニアにおける宇宙海賊掃討作戦においても彼らリュウたちは目立った。頭上のひよこやタマゴだけでなく、『セヴンデイズ』の面々のその腕前は際立っていた。
リュウとティアのひよこも他のメンバーのタマゴも被ったヘルメットの上に出ていたが、斉射されるレーザーやビームが当たってもそれらはもちろんのこと、その持ち主にもなんら影響を欠片ほども与えることはなかった。それが映像ではない証拠にひよこはリュウのもティアのも本人たちの意志に反して、勝手に身繕いしているしイチャイチャしている。最近は、バサバサと音がしそうなくらいに羽を広げ始めている。
ケルベロニア行政府に立てこもっている首領格を人工惑星の宇宙側から捕獲する作戦の確認にティアとリュウがヘルメットを接触させたとき、チヅルたちは妙なものを見ることになった。 ティアとリュウの頭上でチチッと小さな音がした。この真空の宇宙で…、音……。
「えっ…、い、今の何…」
「あっ」
唖然とするティアとリュウを尻目にチヅルが信じられないものを指さして叫んだ。
ティアのひよことリュウのひよこがくっついていた、…というよりリュウの頭上に移っていた。
当然のことながら、ティアのヘルメットの上にはひよこがいない。
「……………」
地獄のような沈黙が辺りを支配していた。
チヅルからの映像転送を自分のヘルメットの中のモニターで確認したティアは愕然とした。
「あーーっ、あたしのひよこーーーーーっ」
ティアは相当気にしていたらしいのだが、その分、相当に気に入っていたらしい。
お互いに身を寄せ合って毛繕いを始める二羽、それをモニターで見ているリュウとティアは、居心地が悪くなってきた。なんだか二人の日常を見られているような気がしたのだ。
この時は、ヘルメットを離した時点でティアの頭上にひよこは戻った。
「さっさと片付けて帰るわよ」
一言の元に言い切ったティアの瞳には炎が燃えていた。
この時点で先程から攻めあぐねていたはずの、人工惑星ケルベロニア行政府に立てこもっていた宇宙海賊の残党の運命は決したも同然であった。
さっさと片付けられた宇宙海賊こそ、いい面の皮だっただろう。人工惑星の宇宙側の隔壁を切り裂かれたかと思うと、宇宙空間に吸い出される前に無力化されていたなんて、とてもとても当事者でありながら信じられない……。
そう、後に述懐していた。
「バリバリと音がしたと思う間もなく、つむじ風が入ってきた。あいつらが手をかざすだけでレーザーもビームもが当たらないなんてあり得ない。あいつらとは二度とやりたくない…」
司法局に送られる彼には憔悴した姿が板に付いていた。
「あんなところで逢うとは思わなかったなぁ。相変わらずの生活しているのか…」
ワタルが独りごちる。
「えっなに、ワタルの知り合いなの」
知り合いをボコボコにしたのかとその過激なところは出会って以来、いや、『あの世界』での戦い以来、変わらないワタルにティアはあ然とする。
「ん、ま、ね。あれ、俺の親父」
「なにーっ」
とんでもない発言にチームメイトの皆が衝撃を受ける。
そう言えば、ワタルが自分のことを話すのはこれが初めてだ。
チヅルと同じニッポン系の血統を持つワタルは、物静かな性質で、あんな過激な宇宙海賊が身内にいるとは思わなかった。
「ま、親父といっても俺がスカウトされる前に出て行ったきりなんだけどね」
「出て行ったってどういうことさ」
興味津々にゴルディアが突っ込む。普段から、同じ趣味の二人は良く一緒にいるが彼にとってもこれは初めてのことだったのだろう。
「お袋を捜しにプラッと出掛けたのさ。で、あーなった訳だ」
「あれ? お袋さんは療養所にいるって言っていなかったか?」
しれっと流すワタルにゴルディアが、おまえな~口調で聞く。
ティアを始め他のメンバーに至っては声もない。そりゃ無いだろう。
今まで、誰も聞けなかったと言うこともあるが、ここまであっさりとしていると、自分たちの境遇なんてまだ良い方だったんだなぁとティアもリュウも思わずにはいられなかった。
「ま、ね。療養所って言ったって、高い塀に囲まれて鉄格子の入ったところだけどね」
全員が再び、あ然。
「それって、ふつう刑務所って言わないか」
マジかよ~。
「いいじゃないか。俺は俺。親父もお袋も関係ないよ。だいたい、おまえらだってそうじゃないか ティアとリュウ、チヅルとウッディは子供がいて、同棲しているだろ。アーシィもゴルディア、おまえたちも隠していることがいっぱい有るじゃないか。同じだよ」
この分では、まだまだいろんな話が出てきそうだ。世界に不思議が広がっていく。
話が一段落したのを見計らったように、ティアとリュウの頭上で異変が起きた。
彼らを面白そうな顔で見回していた総帥は指示書を用意したところであったが、その異変に気付いて動きを止めた。
あんぐりと口を開けたまま、固まってしまったタガワ総帥を見て、いや~な予感が全員の背中を駆け抜けていた。
「ティア、移動しているわ……」
そう、ティアの頭上からリュウの頭上へとティアのひよこは移動していた。
いや、それだけではない。先程から聞こえていたのだが、あえて無視していたのだけどひよこたちはどうやら会話していた。
その証拠に『ジュッ』だの『ラッ』だの聞こえてくるのだ。
それと同時にティアはチヅルたちのタマゴに見入ってしまっていた。
ひびが入っているのだ。それも、進行形で…。
『ピシッ』、『パリッ』と実際の音ではない音が部屋の中の空気を凍らせていた。
「あっ」
チヅルの声が部屋中に響く。全員がビクッと体を震わせる。
自分の頭上のタマゴを見えなくても、他のメンバーのは嫌でも目に入ってくる。
チヅルの目はウッディのタマゴに釘付けだった。ウッディはチヅルのに、ワタルは忙しなく周りを見ていたし、アーシィは黙して語らずという格好をつけたかったらしいが、時々目を開けてはキョロキョロと見回していた。ふと、ゴルディアが何かを見つけた。
「~~」
目を見張ったまま声もなく、一点を凝視していた。
それは、先程まで『ひよこ部隊』と茶化していたタガワ総帥の頭上にである。ティアはそのゴルディアの異常に最初に気付き、その視線を追って声もなくのけぞった。
既にタガワ総帥には、彼自身が『それ』を見ることができる意味が分かってはいたものの実際に体験するのでは意味が違ってくる。『それ』を見ることができるイコール魔法の資質があるということ。
「え…」
そのタガワ総帥はティアが自分を凝視しているのを見て、
「ま、まさか…」
と、頭上を指さす。その問いかけにティアが重々しく頷くに至って事の重大さにようやく気が付いた。は、生えているというのか?
そこへ部屋のドアを蹴破りそうな勢いで、入ってきた人物がいた。タガワ会長である。
その蒼い顔を見て、総帥には彼の気持ちが分かるような気がした。
凄い勢いで駈けてきたらしく、息を切らしている。
「これか…、手紙に書かれていた騒動というのは……」
お互いに泣き笑いの表情である。互いの頭上にピラミッド型のタマゴというか何というか、そんなものが生えていたのである。
「総帥にも会長にも新しいオブジェが立っているわね。それともアレって、タマゴなのかしら」
落ち着き払った声でそんな感想を言うのはティアだが、彼女の中で驚きが薄れたわけでもなく、ただ単に驚き疲れただけであった。
既に周りのチームメイトたちの頭上には完全なるひよこが鎮座していて、名実ともに『ひよこ部隊』の名を受け入れざるを得ない状況であった。