舞う者と、狼狽える者
その世界の敵? は手強いものたちばかり。
なんといってもそこは価値観の異なる世界だし、それぞれのエゴが出る世界。それらを納得させなきゃ、僕らにとっては終わらない世界だった。
なぜ、それが分かるのかって、居たのさ僕らを引っ張っていってくれる主導者的な存在が…。
それは、僕らの世界の始まりの地、地球の二十一世紀と言う時代の人類代表に、『虹の戦士たち』という名の組織がまるまる入っていた。その代表格は、虹村ひとみという人と、星野ひかりという、どちらも可愛い感じの十代の少女だった。
いまゾーディアクにある『虹の戦士』の前身にあたる組織だ。
彼女たちは、眠り病が蔓延する前から、ここに度々来ては、手探りで解明してきていたらしい。仲間が増えるたびに、解明されることも増えていったらしい。だから、ここには、過去も未来も渾然一体となって存在していることも不思議ではない、ということだった。
敵は味方であり、味方も敵になりうる場所だった。
なにしろ他ならぬ自分たちでさえも敵?に居たりするのだ。自分を自分で説得するとか、事態を理解させるなんて事、本当に一筋縄なんかではいかない。
それでも夢の中の時間軸はほぼ無限にある、現実の世界の自分の時間がある限りは…ね。
今し方、当面の強敵であるリュウになる前の悩めるリュウを何とか、撃退したばかりだ。
「本当に難しいところだね、ここは。自分と対峙して、納得させることが必要な戦いがあるなんて、思ってもみなかったよ。でもなぁ、みんなと出会ったばかりの…あのときの俺には、自分でも分かっちゃいたけど…テンパっていたんだから仕方ないかもな…」
「…そうだったんですか?」
夢の世界は戦いや何かで荒れても壊れても、その姿をすぐに復元していく、いや、癒されていくのだ。
それは、敵?や味方?であるものにとっても同じことを意味していた。
「君たちのご両親も時間的には短かったかも知れないが、悩んだことは事実だろうね」
…でなけりゃ、こっちに出て来はしないよ。そう、愚痴った。
「…俺はレディアークから脱出艇でティアの後を追ってステアという惑星に大気圏突入したはずだった。既にレディアーク自身が、相当の傷を負っていて、ステアに向けて舵を取っていたはずだ。飛び込んでみて分かったけど、宇宙からの光学映像とは別の世界が待っていた。ま、前に夢で見ていた世界だからすぐに気が付いたけど、あれが闇い雲というやつだったんだな。そこで何かを、生物みたいなものを見たはずなんだが……」
彼は肩をすくめると、ふうっとため息をついた。
「で、目覚めてみればこの世界だったということですか」
「ああ、だがここは夢の世界だという。俺は俺で君が君なら、これはいったい誰の夢の中なんだ?」
確かに辻褄の合わないことばかりがここでは多い。『自分』という記憶を持ったままのものが多くを占める。それは自分の夢の中なのか、他人の見る夢の中なのか、判断のつかないことでもあった。
「それに、奥さんも娘たちもどうやらみんな一緒らしい。子供たちは子供たちだけで集まって居るようだな…」
「ええっ、あなたにはもう子供がいるんですか」
だって僕くらいの年に見えたのに。
「そうらしい、ははは…」
「サーン、あなたはいくつなんですか。どう見ても僕と同い年くらいにしか見えませんよ?」
笑い事じゃない…。
「まだ十七歳、いや十八歳になったばかりだ。娘たちは十二歳になったばかりだから、俺が五歳の時の子供かな?」
「そんなの無理ですよ、だいたいお相手だってどこに居るんです?」
「あの中にいるよ」
彼の見つめている中にまだ十歳前後の少年少女の集まりである『エレメンタルズ』が居た。
その中には見間違いでなければ僕たちと同じ年頃の僕たちの父も母もいた。
彼らが談笑している中にあってひとりだけ憂いを秘めた表情の少女が居る。
「か、彼女ってまだ一〇歳になるかならないかじゃないんですか、犯罪ですよ」
だけどその少女の姿にはどこか惹かれるものがあった。
黒い髪はまだ短く、リボンで包み込んだ一房の髪もそんなに長くはない。
ただ、幼い顔立ちの中でラピスラズリのような青い目がきらきらと輝いている。そこだけが生気を明確に感じさせるのだ。
そこには、悲しみを超えてきた強さがあった。
「大丈夫だよ、今すぐ結婚という訳じゃないし俺が彼女と結婚したときには、彼女の方が年上だったし…ね。ま、新婚ホヤホヤっていうところかな。その時点では子供たちは生まれていないよ、それにムーンは今はそっとしておいた方がいい。確か母親を亡くしたばかりのはずだから…」
「でも年上のムーンと結婚て…、子供が生まれていないのに、子供がいるんですか? まさか養子とかですか?」
こんがらがった説明に、頭がぐるぐるになってきた。
「…いや、困ったことに実の子供なんだよ」
「はあ?」
「君たちと同じさ、跳ばされてきたんだよ。時間軸をね…」
なるほど、そういうことか…。でも僕たちはこのとき、君たちの父上とは気付かなかった。
何しろ、僕たちの周りには、そんな家族が多かっただろ、だからさ。
でも、彼は気付いていたらしい。
「僕たちも、困っているんです。このままでは、彼女たちとの約束を果たす日はいつになるのかなって、ソルトもハーヴも頭を抱えていますよ」
僕たちのことを知っている人には、なかなか猫を被れない。
素直になるしかないだろう。
「約束って何だい?」
「また逢おうっていうことですよ」
「?」
彼は妙に不思議な顔をしてね、こう言った。
「不思議なことを言うんだね、君たちも。彼女たちって、俺の娘たちにだろ? もう逢っているじゃないか…」
「いえ、まだ再会していませんよ!」
ジュール、シューガ、クーキィ。まだ口がうまく回らないときからの僕たちの幼なじみ。
彼は肩をすくめて、
「そんなんじゃ、まだまだだな。頼りない君たちに、娘たちには、指一本も触れさせないぜ。無論、ここでのフォローも俺がやるからね」
チチチと、指を振りながら断言した。
「ええっ」
その言葉は、ここに、この世界に彼女たちがいるって言うことじゃないか。
「ど、どこに…、どこにいるって言うんですか?」
焦って、掴み掛かりそうになるミントの手を軽く躱して…。リュウは答える。
「あそこに飛んでる」
飛んでる? そりゃ夢の世界なんだから、どんな姿でも取れるけど、彼の指さした方を見ても僕は君たちに全然気が付けなかったよ。
「どこ見てんの? あれだよあれ」
「……あ」
『エレメンタルズ』の一人、少女の近くに居た…。
大きさ、十㌢くらいの妖精が三人。
いた。……飛んでる。
同じ顔で同じ黒髪で、背中にそれぞれの属性の羽を付けて…。優しい白銀と勇ましい黄金と癖のある透明な色の羽で飛んでいたのをようやく見つけた。
でもね、君たちの髪の色が違っていたから気が付かなかったよ。
ソルトたちも全然気付いてなかったもの。
僕たちは、いつだって君たちのことを絶対に見つけられるって信じていたから、彼から教えてもらって見つけたときっていうのは凄くショックだったよ。
「それはそうと……」
ジェリィの頭上を見やって言い淀む、ミント。
「何…」
「いや、君たちの花はもう羽化したかい?」
「はぁ」
羽化って羽化よね。蝶みたいな虫たちがサナギから変態する、アレのことだよね。
「それとも羽化する準備を始めているかい?」
「言っている意味がよく分かんないんだけど……」
「眠り病の時、彼に聞いたんだ。僕たちの花って、花が最初の形なんだって言っていた。 彼のとティアのはもうヒヨコだよね、あんな風になるんだってさ。ステアにいた頃は、擬態していたみたいだね」
「擬態って形を変えていたってこと…、どうして、そんな…」
父様と母様の花が擬態していたなんて、知らなかった……、でもどうしてそんなことになっていたんだろう。
「闇い雲のせいだよ。あっちに行く前に夢によく見ていたはずさ、ステアのことをね。で、ステアに降り立った瞬間から探索を始めていたらしい。ほら、聞いたことがないかい…、幻の鳥のおとぎ話。あれは、彼の魔法だよ」
幻の鳥のおとぎ話、夢の中に降り立つという金の翼と白銀の体を持つ美しい鳥。
それは朝日の最初の光、先触れを放つもの。それを見た者に、良い知らせを運んでくると言われるもの。太陽神の力を持つ鳥として崇められ続けてきたもの。それは父さまがステアに来る以前からの伝説だったけど、そんな事って出来るのかしら…。
「彼は、事あるごとに飛ばしていたんだ、守れるものを守るためにね」
知らなかった。えっ、ということはリュウの魔法が意識して発動しないのは、しないのではなく無意識下で既に発動され続けているから…なの?
その考えを読み取ったかのように、ミントは続けた。
「彼には、魔法は自分を守るものではないらしい。そうでなくても二人とも負けないだろう。それは自分に課したものがあまりに大きいからだよ」
「何を背負っているの?」
「君たちのために自分自身を比喩ではなく捜しているのさ、時の彼方であるあの闇い雲の中でね」
ウソ…。確かに魔法に時間的な制約はない。ただ、自分の考えの中の枠を取り払わなければそんなことなんて出来はしない。リュウはなんて凄いの。
「そう、僕たちは出来ているよね、魔法の無意識下での発動を。ティアもだ。 あの眠り病を体験してきたからね。 でもリュウはこれから経験するんだ、あの戦いをね。 あの底の見えない戦いを。 でも、彼の根底にはいつだって君たちや僕たちや仲間たちに対しての強い思いがあるから……、だからなのかもしれない」
ああ、そうか。あの人に再会ったからだね。
父さま、かっこいいな。