ひよこという猛者
どこからどう見ても『それ』はひよこだった。
ぷわぷわの毛玉状態でクチバシもまだまだ大きく、リュウのもティアのも普通のひよこより長めの羽を持っていたが、それでもひよこだった。帽子を被ってもヘルメットを被っても、ひよこはその上に存在していた。当人たちがいくら隠そうと思っていても隠すことさえできない。チヅルの発案でシェフの長い帽子をかぶってみた。てっぺんにひよこが存在していた。
もちろん、宇宙空間に出ても平気の平左である。ビームが当たろうが、銃弾が当たろうが、ズバッと斬られようが…である。
だが、平気ではいられなかったのは周囲の者たちで、彼らに及ぼす士気の減衰は言うまでもなかった。
「リュウ~、どーにか出来ないの、それ!」
リュウのひよこを指差して怒鳴るティアの頭上にもひよこが…。
「ど、どーにかって言ったってティアだってそうだろう。仕方ないよ……」
言い合いがそのままお笑いになる二人である。
「う~」
唸りあったままヘルメットをガツッとぶつけた瞬間、二人の頭上にいるひよこはお互いにメロメロになってしまい、周囲の人間は当てられて赤面してしまった。
「うわっ、熱ちちちちちち」「ホント熱いわね」
仲間の声で、そのことに気付いたリュウとティアも負けずに真っ赤になってしまった。外側でいくらいがみ合っていても、内側では既にお互いを認め合っている確たる証拠をさらけ出してしまった。しかもつい最近のことだが、二人とも一緒に大人の階段を昇ってしまった。一緒に住んでいるのだ。そうなる機会はいくらでもあった。子供たちがすでに居る、ということが一線を突破することの免罪符だった。
ちなみに昨日も激しく燃えた。お互いに求め合った結果だ。
しかし、ジェリィたちの兄弟姉妹を増やす気は無く、しっかり避妊はしていた。
何しろ初産で三つ子という快挙を果たしているのだ、ティアたちの未来であり、ジェリィたちの過去でありなので。
もしも、いま妊娠したら、またということもあり得ないことでは無かったから……。
つまり、ひよこたちは彼らの内面を表現していた。どうにも熱い訳である。
「う~、チヅルとウッディは貰っていないの、タネ!」
時を同じくして、遭難者を拾った…、いや、遭難者に呼ばれたチヅルとウッディは元々が恋人同士であったためか、決断も早く、とうの昔に、三人の子持ちになっていた。 だが、いつになっても彼らの頭上に変化はない。そのための恨めやましさもあって、つい口に出してしまった言葉だった。
作戦行動中の現在のレディアークには、二つの家族が作戦に行動をともにしている。右舷と左舷に分かれて居を構えているが、親はチームメイトとして一緒に行動しているのだが、今のところ子供たち同士には交流はない。むしろ、チヅルたちの子供たちはシュガーたちを敬遠している節すらある。ウマが合わないと言うやつだろうか…。
だけど、幼なじみだったはず…。
チヅルもウッディも自分たちの子供の話はしない。と言うより、あからさまな話題に乗るのを嫌っている。連れ歩いているところを見ると、仲良くやっているようだと情報は入っている。だが、この時の彼らは違っていた。
「タネって何? なんか貰っていたの、あの子たちから? 」
チヅルの興味津々な顔が近づく。
逆に聞かれて戸惑ったのはリュウとティア。そういえば、彼らの頭上には何の変哲もない。以前に比べると、格段に濃密になった魔テリアルの中でも平気な顔をしている。
魔テリアルとはリュウとティアと子供たちで名付けたもの。魔法の物質とでも呼ぶべき性質の素粒子が存在を始めた。
あの時から……。そう、地球の復活の映像の後から。
あの時から、見える人には見える…ようになったのだ。シュガーたちにとっては故郷のステアに充溢する馴染みのものであった。
「チヅルさん、三人の子持ちになったときの決め手って何だったんですか? 」
言いにくそうにリュウが聞く。自分たちの時とは別に理由がありそうだと漠然と感じたからだった。
「へっ? リュウいくら何でもそりゃマ…」
マズイと言いかけたウッディを後目にチヅルはスパッと言い放った。
「いやねぇ、リュウったら。ウッディそっくりの欠食児童を三人も放り出すわけにいかないでしょう」
あっけらかんと言ったチヅルに周りの面々は開いた口が塞がらない。
『親』になると言うことは普通、男性でも女性でもどちらにとっても一大事のことなのだが、それが全然ないと言うことの方が非常に驚きである。チヅルの横でウッディが頭を抱えていた。唸っている。
「チヅル、そりゃ無いだろう…、オレはあの時、結構悩んだぞ?」
「そうね、あなたはずいぶん悩んだ顔してたわ、正味三秒くらい…」
呆れた顔で呟いた。
ヘルメットの回線を通話状態にしていたものだから、周りに筒抜けである。
は、早すぎる。それで悩んだというとは……。周囲は絶句していた。
「おまえなんか即決で決めやがったくせに!」
即決? 早すぎる。あれだけ悩みに悩んでいた自分が今更に馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「頭痛い……、私の悩みに費やした時間を返して欲しいくらいだわ……」
ティアが呻く。リュウも頭を抱えて、呻いた。
「ど、同感…」
訓練はそこでお開きになった。他のメンバーたちは既に引き上げていたのである。
だって、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて…。
当初、うまく羽を畳めなかった二人のひよこも、コツを掴んだのかその居ずまいをうまく正せるようになっていた。クチバシはまだ、ひよこのままだ。
『ただのひよこではない』と噂が広まったのもその頃のことで、とにかく不思議な生命体(?)で他人が触ることは出来ないが、それぞれ本人だけが触れる。
しかし見ることも、3Dホロ・データにも出来るのでレディアークでは勿論のこと、ゾーディアクの艦内においてもあちこちで、ひよこの可愛さもあって撮影騒ぎが起きている。それ目当ての観光客が押し寄せていた。披露宴の目録が届き次第、地球に降り立つ予定だが、降りるための運行計画や任務の消化に追われている彼らにとってもこの撮影騒ぎは難儀であった。
どうもシュガーたちの話していたような『この花は魔法の花が咲いた人と、魔法の花の素養を持っている者にしか見えません』という環境ではない現在らしい…。
それでも魔法の花は今のところティアとリュウとシュガーたちの頭の上にはしっかりと咲いていたが、異変はそれだけでは収まらなかった……のである。
「不可思議な現象には慣れていたつもりだけど…」
ティアと並んで歩きながら呟くチヅルにウッディもゴルディアも真剣な顔で頷く。
「全くだな! おまえらと付き合っているといろんな事が起きる…」
その彼らの頭上には、何と言っていいのか分からぬモノが…。
翼状の双葉を台座にした鶉の卵くらいの大きさのモノが円形の巣の中に鎮座していた。まるで、産み落とされた鳥の卵のように……。しかも、それは日々成長しているらしい。
チヅルの頭上には赤とオレンジの入り交じったモノが…、まるで炎のように刻々とその色彩をチロチロと変えている。頭の上で焚き火をしているかのように。
ワタルも同様の双葉の上に変なモノを鎮座させていた。形は卵だが、まるで小さな噴水のように表面を水みたいな液体が流れている。触れないのだから、水なのかどうか、冷たいのかどうかなんて事は分からない。ウッディのには蔦のようなものやブドウの蔓のようなものが巻き付いているし、ゴルディのは金曜日なのだからリュウのひよこに匹敵するものかと思っていたみんなは拍子抜けした。赤銅色なのである。しかし、本人は全然気にしていなかった。
「俺に金色なんて全然似合わないよ。それにこの色って意味があるんだぜ」
そう言ってカラカラと笑う。戻れなくなった地球にあった超古代のニッポン州マニアとして自負している彼にとってその色は夢の色らしい。
地味なのか派手なのか分からない。
「オリハルコンという金属があってさ。このアカガネの色なんだ。おまけに錆びない、折れない、貫けないという性格の持ち主。俺みたいだろ?」
「なに寝ぼけている。全く正反対じゃないか。このナンパ師」
アーシィの少々呆れた感じの声が水を差す。その彼にも、卵が…。
緑やら黒やら茶や赤青黄など多色のピースがパーツになったモザイク風のもの、どんなひよこ(?)になるやら……。
リュウとティアのひよこはその持ち主なら触れる。だが、卵の状態では、その持ち主ですら触れなかった。たぶん、何かの事情が関係しているのであろう。ジェリィたちですら知らない物事に誰がどんな説明を出来るというのか? その娘たちであるジェリィ、シュガー、クッキィの頭上の花の形が変化していた。野放図に頭上にあったものがティアラの形を取り始めていた。白い小さな花たちが芽生え始め、今までの花を囲っていた。母親にあたるティアの頭上の形に倣うように……。
「これって、ひよこになるのかな…」
ワタルの一言が一同の顔に期待と不安の入り交じった表情を与えた。
「ま、まさ…か…よね…」
引きつった笑いが辺りに満ちた。
ちなみに彼らの頭上にある「それ」もヘルメットを通して宇宙空間にまで出てきてしまい作戦進捗率にまで影響しだした。お陰で『セヴンディズ』には別の名称が新しく追加された。通称『ひよこ部隊』の誕生であった。
しかし、名前が『ひよこ部隊』になってもその腕前や作戦成功率は『ひよこ』どころでは無かった。もっとも実際は『ひよことタマゴの部隊』であったけど。
最初の魔法というものに成功した二人だったが、一向に上達しない。
先達である娘たちのやり方では、魔法の魔の字も出てこない。それなのに、知らないで使っているということが逆に娘たちを驚かせていた。
元々、モンライ流の達人である彼らに、生半可な攻撃など通用しない。 【剣】、【槍】、【楯】のそれぞれの技を駆使して、白兵戦や混戦の中をその身一つで切り開いていく。魔法のひよこが生まれてからはさらに磨きがかかっている。
【楯】を発動させると以前は手のひらに張り付いていたのに、今では発動させた手から移動して、そちらの側の上腕部までを浮遊してガードしている。
【剣】から派生した【刀】、【槍】から派生した【弓】、【楯】から派生した【円盤】など新しい技へと発展させた。
見事な応用力の賜物だった。
すでに艦内に充溢した魔テリアルの効果はメンバー全員に広がりつつある。特に顕著なのは蕾というよりタマゴを生やした面々である。
『この花は魔法の花が咲いた人と、魔法の花の素養を持っている者にしか見えません』ということだったはずだが、どうも違っていて、行き会う人ごとに見えるらしい。
今のところこのゾーディアクの艦内においては……、ジェリィたちの話とは違っていた。