『封印の地』のカギなるモノ
礼を交わし、対峙する二人の迸る気。高速で交差する手と手、足と足。誘う目線、誘われたフリで躱す足捌き。見るだけでも価値のある戦いが、そこにはあった。互いに有るか無しかの隙を突く。序盤戦の静かな探り合いから、一転して高速思考の坩堝。
打つ打つ打つ打つ打つ……、躱す躱す躱す躱す……、……そこっ!…。
「さ、さすがだな、ライデンの血は濃くなっても薄らぐことは無いのだな…」
少々息を切らしながらも、立ち上がってくる親父の姿にリュウは一種の感動を覚えていた。
シュガーは、既に立っていない。一本は入れたものの、三本連続で返されへばっていた。リュウとティアの二人とも対戦し、たった今、ティアに連続で二本目を取られたところであった。ちなみにリュウは一本取ったが取り返されてイーブン。
「で、親父の依頼ってこれだったのかい。だったら、依頼なんてしなくても……」
言い掛けたリュウには計画があった。
ティアや娘たちと更なる親交を高めるためにサームアンドゥ家の別荘の一つに旅行することを…、考えてはいた。勤務と任務の関係でいつになるかは不明であったが……。
「いや、君たちに食材を取ってきてもらおうと思ってね……」
「食材……、何に使うんだい?」
やや、目が点になり掛けたリュウとティアの二人であったが、食材という言葉に興味が湧いた。サームアンドゥ家は中華料理を核として傘下を拡げた。手に入らない食材なんて無いはずだった。
「君たちの披露宴には欠かせないものだからな。私としても、必要なことだと思うし…」
もう何度目かになる爆弾発言だったが、これは超特大だった。
「ひ、披露宴…」
ティアは真っ赤になってしまった。
「そう、モンライの血の復活だ。欠くことの出来ない行事だよ」
ゲンガは既に決定された事だと言わんばかりに、強調してみせた。
「食材の調達と大切な神具の回収、それも、『封印の地』で、ね……」
「ふ、『封印の地』って…、まさか、あの…」
驚愕してゲンガを振り返るリュウに彼は頷いた。
『封印の地』とは、何かに閉ざされたままの地球のこと。トレジャーハンターがお宝目指して、近付こうとしたが、大気圏に突入どころか、月の衛星軌道圏にすら近寄れない謎の星のことである。地表には、今も放射能の嵐が吹き荒れるままの…星。
そして、えらく年季の入った寄せ木細工の箱を取り出し、リュウへと渡した。
「開けてみなさい、『封印の地』のカギと言われているものだ」
「これがかい…」
だが受け取ったリュウが躍起になって開けようとするが細長い木の箱らしきものはビクともしない。
ティアがゲンガに聞いたところによると、二十一世紀に現れた謎の組織、『虹の戦士たち』の主宰である虹村ひとみという女性の話によるものだそうな。
サームアンドゥ家の遠い祖先であるというから、ゲンガにも無碍には扱えないモノだったらしい。ゲンガからその話を聞いたティアの顔が、一瞬にして青ざめた。
「あの人って実在したんだ……」
呆然と呟く。
あの悪夢の中、絶望の中、それでも希望を失わないで戦うその姿に憧れたものだった…彼女に……。そして、もう一人、星野ひかり。
そして、もう一人……。
ティアはリュウにそっと目をやる。似すぎるくらいに似ているのだ。名前も言動も。あのサーンに…。
そのリュウは悪戦苦闘していた。
その『封印の地』の鍵といわれたモノは寄せ木細工と言われているのに関わらず、接合部分の区別が無く、どうやって開くのかさえ判らない様なものだった。
「どうやったら開くんだよ」
「まだ封印される前の古代月探査計画で発見して以来、数々の者たちがそれに挑戦してきたが一人も適わなかった。私に判るわけがないだろう」
ゲンガも既に挑戦していたらしい。
言外に俺に出来なかったモノがおまえに出来るものかと匂わせていた。
「リュウ、私にも見せてくれる?」
ティアは好奇心を抑えられずにリュウに向かい、右手を出した。
「うん」
手渡そうとしたリュウと、受け取ろうとしたティアの間で小さな光が点った。
彼らの放つ最初の光であった。それは太陽の輝きを持っていた。
「え?」「うそ?」「なに?」
ジェリィが目を剥き、クッキィは口をポカンと開け、シュガーは驚きに目を見張り、その光景を声も出せないまま、見つめていた。その光に魔力の発現を感じたからだ。
二人の間に点った最初の光は集束したかと思うと風を巻き込み、回転しだしたのである。回転速度を増して、ついには、振動し始めた。そこに、タガワ会長と総帥が別室から現れた。不穏な雰囲気に居たたまれなくなって飛び込んできたようだ。そして、新たな光を生んだ。
『封印の地』の鍵が放つ青い光球であった。
「そうか。鍵は三つあったのだな…」
ゲンガは呟いた。
『三つの鍵…。リュウとティアと魔法の花のタネのことなのかしら…。それって、私たちは最初から選ばれていたって事…なのかしら……、ああ…、光が…なぜか懐かしい……』
ティアの意識が飛ぶ寸前に有りながら、なぜか懐かしい波動を感じていた。
その直後、青い光球は爆発的に拡がり、二人を覆い尽くした。
他の者は何もすることが出来ずに見守り続けるだけである。すでにジェリィたちが、自分たちの持つ魔法を思いつく限り打ち込んでいるがほとんど効果が無い。じりじりとした焦燥感に煽られていた。彼女たちは、ほんの少し前に父と母と生き別れてきたのだ。またなのかという思いが募っていた。
『ジェリィ、シュガー、クッキィ、魔力を抑えなさい、私たちは大丈夫よ』
三人がティアに声を掛けてもらって、何とか落ち着いた。
やがて、青い光球に模様が浮かんでくる。歴史映像では既に見慣れたもの、『封印の地』である『地球』の海と陸地のコントラストがくっきりと…放射能に汚染される前と寸分も変わらないまま、そこに在った。文明の灯は見えないほどの鬱蒼としたジャングルに覆われていた。何かが存在するのは見える。巨大なトカゲが樹木の間から、上空を睨んでいた。まるでこちらを睨むかのように……。
一方、ティアとリュウの二人の目の前には、封印されたときの光景が再現されていた。
資源衛星から精製するためにシャトルに積まれていた小惑星の欠片が、シャトルの爆発にも大気の摩擦にも燃え尽きることなく、各国の重要施設へと降り注ぐのを…見ていた。
軍事施設、核ミサイル格納庫、原子力発電所、何かが誘導でもしているかのように狙いをつけて確実に突き刺さっていく。続く爆発と放射能の嵐、科学万能を謳った文明の末路でもあった。
その地表には、姿の見えない残された人々の悲哀がこだましていた。
その荒れ狂う放射能の嵐の吹き荒れる大地に静かに降り立つ人物。
ターバンと薄汚れたマントを身に纏い、忽然と姿を現した。壮年の男性である。名前もすぐに判った。
二人の心の奥に刻み込まれていた名だった。その者、名を魔導師ジルハマンと言う。
天地の創造者、神の隣に立つ者と言う意味の名を持つ者であった。
明瞭な映像にティアとリュウの二人はただ傍観するのみである。
それは単なる映像などではなかった。ジルハマンの放つ力がティアとリュウの二人まで及ぶものだったらしい。それとも、もしかしたら彼らの中に眠る力が反応したのかもしれない。彼は静かに二人を振り返った。そして…、微笑んだ。