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繋がりし者

 西暦二一××年。


「終わったね。ひとみ」


 立ったまま、振り返った黒く艶のある腰まで届く長い髪の少女。

 右手に提げた光放つ長剣。手元のつばのところから一筋の黒が剣の半ばまでを貫く、それは影。

 彼女の心から生まれし、つるぎ

 左手に掲げるは光吸い込む影の楯。

 身に纏うは、金色に輝く光の粒子。

 年の頃は一五,六歳くらいだろうか。彼女の名は、星野ひかり。


「そうね。長かったわね」


 ひとみと呼ばれた少女は右手に影の剣。やや赤みがかった栗色の髪を肩までで切り揃えている。

 彼女の持つ剣の中心を貫いているのは、一筋の光、七色に輝く。

 似たような出で立ちだ。こちらは左手にもやや短めの剣を装備していた。

 肩から二の腕にかけてやや湾曲した楯を装着している。身に纏うのは同じ金色に輝く光の粒子。

 彼女たちの動きに合わせ、その光の粒子が舞う。彼女の名は、虹村ひとみ。


 二人の少女は小高い丘のような所に立っていた。

 足元に夏の芝生が競いながら成長し、正面の山々は紅葉し、左から桜吹雪が、右には氷河が成長していた。

 これが本来のこの世界の在りようなのだ。

 そう、ここは『夢』と呼ばれる世界。


「行っちゃったね、あの人たち…、また逢おうぜとか言っていたけど…、逢えるのかな?」


 かつて、『夢』の中に拡大ひろがっていた戦場は、風光明媚で雄大な山野に変わっていた。そこに多くの戦士たちの魂を眠らせて……。

 永く夢の世界には、荒れた世界があった。現実の世界にも悪夢がこぼれだしてしまったほどの荒んだ景色が拡がっていた。


 それは、現実世界にもおよび「眠り病」を発症させた。

 アナフィラキシーショックというのをご存知ぞんじだろうか?

 一度克服した毒などに、過剰反応してしまうもの。


 一度「眠り病」を発症し、完治した人の中で、再度発症し衰弱死する現象が起き始めたのだ。

 考えようによっては、ネットゲーマーの衰弱死にも似ているだろうか。

 人の見ている夢というものは、VRギアのない異世界接続みたいなものだから。


 人の夢という次元に収まりきれなくなった、魑魅魍魎ちみもうりょうたちの氾濫だった。

 それに対して、人々の意識が反抗し始めたのが皮肉にも「眠り病」を再発させた。

 人は共感、共鳴する生き物である。


 これはその場所で会話されたときのもの。


「…で、目覚めてみればこの世界だったということですか」

 ミントが問う。


「ああ、だがここは夢の世界だという。俺は俺で君が君なら、これはいったい誰の夢の中なんだ?」

 サーンは、不思議をあばく。


 過去のいつの日にかから、魑魅魍魎ちみもうりょうたちとの戦いが始まっていた。

 人間の生き残りを賭けた戦いだった。


 永く永く続いた辛い戦いだった。

 欠けては加わり、加わっては欠けていく、そんな戦いだった。

 そこにいつか、ひとみが加わり、ひかりが加わった。

 

 彼女たちの参戦もまた、決定していたことだったのかもしれない。

 

 そのとき、何かに呼ばれたように感じて、ひかりは目を覚ました。

 ベッドに横になったまま、天井を見上げる。

 もう、何日も四〇度近くの熱が下がらない。

 最初は、風邪かと思っていたのに……。


 熱を押してかかりつけの病院に行っては見たものの、その治療が効果を顕わすことはなかった。

 病院の医師や看護師なども半数以上が休みを取っているような状態なのだから…。


『…』


 また、誰かに呼ばれた気がした。

 ひかりは、その微かな声に集中しようとしていたが熱のせいか、すぐにはできない。

 気になる。


 世界各国で、この不思議な原因不明の熱病が流行っているらしい。

 まだ、相当数の患者がいると、テレビのニュースでやっていた。


 おかげで、幸か不幸か内戦などの戦争状態にあった国や地域でも戦闘が成り立たない状態にあった。

 かつて、彼女の親友の虹村ひとみも、この熱病にかかっていたことがある。

 ひかりよりもずっと前に…。


『…ざ…』

 微かだが、段々はっきりと聞こえてくる声らしきものの優しい波動に、ひかりの意識が研ぎ澄まされていく。


『めざ…』

 めざし? 

 いや、そんな雰囲気の言葉じゃない。

 緊急事態を告げる言葉に近い感じがする。


『めざ……しよ…』

 やっぱり、めざし?

 純粋に言葉に集中していくひかりは、側に人が来たことに気づきもしない。

 その人も、ひかりの集中に水を差すこともしない。判っているよ、とでも言うように…。


『めざめよ、せ……た…よ』

 急にその声は、はっきりと聞こえだした。

 何かを増幅器にしたかのように、意志を伝える言葉となって聞こえ始めた。


『めざめよ、せんしたちよ』

 ハッキリと意味のある言葉として聞こえたとき、ひかりの寝ている部屋に何かの気配が満ちた。

 不気味なものではなく、旧知の間柄といった感じがする。その気配たちの懐かしい波動にしばし、ぽややんとする。

 でも、せんしたちって、何?


『ひかり、迎えに来たよ。戦士としてのあなたを…、一緒に戦える仲間として…』

 暖かい波動を持っている人の存在にひかりは気付いた。


『ひとみ…、なぜ…、あなたが…? 戦士?』

 だけど、わかる。

 ひとみとの声のない会話の中で、わかってしまった自分に気付いた。

 ひとみの傍らに居るはずの者たちの存在に。 ひとみの持つ力に…。

 そして、自分の変化に気付いた。


「わたしも…、戦士…な…の」

 あ、声がでた。


「そう、この熱は受け入れることが出来るかという儀式(ぎしき)。全ての人に与えられた儀式」

 ひとみの言葉にひかりの目が点になる。


「儀式? 受け入れる? 何を…」

 不可解な言葉の羅列にひかりは唖然とする。


「戦士としての自分を…。守るべきものがあるということを。……かな? でも、わたしたちは受け入れるというよりも、思い出すというほうが近いかも、ね」

 ひとみの『思い出す』という言葉にひかりはデジャヴューを見ていた。


 巨大な(くら)い雲を相手にひとみと、ひかりと、多くの仲間たちとともに戦っているシーンだった。

 ひとみの光の魔法が闇い雲を貫く、ひかりの影の魔法が闇い雲を縫い止める。様々な魔法があちこちから放たれる。ジルハマンの説いた宇宙のチカラが一点に集中していく。

 全てのチカラを吸い込み、雲は大地に吸い込まれていった。あの闇い雲も宇宙の中の存在のひとつなのだ。ひかりは、ひとみと笑いあった。


「ひかり、ひかりったら」

 笑いあったはずのひとみが声をかけてくる。


「?」

 首をひねったひかりの背中にひとみの平手が炸裂する。大きな手ではないが、ひとみの平手打ちは高校の同級生のみんなに怖れられているものの一つに上がっている。


いった()ーい、何なのよぉ、ひとみったら」

 ひかりは涙目で訴える。


「ひかりが悪いのよ。返事もしないんだもの。どこ(・・)まで行っていたのよ」

 もう一発と既に構えているのを見たひかりは、素早く答えた。何発も食らっては背中が()たない。


「ス、スクー・ワトルアっていうところ、だよ」

 地球上じゃないと思うけど、ひとみだって居たもの、知っているはず。そう思って言葉にしたひかりは、当惑した顔のひとみを目にした。


「知らないよ。そんなところ。周りのみんなも知らないって言っているし、夢だったんじゃない?」


「え? 嘘! え? 周りのみんなって?」

 ひとみの言葉に他のだれかが出てきて驚いた。

 ひかりには、ひとみと気配だけしか分からなかったからだ。


「最初のうちは気配だけしか分からないけど、そのうちに見えてくるよ」

 たぶん、と付け加えながら、ひとみは微笑んだ。


「でも、戦士って一体何ができるの?何をしなくちゃならないの?」


「そうね、わたしも、びっくりしたのよ。目が覚めて、戦士…って言われたときには…」

 ということはひとみ、彼女が原因不明の熱病の発端だったのだと、いま感じた。


「でも、もう待てないの。あなたが目覚めてくれて良かった」

 安堵の表情でひとみは言った。


「ひとみ、私はあなたのチカラになれるの? まだ、目覚めたばかりなのに?」

 ひかりには、自分の中のチカラがまだ把握できていない。

『大丈夫、私たちはずうっと昔から、あなたを待っていた。あなたのために、チカラを貸すために…』

 ひとみと、ひかりを囲んでいる数々の気配が口を揃えて話し掛けてきたのをひかりは感じ始めていた。

 もしかして精霊……? この懐かしい気配が……、そうなの?


「大丈夫よ、ひかり。あなたが守るべきものは全て、目覚めれば皆、戦士へと生まれ変わるのだから」

 ひとみは告げた。あなたが目覚めたように、いつかきっと。


「ひとみ……」

 全幅の信頼を寄せてくれる、その気持ちがひかりは嬉しかった。

 先程の白昼夢が何を意味するのかは分からないが、まだ、多くの仲間たちが集結することがあるのだと思った。

 ならば願うしかない、全ての人が自らが求める存在意義を得ることを。

 ひかりは願ったのだ。


『十全たる光。光を補佐する影、八方に流れていく風、七色の虹、空に輝く六星、五つの大陸、四つの海、三相に繁殖する樹相、二人で一つの人間、唯一つの真、神、新、信、審、心、親…』

 簡単に宇宙の構成を示した言葉はジルハマンが示したという。

 彼は、創造神の傍らにいたという魔導師。

 世界の創造の後、創造神とともに、野に下った、その絶大なチカラを封印して。

 そして、後の世の人は言う。

「神は死んだ」と。


 広大な宇宙をたった一人の神が支えているのではない。神は普遍であり、不変である。

 ひかりは自分たちが神の体内にいるのだということに、いま気付いた。


「ひかり、気付いてくれた、嬉しいよ」

 ひとみの瞳が潤んでいた。


『ジルハマンの娘たちよ、光と影よ、時の砂が流れゆく…』

 大地からのメッセージが二人に届く。それは、祝福であり、要請でもあった。

 ジルハマンも死ぬことはなかった。

 創造神の求めに応じ、野に下ったのである。

 悠久の時の流れの中、運命の扉は、出会う力たちによって開かれる。


 そして、ほかの時空から参戦した彼ら《エレメンタルズ》もまた…。

 倒せど倒せど尽きない、あてのない戦い。暗くなる、未来への不安。

 現実との差異、そして、忍び寄る影。


 そのすべてを振り切って、今、ようやく手に入れた終焉。


 だが、この戦いで戦士としての力が目覚めたひとみには、新しい世界で新しい戦いがまた始まるのだと感じていた。

 虹の戦士たちの一人として。


 そう、夢が始まる。

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