手紙書きし者
呼び出された会長室での二人の顔色は優れなかった。
「か、会長、総帥もご一緒とは…」
言いさした二人を抑えて、『ゾーディアク』を指揮するタガワ会長が簡潔に言った。
「君たちのレポートは読んだ。そして、遭難者たちの要請も聞いている。既に、コンピュータからの資料も提示済みだ。そして今、ここに居る総帥とも協議した」
「レポート? まだ、提出していないはずですが?」
彼は自分の手元にある書類を見た。
「君の端末に打ち込まれた段階で、コンピュータの判断により回収されている」
「そ、そんな…」
確かに自室の端末で報告書を作成していたのだが。
二人、ティアとリュウは自分たちにとって最悪の結果になったことに気付いた。
タガワ会長の決定は、そのままタガワ総帥の決定なのだ。
そして、決して覆ることがない。
なぜなら、一卵性双生児の彼らに特殊な感覚があることを、『ゾーディアク』の誰もが知っていたからだ。
「わ、わかりました」
「決定に従います」
ティアとリュウの答えを聞きながら、会長と総帥も頷く。
「彼らを受け入れ、ともに暮らせ。普通の家族としてな。それだけだ。そして、君たちにも渡しておかなければならないものがある」
タガワ会長は、懐から二通の手紙を取り出し、それぞれに渡した。
「手紙?」
「僕にも…?」
それは、手書きの前時代的な書簡であった。だが、渡された手紙を読むうちに二人とも顔が蒼醒めていくのが自分でも分かった。
ティアの受け取った手紙には、
『拝啓、ティア・ムーンライト様。
突然のことで、驚くかもしれませんが、私はあなたです。
私の記憶の中にも、その日のことは、はっきり残っています。
その時の手紙を今、私が書いているとは本当に信じられません。
しかし、これはあなたにしかできないことなのです。
ティア、いえ、ティアラ、三人の娘たちをよろしくお願いします。
月の光の名の下に…
スクー・ワトルア国 王妃 ティアラ・サームアンドゥ』
(お、王妃、私が?)
ティアには信じられなかった、自分がそのような立場になってしまっていることが。
しかし、もう一つの疑問がすぐに湧いた。サームアンドゥ家の名が出たことによる疑問であった。現在、宇宙で働く者にとってサームアンドゥ家の名は絶大なものがある。
軍隊として動くときに、一番強く戦意の高揚を促す部分がある。
それが『食事』
サームアンドゥ家は、その食事を支配することで世界の一脈を動かしていた。それは、人類が初めて宇宙に進出しだした頃から始まり、現在に至っては、離乳食から、軍携行食までを手掛けている。しかも、サームアンドゥ家の傘下は留まるところを知らず、日々膨れ上がっていくのだ、こうしている間にも。
だが、そのサームアンドゥ家の支配下にも、スクー・ワトルア国などと言う国の名など出てこないのだ。勿論、銀河系の版図直径一六〇光年のどこにも、存在していない。
ティアたちの所属する『ゾーディアク』のメンバーは、銀河の隅々から人員を徴用しているため、どんな田舎の星系であっても、そのデータから外すことはない。
では、この手紙が嘘かというと、自分しか知らないことが見覚えのある字で書かれていた。自分の書くクセ字。
ティアラ・ムーンライト、彼女の本名だ。そして、『月の光の名の下に…』とは、父から伝えられた秘技のための言葉であった。『ゾーディアク』の二人の支配者たちを除いては、誰も知らない。そして、三年前に起きた事故で彼女の父が亡くなり彼女の家族は既に無い。だから、その二つの事は二人を除いては自分だけしか知らないことなのだ。
「なぜ…」
ティアが、その手紙の謎に固まってしまった頃、リュウもまた、凝固していた。
「な、何だ、この手紙…、この紙は…、だけど、この字はオレの…」
そして、リュウもまた、他ならぬ自分だけが知り得る事をその手紙に見つけてしまっていた。
『よぉ、オレ、元気か。何、迷ってんだよ。
チャンスぢゃないか。好きなんだろ、彼女。
オレ、お前にしか、お前たちにしか、頼めないんだ。
三人ともいい子たちだ。よろしく頼む。
星の光の下に…
スクー・ワトルア国国王 リュウジュ・サームアンドゥ』
(国王、オレが…?)
“僕”が“オレ”になったことに、気付かない、リュウ。
彼の『ゾーディアク』内での呼称は、サー・アン・リュウ。
ペンネームであろうと、本名だろうと、IDが登録されており、仕事に従事していれば、そんなことは問題にもならなかったのだ。
第一、『ゾーディアク』の総帥も会長も偽名を使っているくらいなのだから…。
そんな些少な事を問題にする前に現在の状況が打破できる人物を必要としていたのだ、この『ゾーディアク』は!
彼の手紙には、彼の本名が見慣れた筆致で書いてあった。
『星の光の下に…』とは、父から伝えられた秘技のための言葉であった。
ただ、ティアと同様に、スクー・ワトルアという国名が分からなかった。
現在の銀河系に、そんな長ったらしい名前の国など、コンピュータの中にも検索要項の中にも無かった。
「ティア課長、こりゃ、本当に仕方がないですね。“自分”からのお願いでは…」
「ほんと、そうみたいね」
諦めにも似た感情が二人を支配していく。
「では、紹介しよう。君たちの子供たちだ」
会長室の連絡通路側のドアが、音も無く開く。
『子供たち』の言葉に赤面した彼らは驚く間もなく、入ってきた子供たちの言葉に絶句した。
「「「父さま、母さま」」」
ちょっと、舌足らずな声が弾ける。顔のそっくりな三人が飛び出してくる。
笑顔で、それも、とびっきりの…。
「父さまぁ…」
「母さまぁ…」
いきなりの呼び掛けに、言葉の無いリュウとティア。
しかし、三人を見て『可愛い』、いきなり降って湧いた感情に二人がとまどう。
紅い髪が目立つシュガー。
光も吸い込まれそうな黒髪のジェリィ。
そして、燦然と輝くプラチナブロンドのクッキィ。
髪の色と、それぞれが持つ雰囲気は違ってもその顔と瞳だけは変わらない。
「み、三つ子…」
驚くティアにシュガーが感心する。
「ほんとだ。母さまにそっくりだ! 不思議~」
その言葉に頭を抱えたのがジェリィ。
「シュガー、ご挨拶が違うでしょ」
「そうよ、ガァ姉。これから、ずーっとずーっとお世話になるんだからぁ、最初だけでもきちんとしなきゃ、だめだよぉ」
「クッキィ、そのガァ姉はやめなさいって、いつも言っているでしょ!」
テンポのいい言葉の奔流にただ流されていたリュウは、頭を抱えたまま唖然として呟いた。
「オレの馬鹿ぁ、…いい子たちだってぇ……タイフーンじゃないかぁ!」
「ほんと、よく親子になっていたわね、私たちってば」
ティアも、呆然と呟いていた。
自分たちのことを棚に上げている事に気づいていない。後日、自分たちの出自を問い掛けられ、よくよく考えたら冷や汗が出た二人。その二人が出会ったからこそ、彼女たちは今、ここに居るのだということに。
『ゾーディアク』の名物親子の誕生であった。