じゃれ合いし者
ゾーディアクの周囲の状況の把握が必須で、定時のパトロールを各チームで行わせていた。
そんな中のある日、その銀河系内探査航行の途中で、『ゾーディアク』は一つの救難信号を受信した。
明日暦一八五年三月二十五日のことであった。
宇宙空間の中での遭難は生命に関わるケースが大半を占める。
だから、救難信号を受信した船舶は、その早期の発見に全力を傾けるのである。
哨戒機による捜索がすぐに行われた。
『ゾーディアク』の艦橋には常に当直としてLとRの二十四の所属部隊の内、一隊が詰めている。
一隊は十五チームくらいから成る。一チームはだいたい五人から一〇人だが、サポートメンバーも入れるとかなりの大所帯になる。
この時の当直はリーブラ隊所属の『一週間』とリーオ隊の『夢の勇士たち』、ヴァルゴ隊の『虹の戦士たち』、スコルピオ隊の『星の放浪人』の四チーム。
なぜ、この時だったのだろうか。この時の当直になぜ……。この四チームだったことは何らかの意味を持っていたのか。
ジョウは考えていた。
巡り合わせの不思議を……。
この時、リュウの操縦する機体にもう一人乗っていたのが、ティアだった。緊張感がないと安易な事故が多発するために、『ゾーディアク』の創立当時から実施されている上官による技術考査を、受けている最中だった。パトロールに添乗していたティア・ムーンはチームの上司であるが気分転換を兼ねていた。
ティアは、リュウの自分に向けられている気持ちに、十分に気付いていた。
ティア自身もひどく惹かれていることに気付きながらも一歩が踏み出せなかったのであるが。
周囲が歯がゆく思うくらいに進展しないまま月日が過ぎていた。
そして、運命の日が来た。
突然、何もない所から彼らの前に現れたその脱出カプセルらしきもの。
宇宙嵐や空間の歪みが発生していた訳ではないとその場にいたリュウとティアには断言できた。
もし、そんな環境であれば、彼らも無事では済まなかったからだ。
「リュウ、あれは?」
鳴り響く救難信号。
目の前のカプセルから…。
「ティア、ゾーディアクへ通信を…」
『ゾーディアク』でも主艦隊指揮所にあって、その救難信号を受信していた。
タガワ総帥は、その収容を指示してきた。
それがすべての始まりを創った。
『こちら、リーブラ隊所属サー・アン・リュウ。該当カプセルの収容に成功。至急戻ります』
リュウとティアの乗ったパトロール機からの報告をタガワ総帥は感慨深げに聞いていた。
『ご苦労様』
あれはいつのことだっただろう…。統一戦争の最中、自分たちの乗るシャトルが母なる|地球(大地)の重力に引かれて落ちようとしていたときのこと。確かに自分たちを助けてくれた者たちが居たこと。
それは確かにあったことだったのだろうか。
リュウたちの通信を聞いていたタガワ総帥の目の前に繰り広げられた光景にしばし呆然としていた。既視感というものかもしれない。
今、自分は宇宙を見ているはずだというのに、緑あふれる肥沃な大地が拡がっていた。
既に母なる大地の地球にあって、見ることのできなくなった光景であった。
涙がにじむほどの、嬉しくも懐しい光景であった。
幼い頃の自分と弟のショウが駆け回っていた。
別室にいるはずのタガワ会長も同じ光景を見ているはずだ、二人は通じているのだ。
て、彼らはこの光景が感受性の高い者たちにも伝播していることに気付いた。
心の共鳴が起きていた。
何かが変わろうとしていた。
運命の悪戯がさらに数奇な運命を引き寄せることになる。
ティアやリュウの言う遭難者たちの発見も、そして彼ら自身も運命の流れの中で多くの問題を抱えることになるのである。
まず、遭難者の彼らが入っていたカプセルは地球製もしくはそれに準ずる技術を持つものによって製造されたハイブリッドもの。
明日暦一九二年製である。地球製とは言え、地球には現在降下することが出来ないから太陽系製となる。
今はまだ、明日暦一八五年で、そのカプセルは製造されていない。
だが、遭難者の彼らは、既に何種類もの検査により人類であることが判明している。
また、『ゾーディアク』の管理コンピュータに於いて、驚くべき事実も発見されている。
遺伝子情報によると、艦内の人物の中に両親がいると回答が出ていた。
通常、遺伝子内のDNAには父親と母親からの遺伝子情報が一つずつ複製されて組みこまれている。
即ち、遺伝子を調べることで両親まで分かってしまうのである。
検査した者も、コンピュータも予測し得なかった出来事であった。
その事と、第一発見者であること、更には遭難者の要請などが複雑に絡み合った結果、彼らティアとリュウが代理の親に選ばれてしまったのである。
いや、代理の親などではなく、遺伝子情報から、正当な親であることが認定されているが、現在の彼らに、その事を認めろと言うのは酷なことだろう。
何もしていない というか、 恋すら始めていなかったのに子供という結果を目の前に突きつけられたのだから…。
このことはゾーディアク艦内に知れ渡るのに時間を必要としなかった。
皆、この手の話題には飢えているのだ。だから、今も逢う人ごとに手痛い祝福のモミジを貰ってしまうくらいに、お互いに人気の高い二人なのであった。
「なんだかなぁ、ティア課長も大変ですよねぇ」
と、会長室へと向かっているリュウがぼそっと漏らした。
「こらこら、何、他人事の振りしてんの」
と、ティアが笑って声を上げる。
会長室と総帥室は、『ゾーディアク』の最前部に隣り合うように位置しており、エレベータで直行していた二人は気まずさから、じゃれ合っていたのである。
「おや、ティア課長、これからどちらへ…」
すっとぼけて、リュウが言う。
「この!」
ティアの唸る平手を素早くかわしたリュウ。
「危ないなぁ」
「だいたい、パトロールに誘うから、いけないのよ。足を伸ばし過ぎて、妙な空域まで行って…」
「後悔しているんですか。あの子たちのこと……」
「……ううん、ちょっと、びっくりしちゃっただけよ。恋愛をする前に家族が出来るなんて、思ってもみなかったから……」
ティアが少し遠い目をしていた。
『ティ…ア…、君は…十六の時…に…かけがえ…のない、存…在に出逢う…だ…ろ…う』
ティアの父、ライデンの最期の言葉。
惑星ルバスのアビルシ最高大学の教授。
ライデン理論を実証するために行っていた、大学の実験施設の中で起きた謎の爆発事故。
運び出される研究員達、そして、最後に運び出されたティアの父。彼は、時空連続帯に流れるエネルギーの取り出しを考えていた。
太陽エネルギー、燃料電池、反物質と人類は、エネルギーの確保に全力を傾けていた。 その中で、彼が考えていたのは、自分たちが過去に放出してきたエネルギーの余剰分を回収しようということだった。
だが、まだ未知の領域のことだったため、何らかのミスがあったとされている。
しかも、ブラックボックス内部での事故だけに、様々な憶測がなされている。
当時、父の事故を聞いたティアは、一五歳の誕生日を間近に控えた頃で、彼女は所属していた『ゾーディアク』の会長専用シャトルで現地に向かい、この言葉を聞いた。
母親は既に他界しており、親戚もなく彼が最後の肉親だった…。
ティアは、激しく泣いた。亡骸にすがって…。
あの時の父の言葉がリフレインしていた。
「運命を分かち合う存在…か、でも、彼は…、サーンは…居ない…。時の彼方で私を護るために別れてしまったまま……」
いま思えば、魔法のように不思議なチカラの持ち主が、時の彼方での彼女たちの戦いの後押しをしてくれていたのだ。
リュウと一緒に遭難者の救助をしていた時にもあの彼のこと、思い出していたっけ…。
「…よし、掴んだ!」
マニュピレータの爪で抱え込んだカプセルを見てどこかで見た気がしていた。
二人とも…。
「「!」」
お互いが息を飲む、その感じがしたことに気が付いた。
「リュウ、知っているの、これ…」
「テ、ティアこそ、どこでこれを…」
既視感と言う概念がある、いつかどこかで見たことのあるという、その感じに似ていた。まさか夢ででも、見ていたのか?
おぼろげでありながら、どこか明確に記憶しているような不思議な感じだった。
二人は、どうやら、当たりを引き当ててしまったことに気づいた。
関わりあいたくない、と考えていたが、そううまく行かなかった。
カプセルを出た遭難者たちの要請が駄々をこねにこねたものだったからだ。
それに総帥も、会長も巻き込まれた。
意外な人物からの要請があったからだ。命の恩人からの……。