恋に降臨(落ち)し者
「ティア…、ティアったら、呼んでいるわよ!」
耳元で大きな声がした。
チヅルだ。
どうしたんだろうという顔でティアが首を傾げる。
「呼んでいるわよ!」
ティアも今度は気が付いた。バイザーがコール音を響かせていた。
慌てて、頭に掛けていたバイザーの呼出センサーに触れる。
「はい、ティアです。なんだ、マリアなの。えっ、催促? また、会長室? 了解したわ。これから向かいます」
忘れてた。呼ばれていたっけ。
ティアは一瞬にして青ざめた。
チヅルはくすくす笑っている。
「ティア、もう覚悟は決まった? リュウ君も待っているみたいよ」
「分かっているわ。頭では理解しているつもり! チヅルだって、随分悩んでいたじゃないの! ウッディだって…」
「貴女ほどじゃないわ」
澄まして言うものだから、ティアは悔しくって仕方がない。
確かに、彼女たちの方が、出逢うのは遅かったけど、元々、チヅルとウッディは恋人同士だったから一度決めたらその後は早かった、そう聞いている。でも、ウッディは随分考え込んでいたって聞いた。そりゃそうよね。自分の子供といっても、年の差なんて、九歳くらいだもの。子供というより兄弟じゃないかよっておもうわよね。
そう、考えてティアは、そっと笑った。
「ティア!」
「わっ! な、何よ、チヅル。ど、どうしたの?」
いきなり、チヅルに背中から声を掛けられて、ティアは飛び上がった。
「お出迎えよ、ほ…ら」
チヅルの指さした方をみた。一人の青年が立っていた。
リュウである。中国系らしい黒髪が特徴的でティアと並ぶとまんま雛人形である。
幼さが残りながらも整った顔立ち。チーム対抗戦の決勝の後、虎の防御面を取った彼を見て、ティアは驚いたものだった。父ライデンの若い頃の写真に似ていたのだ。
一度だけ、父ライデンのアルバムを盗み見たことがある。その時から、父に似ている人に惹かれるようになったのをティアは自覚していた。夢の中の時の流れの向こうで出会った彼にそっくりだったせいでもある。
だから、リュウを見て顔に血が上ったのだが、白熱した戦いのためだと一人を除いてリュウを含めた周りの人間は誤解してくれた。
チームのチヅルだけにはバレバレだったのである。
後日、ティアの顔を見て微笑みながら
「良かったね」
と、のたまってくれたのも彼女だった。
「げっ! 来たの…」
初めて拳を交わしたとき、胸が高鳴った。
自分と同じ使い手が居ることに感動していた。自分一人しか、受け継いでいない武術だと思っていたのに…。
もう一人いたなんて。
しかし、『ゾーディアク』にいる者に確約された掟がある。過去と正体を問わないというものだった。世界統一戦争が終了した後に起きた魔騎士との互いの生き残りを掛けた戦いにおいて、創立された当時の『ゾーディアク』は、ギリギリの極限状態にあった。
そのため、『ゾーディアク』は能力ある者たちを数多く必要としていた。
そこに集まった者たちは、脛に傷持つ者たちもいたが、それ以上に自分の持つ能力のことで悩んでいた者の方が遙かに多かった。
もっとも、強力なテレパシストであるタガワ会長とタガワ総帥の目を逃れることなどできる者はいなかったが。だが、隠さなければならない能力とはどういう種類のものなのか、それは当事者でなければその辛さは絶対に分からない。
そして、強大な能力を持ちながら、それゆえに傷ついた者たち、立ち直れない心を持った者たち。大きな能力ゆえに大きな傷をも併せ持つ者たち…、わたしがそうだから…。
だから、ティアはリュウに本当のところをまだ聞けずにいる。
何故、同じ拳法を修めているのか、何故、ここにいるのか聞きたいことはいくらでもあった。だが、もし同じ事を聞かれてもティアには答えることができない。
彼女も辛い経験をしてきているのだから。
無論、課長と新米との立場の違いもある。
その中で、静かにリュウに対しての好意は募っていくが、その彼女の思いとは裏腹に口から出る言葉は全然別のものだった。
そのもどかしさは傍らにいる者たちにさえ伝わってきて、息苦しさを感じさせるほどだった。隠しているつもりでも、明確に分かってしまうのだから…。
気付いていないのは本人たちだけ…。
「あっ、ティア、ここに居たんだね。会長がお待ちかねみたいだよ」
それでも、天性の明るさでリュウはティアの心を惹きつけだした。
本来、ティアは課長、リュウは新米なのだが、チーム内にはそんな理屈は存在しない。
一つの作戦に従事していく中に規律を頑固に守る者は少ない。
もちろん、公けの場ではそれなりの対応をしなければならないが…。
「はぁーい、いま行きまーす」
いろいろと理屈を捏ねながらも惹かれているのは事実で、リュウの顔を見ただけで鼓動を早めた心臓を叱りつけながら、ティアはリュウに向かって軽やかに歩き出した。