モンライなる者
実際、台風の目玉は最初からその二人だけだったのである。
準決勝リーグでは、AからZまでの二十六ブロックでそれぞれの一位と二位通過の選手を決定する。大会主催側の判断で、このリーグ戦が設置された。
通常ならば、トーナメント戦での勝ち上がりで優勝まで決定されていた。
今回は予想を超える人数と、目玉の存在、オッズの計算などで特例として決まった。
そんな中、台風の目玉としての彼女と、サー・アン・リュウという少年が暴れまくっていた。
二人とも初参加で、ある流派においては、師範クラスの色とされる黒を基調とした拳法着が見事にマッチしていた。
ただ、防御面は虎と豹の違いだけ。
サンボ、マーシャルアーツ、柔術などの軍隊用格闘技が幅を利かせている中で、両者とも一風変わった体術を持って勝ち進んできた。
「中国武術なんでしょうか?」とか、
「何という流派なんだろう?」とかの声が入り乱れている。
「きれい…」なんてものもある。
一回り体格の違う二人だが、その動作は驚くほど似通っていて、戦いの最中などではなく中国州の伝統歌劇かとも思える流麗さがあった。
Dチップなどの記録媒体でよく見かける中国武術映画のものに酷似していた。
AからMまでのグループからはティア、NからZまでのグループからはリュウと二人だけがトップ通過を決め、その見事な使い手たちは決勝へと駒を進めた。
休憩を挟んで、決勝戦が始まった。互いに礼をし、構えを取る。その構えは違っていた。
ティアはやや左手を腰の辺りに流し、右手が体の中心部で外に開く。リュウは右手を下向きに斜め少し前に翳し、左手は右肘に翳すようにしている。
決勝に進むまでは、手刀でファイティングポーズを作っていた。
いまや気の張りも、全然違っている。対峙する相手への敬意の念があった。
すり足で移動しながら隙を狙うのだろう、お互いに逆方向へと回り始める。
今までの瞬殺どころではなく、静かな静かな立ち上がりであった。ややもすると、重苦しい雰囲気の中、会場の全てを飲み込みながらその視線を一身に受け止めている二人である。
「やはり……」
一人だけ、タウロス陸戦部隊の隊長ストゥが絶句していた。
彼は今ここで、この決勝で行われようとしていることに、その奇跡に気付いた。
あらゆる格闘技を吸収してきた彼にとって、それは夢の対戦だった。
「舞闘術…モンライ流……だ」
その小さな呟きは静かに会場内に伝播していった。
「まさか…、あの最強と謳われた……?」
「どっちが…」と、訝る声と、
「ひょっとして!」と、驚きの声。
ざわつき、そして一気に沈静化した。戦いの中に居る者たちだ。この夢の対戦を見逃すことなど有り得なかった。そう、このモンライ流VSモンライ流という夢の対戦の行く末は見ていた者たちが映像に残しておきたいほどの出来事だった。
試合後、ティアとリュウの許可を得て、会長たちがコピー不可の映像媒体として限定発売したのは、ここだけの話。ゾーディアクの艦内で、大人気となった商品ではあるが艦内の端末使用でなければそれは見られなかった。そういうふうに、チヅルが映像を特殊加工した。
『モンライに勝てるものはモンライのみ』という、格言を格闘技ファンは伝説にしていた。 そう、モンライ流は何十年も前の統一戦争の最中に消えたはずだった。
それは中国拳法を源流の一つとするモンライ流において個々の鍛錬は衆目から隠されるという理由のためだ。
なぜなら、間違った形の覚え方を欲する者たちがいるためだ。
人殺しだけのための者。自分のことだけを強者としたい者。おのれの欲のための者など愚かな者たちが多いための自衛策に他ならない。
だから、モンライは隠された。
だが今、当の本人たちは何も知らないままで対峙している。
どちらも、対峙している相手の技量が並々ならぬものとだけ感じていた。
彼らはともに眼の保護のためと称して、防御面の中に目隠しを忍ばせていた。
つまり、目隠しをした状態と思っていい。控室でそれを行ったために、他に知る者もいない、無論、彼らの動作には微塵もそんなことを感じさせるものなど無い。
唯一、タガワ会長とタガワ総帥の二人だけが目隠しのことに気付いていた。
「彼らは、お互いに気付いたようだね」
「うむ」
会長と総帥は、お互いに頷きあった。
眼下で行われている戦いの全てを把握していた。強力なテレパシストの二人にとってしても、今のティアとリュウの心を探ることはかなりのパワーを必要とさせた。それだけ、二人を包む気のシールドは遙かに強いものだった。
『無心』という名のシールド。
摺り足で円を描きつつ、互いの隙を感じようとしている二人は、互いの技量に驚いていたのである。目を封じ、その暗闇の中に浮かび上がる光の形に驚きを隠せないでいた。
「こ、これは、【剣】か?」
リュウが呆然と呟く。
「【槍】? 嘘でしょ!」
ティアも覚えず、唸る。
人間の体には気というものが駆けめぐっている。『病』になれば『病気』に、『元』に戻れば『元気』にというように、『気』は形となって見える。
モンライ流の初歩は『気』のバリアーを張ることから始まり、徐々に攻撃へと変化するのだ。
既に達人の域にある二人には、攻撃の形が見えていた。ティアの構えた右手刀からはおよそ一㍍近くのエネルギーが迸り、リュウの右手からは指二本分のエネルギーが一㍍以上伸びていた。ともに左手は空けてある。いや、うっすらと光を放っていた。
【楯】の発動を最小限にし、動作を俊敏にすることに努めたのである。
そのお互いの姿が視覚を封じた二人には、それが敏感に感じ取れたのである。
人体に密接に関係しているエネルギーである『気』は、ティアとリュウにとっては戦う相手にとって恐るべき武器へと変化する。人体の至る所に『気穴』というものがあり、肉体の動きを制御している場所がある。それを斬り、突き、薙ぎ、護ることの出来る武術が、舞闘術モンライ流として確立していた。
無手格闘術のように、他人の目には映る。だが、極めし者たちの闘いは踊るように美しく、そして、非常に危険だ。本来、武器の使用が制限される場所でこそ、活躍する事の多い武術。
だからこそ、隠された。
しかし、今ここで対峙する者たちの纏う『気』は、たとえ相手を斬っても一時的な麻痺にしかならないほどに薄い。だが、それは今対峙している者たちにしか分からぬもの。
あのタウロス陸戦部隊の隊長セトゥにしても、何らかのエネルギーが発せられているのは感じられているのだが、それを闘気であると思っていた。彼にしても『気』で斬るなどというのは、埒外のことであったから。
無手でもこれだけの戦闘能力、もし既存の武器を持ったとしても、それに宿すことなど造作も無い。
正直なところ、ティアの持つ星乃という銘が彫ってある小柄で、多くのコンバットナイフなどの初撃を受け止め、弾き、叩き折ってきたのはモンライ流の『気』の纏いという技が有って為されたこと。
『宇宙に数ある武術だが、最強の名を冠するものはない。一概には決めることのできないものだ。だが、そのなかにあって、我がモンライ流は唯一の最強の拳なのだ』
なぜなら、モンライ流に三派あり。
父ライデンから、聞いた言葉だった。
【剣】、【楯】、【槍】の三派。
父の継いだ道場には【剣】が伝わっていた。創始者の時代から三派は交流していたが、数十年前の世界統一戦争がその交流と各派の後継者を失わせた。
以来、ティアの家には、【剣】だけが伝わっていた。オリジナルの【剣】、交流していたときの【楯】【槍】(スフィア)がティアが父ライデンから継いだ全てであった。
交流が閉ざされて以来、独自に進化していた。
いや、たったの一度だけ、兄弟弟子の訪問があった。ティアにしてみても、三歳か四歳頃の不鮮明な記憶の中にしかない…、何という名だったか…。
既に父ライデンの亡い今、ティアは、最後の拳の後継者として道を探求していたのだ。
かつて、ティアの師でもあった父ライデンは二年前に惑星ルバスのアビルシ最高大学の研究室で行なった実験中の爆発事故で亡くなっていた。すぐに大学病院に収容されたが、ティアが父の元に着くと同時に息を引き取った。
『ティ…ア…、君は…十六の時…に…かけがえ…のない、存…在に出逢う…だ…ろ…う』
父ライデンの残した最後の言葉だった。
今、目の前の男はオリジナルの【楯】と【槍】を繰り出してきていた。
信じられなかった。何十年もの長きに渡って、途絶していた流派がこの宇宙の片隅にあって出逢うなんて……。
一方のリュウも同じ思いだった。
「嘘だろう、親父の予見通りの展開なんて、想像もしていなかったぜ!」
十二歳の誕生日に彼の一族は宴を催してくれた。一族の持つ定めの日、元服の日であった。その席上で、運命の出会いを彼は父親の予見として告げられた。
『あと二~三年のうちに同じ運命を持つ者に出逢うだろう』と。
その記憶のリフレインに気を取られた一瞬が大きな隙を生み出してしまった。
【剣】の技、麗火矢で肩を撃ち抜かれた。麗火矢は細身の剣であるレイピアの軌道を描く炎属性の技。
「勝者ティア・ムーン」
審判が勝ちを宣言するのをティアは唖然として聞いていた。信じられなかった。
目を閉じていても、頭の中には、対峙する男のイメージが浮かんでいた。髪の毛の一筋ほどの隙を目がけて、麗火矢を放ったのだ。
ただ、それだけだった。
どちらが勝ってもおかしくない試合だったのだ。息を整えながら、豹の防御面を外す。周りがどよめくのが分かる。
「あ…」
しまったと、ティアは思った。
防御面の取り方を工夫するのを、つい忘れていたのだ。それだけ、心が受けた衝撃は深かったのだ。さらにリュウが虎の防御面を外したときには、そのどよめきは高く激しくなった。
「嘘だろう? どっちも目隠ししていてあの動きかよ?」
周りの人間たちは絶句していた。
常日頃から、肉体の鍛錬などを声高に話す者たちのショックは途轍もなく大きかった。 自分たちとの開きがそんなに大きいとは、その時まで誰にも判らなかった事なのだから。
ティアよりも新人でここまでの目覚ましい活躍をしたリュウにも自然と関心の目が向けられた。もちろん、ティアもだが。
表彰式の最中、観客席に陣取っていたチームメイトの話し声が聞こえてきた。
「でもよ、ティアの旦那になるヤツっていうのも大変だよなぁ」
「そうだな、俺は立候補できないぜ」
する気も無いウッディの声が聞こえる。
「おまえにはチヅルが居るだろうに…」
呆れた口調のアーシィの言葉がティアの耳にも入る。
『家族なんて……。いらない!』
一人で居るのは寂しくて辛いが、最愛の人を苦しめる結果に終わってしまうのは、もっと嫌だった。母を亡くし、父を亡くした苦い経験がティアの思考を縛っていた。
「いつか大切な存在に出逢えるよ……、きっとまた…ね」
そう言ってくれた父によく似た笑顔の素敵な……、不思議なチカラを使っていた人も夢と現の時間の狭間に消えたまま、帰らなかった。
「また、逢えるよ。あの言葉を忘れなければ…ね」
そう言って。
「ね、笑って…勇気出して…」
優しく抱き上げてくれた、少年から青年へと変わっていく時の彼。
「うん、分かった、頑張ってみる」
心許なかったけど、まだ私には仲間が待っている。
そして今、大きな力を貰ったんだもの。
あとは奇跡を起こすだけ。
行こう。そして、彼女は歩き出した。彼女の帰りを待つ仲間の元へ。