『彼』かもしれない者
この拙い小説に評価をくださった方に最大の感謝を。びっくりしました。
やがて、混乱の時代が終わりを告げたのは三年もの月日が経っていた頃、戦いの中心地だったゾーディアクの使命も変わった。
戦闘から、探索へと、移り変わりながらも戦闘力の低下を回避する目的でそれは行われ続けていた。ゾーディアク所属の全チーム参加(ただし全員ではない)のチーム対抗戦が一定の期間をおいて開催されていた。
そのなか、かつてのメンバーも帰れるものは帰っていった、それぞれが傷付いた心を抱えて……。それを癒すために…。ガルホ・スターロもまた…。
ヒリュキ・サトー主任は長期の休暇を取った。いつ帰るとも知れない、ひょっとしたら帰ってこないかも知れない、そんな…。
人類の騒乱期に警備と防衛力を注いでいた時期には皆があちこち走り回っていた。
それこそ、銀河の端から端まで…。
だから今、彼女の体術の総てを知る者は同じ艦に乗り合わせていても殆ど居ないのが現状だ。そのチーム対抗戦が行われるとの発表があったときに皆が驚いた。今までほとんどというか全くデータのない彼女の参戦にであった。
その彼女の参戦で特に慌てたのは毎回、賭けに参加している者たちであった。
何しろデータがない。ティアの出場は今回も見送ると考えられていた、その予想が覆ってしまった。
ただでさえ、ティアの所属しているチームは作戦成功率が高い。個人個人の力量もあるが、作戦の立案が非常に率を上げている。作戦予約率も高い。
しかもティア以外のメンバーは毎回出場しているからデータがある。誰がどのランクに入るか迄、予想がつく。毎回、あまり変わり映えしない。ある程度、慢性化していた。
だが……。
「げえっ、ティアだけじゃなくて、リーダー全員参加ぁ……」
「オ、オッズがぁ……」
普段の艦隊内での賭事は表面上禁止されているが、チーム対抗戦では会長自らが胴元となって、一攫千金の機会を与えている。
ティアの参加は予想外の波紋を広げた。
しかも、各チームリーダーがこぞって参加を表明したのである。
「ティアには負けられん!」と息巻く者。
「ティアが出るのなら……」
と彼女の戦いを目の前で見たいと思った者など、様々な反応があった。
ティアの参加する種目が判明したとき、周りの者たちは唖然とした。
全種目参加であることに…。
射撃、操艦技術、航法、白兵戦術、戦闘機による模擬格闘戦、素手格闘術、電子戦術など多彩な技術の祭典が行われる。
対抗戦の会場は『ゾーディアク』の中のRの特殊訓練用コロニーだ。
全種目に参加するなどと、考えられないほどハードな行動に出るということが信じられなかった。この対抗戦の最中でも予定されている作戦行動はそのまま行われるからだ。
作戦成功率が高いということは、予定されている作戦も多いということだ。
まして、格闘戦闘という多くの猛者が出場する最難関であるにも関わらず挑戦するというのは無謀な賭けだと思われたのである。
特殊任務を持つ者たちの集まりは、それだけトップレベルの戦いの猛者たちが揃っているということ。しかも当然のことながらティアにシード権など無い…、初挑戦の彼女は大会予選からの勝ち上がりを目指すことになる。防御面や防着や籠手をしていても、けがや気絶する者も多く、各種別の対抗戦の中でも最大最高の人数が挑戦する。
特に今回、ティアの出場種目を見てから、参加の決定した者も多く格闘戦闘の参加選手は十数万人に上っていた。大会予選は十人ずつのブロックを積み重ねていく方式。
各ブロックから二人だけが選出される。
一攫千金の賭の対象としは、もちろん自分自身にも賭けられる、当たれば、大穴だ。しかも、対抗戦が消化されていくと、倍率はどんどん低くなっていく。一番は自分だとしても、対抗馬がいなければ、親である会長の総取りになりかねないのだ。単勝は無い。
オッズの対象者を一人ずつ吟味していたティアはふと、一つの名前に惹かれた。サー・アン・リュウ……、サー・アン……、ひょっとしてサーン?
『あの人と同じ名前…、ううん似ている。うそ…。でもあのときの戦いができるなら、うそでも良い。見てみたい…』
それは現実ではなく、夢の中の出来事だったかもしれない。そんなところで、『彼』はティアの横で戦ってくれた。それがティアには何となく嬉しかったのだ。
うそでもいい…、逢いたい。その思いが何というものかティアはまだ知らなかった。
だから、逢えるように願って…、もし本当に『彼』だったら、予選なんかでは消えない、絶対に天辺まで上がってくるはずだ。
そして手元の賭札には、二人の名前と対抗戦初日の日付のみ。
防御面や防着はそれぞれが闘い易いものを選んでいたが、初めてティアが現れたとき会場には異様な雰囲気が流れた。
彼女は黒の道着に『月光』と白く染め抜かれたニッポン系の古代文字をあしらい、防御面に動物の豹を思わせるマスクをしていた。度肝を抜かれた観衆や参加者の中でただ二人だけが、その意味に気づいていた。
「ま…、まさか…」
二人のうちの一人、タウロス陸戦部隊の隊長ストゥは、かつて門を叩いたことのある古の格闘技の名門のことを思いだしていた。当時の彼の目の前に現れた少女は、まだ幼いながらもその構えには微塵も翳りを見せず、ただ気迫を前面に押し出していた。その幼いであろう風貌はマスクによって隠されていた…、豹のマスクに…。
「そ、そんな…」
そんな感傷を彼が覚えた頃、ふっと豹のマスクの視線が彼を射抜いた。
何の感情も見せない空洞がそこにあった。ストゥの舌は凍り付いた。無用の詮索、無用の憶測を流すなと警告されたかの様であった。
そして、もう一人はサー・アン・リュウ。彼は、ふとした拍子にティアの試合を見て、衝撃を受けた。
「あの気配は……」
自分と同じ流れを汲んでいることが僅かな気配から読み取れたのだ。
だが、セトゥの他のメンバーたちは、その豹のマスクをした人物の詳細なことなど眼中になく、ただ、初めて見る戦いへの興味しかなかった。チヅルやウッディたちが常日頃から話していたことの真偽を確かめるために…。
「ティアは、俺たちよりずっと凄いんだ」っていう言葉。
対抗戦のたびに聞いてきた言葉。眉唾物で聞いてきた言葉。
ところがである、十数万人の出場者に埋もれたティアの試合時間は非常に短く、しかも強烈な印象を観ている者たちに抱かせた。
礼をし、対戦者に向かって構えを取ったかなと思った瞬間に、彼女の姿がぶれる。高速移動による残像現象らしく、途端に、対戦者がうずくまっている姿に皆が驚いた。
多くの白兵戦を得意とする者たち、腕っ節に自信のある者たちなどの荒くれ者たちに混じって、ティアは勝ちを得、予選をクリアしていった。それも殆ど、手の内を晒す前に決着が着いた……、しかも秒殺である。
その快挙は留まることを知らないまま…、準決勝グループのリーグ戦、さらに決勝トーナメントにおいても真価が発揮されていた。彼女の試合の前と後ではオッズに大きな格差が生じていた。
もちろん、ティアは自分の勝利に賭けていた。
最初から優勝は自分。準優勝はもう一人の台風の目玉を買っていた。彼の名前だけで即座に決めたはずの……。
「名前も姿もよく似ているけど『彼』じゃない…、もっと年上だったし、何より、私に気付いてない…、それが一番寂しい…」
また逢えるよ、きっとね…、そう言っていたのに…。でも本当によく似てる。
決めた。彼を獲る!
そう答えを出したティアにはすべての迷いも不安もなくなっていた。