戦士たる者たち
『ゾーディアク』にスカウトされて以来、ティアはしばらく会長付きとなっていた。
スカウトされた理由は定かではないが、タガワ会長の直感によるものだったと公式発表されている。
スカウト当時で一〇歳になるかならぬかだったから当然といえば当然かも知れない。
スカウトされてからすぐに、突然寝たきりの生活をティアはしていた。
何の症状もなく、ただ眠り続けるだけの病気、銀河系のあちこちで流行っていた奇病に冒されたのである。
彼女のチームメイトにも同じ病気が降りかかっていた。
この頃のチームメイトには、チヅルとワタルが名を連ね、のちに、アーシィ、ゴルディア、ウッディが配属されるが、配属初日にみんなが倒れてしまった。
ただ、その原因不明の病気は、約二年の眠りののちに消滅してしまった。
原因は未だに不明である。
彼女たちが現実世界に生を受けたとき、既に戦いは精神世界を浸食する形で始まっていた。現実世界では、戦いの予感だけが世界を惑わしていたが、人類の意識の中で…、いや意識を構成する根っこの部分から浸食は始まっていた。
人類という種はサンゴに似ている。
表面上は一人一人がはっきりしているが、内部の深いところは繋がっているのだ。
共鳴も共感もすべてそこから来ている。
人類は宇宙に完全に進出してまだ日が浅い。
地球という美しい星に生まれながらも、種としては未成熟の感が拭えない。
光という存在に憧れながらも、影や闇を追う者も少なくない。その浸食を食い止める者たちがやがて自然発生する。
『虹の戦士たち』と名乗っていた。『夢』という戦場の戦士たちだ。
夢の中の死は死ではないが、自らが死を受け入れてしまったとき、現実に死は訪れるのである。全能の神ご自身は、何をお考えなのか……、血の吐くような想いの問い掛けを幾度も人は叫んできた。
その都度、『虹の戦士たち』は応える…、あきらめるな…と。
彼らは言う、『目覚め』れば貴方も戦士なのだと。戦う心を失うな、神はご自身に似せて我々人類をお創造りになったのだ、神の力の発現者として……。
光は水滴などにより分散したときに『虹』という現象を引き起こす。逆に言えば『虹』の分散が止まれば、光に戻るということだ。
光を神とするなら、『虹』は我々なのかもしれない。
意識の中で、つまり夢の世界で虹の戦士たちは戦い続けていた。やがて、現実世界でも何とか抑えられていたその均衡すら崩れる時が来た。すなわち、『夢』の浸食であった。
『虹の戦士たち』の多くはまだ、生を受ける前に戦いに参戦していた。そして、この世界に生を受けてもなお、夢の世界での戦いを続ける者、そして、成熟するにつれ現実においても戦士としてのチカラを発揮するものもいた。虹の戦士たちは集まるべくして集まった、単なる偶然ではなく必要として必然的な存在としてあったのだ。
それは運命という言葉だけでは言い表せない。虹の戦士たちの身体は未成熟でも精神としては既に多くの戦いを経験していた。
『虹の戦士たち』としての自覚はまさに突然やってくる。
『目覚め』れば、みんな『虹の戦士たち』なのだから。
配属されてから二年もの空白期間を経て尚、現在までで彼女の撃墜数を凌駕する者は居ない。その彼女が驚異的な撃墜数を誇るのは、ゲーム感覚な操縦が出来たためだ。
当時の敵は神出鬼没を得意としていた魔騎士 で、事前にレーダーには反応しない上に特殊な攻撃でしか倒せない厄介な敵だった。
彼らの出現を事前に察知することが『ゾーディアク』のメンバーの命を左右する絶対的な命題だったのである。
彼女のほかには唯一と言ってもいい一名だけがその力を発揮していた……、ヒリュキ・サトー主任その人だけだった。だが、それは多くの仲間を喪った悲しみの中で得た能力だった。
彼はその日のことを殆ど語らない。
そのときの戦闘で多くの戦友とともに将来を誓った女性まで喪ったのである。
その日のことを彼は今も明確に覚えている。
「非常事態発生、全員部署につけ。二時空先に魔騎士を発見。現在同軸線上を相対し
て異動中…」
移動ではなく異空間移動するのだ、彼らは通常空間への復帰に何の空間異常も見せずに出現する。
まだ、人類には成功できていない手段であった。その前段階の超高速航行に手が届いたばかりの出来事だったから…。
対魔騎士用に銀河系内を警戒行動中の『ゾーディアク』に緊急体制のオベレーター達は緊張しつつ全艦に非常コードを発した。人知を超えた魔騎士達を迎え撃つために全地球人類から選出されたもの達の集まりが『ゾーディアク』に乗り込んでいる。
魔騎士とは、その名の如く悪魔を想像させる性質と実体を持ち、全宇宙規模の侵略を自分達の全てとして次々と他の星々へ、その魔の手を伸ばしつつある生命体であった。
その彼らが我が母星の地球に目をつけたのである。
しかし、銀河系においても遥かな辺境の地にある地球をよくもまあ見つけられたものである。彼らの戦力は戦艦による艦隊戦を主に考えながらも、航宙戦力を雲霞のごとく充実させたもの。我ら地球側においての太陽系内の物資の輸送などに現在、影響を及ぼしつつある。
「繰り返す。非常事態発生、敵、魔騎士空母1、巡航艦2、接近中。現在全速にて戦闘時空に急行中。B3エリア、リーブラ隊、発進準備にかかれ。ヴァーゴ隊爆装、発進せよ。C2エリア、ピサズ隊発進。続いて、リーオ隊発進せよ」
時空間二〇二〇を航行していた『ゾーディアク』に戦闘体制第一指令がおりた。壁にはめこまれたヴィジフォンから…、そして、IDカードについているマイクロ通信機から…、様々な場所で様々な時を過ごしている数干人の隊員達に緊急を知らせるのである。
たいていの場合には艦内時間で.三交代制になっている。が、しかし今はそんなことは言っていられない、次々に自室を飛び出し愛機の待つ格納庫へと走り出すもの、〇・八Gの艦内重力を利用しているグリップ・シューターに取りつくものもいる。
そう、これからが正念場となる戦闘空域では『ゾーディアク』にはレーダーだけではなく、|超越感覚能力(ESP)を、メカニズムの一端としたS・S・Sというのがある。
彼、ヒリュキ・サトー主任はそのS・S・Sの一員として既に三度もの実戦をこなしていた。すでに彼はS・S・Sルームに向かっていた。
バーキャリパーとはグリップ・シューターとよく間違うが、移動速度の違うのが最大の相違点てあり、しかも移動先は艦内の奥にあるS・S・S制御ルームに直行である。
「ヒリュキ、遅いぞ。四秒の遅れだ。一瞬が命取りになるんだ」
S・S・Sチームリーダーのガルホ・スターロがヒリュキに向かって怒鳴る。
「す、すいません…」
彼は苦手だとヒリュキは常々そう思っていた。
だが、ガルホは、ヒリュキよりも数段上のランクの情報処理能力を有していた。
つまるところ、ガルホには頭が上がらないのである。
ヒリュキは所定の位置へと駆け寄り、シートに付いた。システムの中心にである。
S・S・Sチームの最後の一人がシートに付くとシステムが静かに目を覚ましていく。
まるで巨人がゆっくりと起きていく様子によく似ている。
総勢十人に満たないS・S・S制御ルームは三六〇度のスクリーンに囲まれ、今は超電
磁物質ラギャンΣの電磁力によって浮遊していた。
あらゆるショックから守るためである。
「S・S・S始動。魔騎士捕捉以後は各個に判断し、スターロードに指示を行え!」
スターロードとは、戦闘機隊を中心にして組み立てられた迎撃部隊を総称して言う。
所属小隊は十二。分隊数は各小隊に、十の分隊設定がされていた。
S・S・S担当員全員の意識が制御ルームを中心にして拡大していく。
意識体として、判断していくために三次元としての概念を捨ててあらゆる次元からの介
入を求められていた。そんな、我らにも魔騎士は意識体として、侵入を試みていたのである。我々にできることは、常に敵にも同じことができるのだということでもあった。
『リーブラ隊、第四象限X座標六七Y座標九二に、新たな敵戦闘隊発見捕捉、戦闘力〇.三三。第二分隊に迎撃させよ』
「リーブラ隊、第四象限に第二分隊を送れ。新たな敵戦闘隊の出現が一〇〇秒後にある」
「リーブラ、パット、了解。第二分隊を第四象限に向かわせます」
「エアリーズ、タルス、キャンサー小隊は第三象限に、ジェミニ、リーブラ、リーオ小隊は第四象限の敵
を撃破せよ」
続いて、指令が戦闘域全体に伝えられる。やってやるという意気込みが後発の部隊にも
ビンビンと伝わっていた。
リーブラ隊隊長パトリシア・レシャードはヒリュキ・サトー主任の婚約者である。既に入籍が決まっている。その他の面々も、それぞれ決まっている者が多かった。
熾烈な生き残りの戦いの中、生きるための希望を見いだすためにお互いに求め合う者たちもまた多かったのである。恋人や婚約者がその力の全てでお互いを…、大切な者たちを守ろうとして、その命であがなっていく悲しい運命の戦いでもあった。
パットもまた……。
「ヒリュキ、ありがとう。今まで、楽しかったよ」
既に何機も墜としていたパットだが、前方に突如として広がった黒い霧状のものに包み込まれたとき、覚悟を決めた。戦闘機のエンジンの暴走と、自身の命の散華を。
突如光った空間には、命あるものだった人間と戦闘機の残滓しかなかった。
「パット…」
S・S・Sの感知能力の鋭敏さがもたらした意識の繋がりだったのかも知れない。
「…パット……」
当時の彼女は、画面上で敵戦力の出現を察知する感覚が優れていた。敵味方の入り乱れる戦いの最中で彼女の果たした役割は大きかった。手近な味方機にデータ通信を行い、出現する敵への迎撃シフトを要請し、これをともに討ち取っていくのである。
撃墜数が上がらない訳がない。
だが、彼女に敵戦力の出現の根拠を聞いても
「たぶん、話しても分からないよ、わたしだってなぜなのか、不思議なんだもの……」
そう言って、ちょっと寂しげに笑うだけである。
ヒリュキ・サトー主任と同じように……。
だが、彼女のその不思議のお陰で、何人もが生き延びたということだけが厳然たる事実であった。最初は人手不足から乗った戦闘機だったが、彼女なしの出撃は次第に少なくなった。とはいえ、彼女に頼ってばかりでは、彼女の負担が増えるだけで、結局、会長付きに戻された。もっとも索敵情報室勤務の中心人物として、忙しい毎日であったが……。
索敵は昼夜交代の半日勤務だったが、彼女はそれに次第に慣れていった。
戦いがある日突然に終結してしまうまで、それは続いた。
その日、何かが違っていた。漠然とした何かが……。
彼女とヒリュキ・サトー主任の心に何かが起こるという予感があった。
それは眩い光から告げられた……。その場にいた誰もがそれを見て、聞いたのである。
まるで白日夢のように…。
『あなた達の代価は支払われた。次の大地が待っています』……と。
それ以降、魔騎士の出現は一切無くなった。
かつて、地球上で多発していたバミューダ・トライアングルの消失現象が無くなってしまったように。それは終わりなのか、始まりなのか。
ただ、多くの謎と心の傷を残したまま……。