優先順位は低いと判断した
予定された303号室を訪れた僕は体が固まってしまい動けなくなってしまった。
「なんで突っ立ってんのカンイチ。座ったら?」
システムキッチンの中から首だけ出したマリが顎で僕に席に着くよう促す。すっかり僕に対して『同級生』の対応を決め込んだマリは遠慮をどこかに落っことして来た様にリラックスして話しているみたいだ。
「……」
テーブルに無言で皿を並べているのは14歳の……長崎瞳だな。中学生で身長156cm、体重はまあそれなりだ。どちらかといえば活発に見える明るいブラウンの髪を静かに揺らしながら僕の方をチラチラ覗き見ている。
「ほらヒトミ困ってるじゃん。さっさと座らないとあんたの皿どこに置けばいいか分かんないでしょうに」
ふむ、なるほど。
僕は素直に『まあここだろうな』というような位置に座る。いわゆる『お誕生日席』と呼ばれる、見渡しの良い席だった。
「ときにマリ……今日の献立は?」
「え?ああ、みんなで摘めるようにピザとか大皿のパスタとか色々。あんた好き嫌い言わないよね?」
「ピザ……パスタ」
「って、なに……泣いてんの?」
マリはいかにも訝しげに僕を眺めているようだが、今の僕にはそのフォローに割ける精神的な余裕が無い。
「あ、あの……長崎です」
ぺこりと頭を下げる中学生、マリやモモに比べ内向的な性格なのか僕とは一度もまともに目を合わせない。明るい髪色はその精神の裏返しなのだろうか、その声も蚊の鳴くようなボリュームしかなかった。
「ども」
レベル『乙』の重要監視対象に和風ドレッシングのようなあっさりとした返事を返した僕は、目に前に並べられた高たんぱくのピザチーズから視線は外さなかった。断言出来るが無意識の行動だ。
「ちょっとカンイチ!人見知りのヒトミが一生懸命挨拶してんだからちゃんと相手しなさいよ!」
「それは現時点でピザより優先順位は低いと判断した」
「はぁあ!?」
10ヵ月、だ。
実に10ヵ月もの間僕の食生活はおぞましいものだったのだ。
冷たいおでんに冷たいメシがメニューのときなどはまだマシ、仕出し弁当の配達が気まぐれで来ないときなどは学校敷地内で作ったヨレヨレの大根一本のみ。
『売店』とは名ばかりの渡り廊下に設置された施設で購入出来る物はあられやスルメイカといった教官用の酒のツマミだけで、更に使用するにも前日までの申請が不可欠。
毎日毎日頭がおかしくなるほど身体を酷使し、栄養補給もままならない環境というものがどれだけつらいか理解できまい、出来てたまるものか!!
「え……と?ま、マリさん?」
「いいおとなが何泣いてんだか……なんかヘンな人が来ちゃったみたいね」