あーーーーーん
『うずまき寮』とは言うものの中身は全く普通のマンションである。
なにか準備があるといって出て行ったマリは僕を住人に紹介すると言っていたのだが、警察学校のように卓球台しかモノが無い大き目の慰労部屋が在る訳でもなく、かといってパイプイスの並んだ捜査本部のようなものも在ったりはしないだろう。
じゃあどこで?そんな疑問を頭に浮かべながら自室となった管理人室で自分の歯ブラシをコップに突き刺していると……
「おーい!憲兵ヤローっ!無実のパンピー苛めて何がたのしーんだー!!」
エキセントリックで意味不明な叫び声を上げた侵入者1名確認。寮生活が長かった弊害だろうか『施錠の習慣』がスッポリ抜け落ちていたようだ。
ズカズカと管理人室に上がりこんでくるちっさい小動物は両手を上げてシュプレヒコールを部屋中に木霊させている。
「取調べ室は公開しろーっ!冤罪のオンショーをテッパイシロー!!」
「……一般的な警察組織への陳情は専用の窓口があるからそっちでやってくんないか?」
「おおー、でたなヒミツ警察!!このFBIの面汚しが!!」
『でたな』はまさにこっちのセリフなんだがなあ。
瀬能モモは何が楽しいんだか知らないが満面の笑顔で警察組織を糾弾するのに忙しいようだった。
「僕はモルダーでもMIBでもないんだが」
それに『丁』の緊急時制圧が認められているパンピーなどいない。極端に言えば、今僕が支給されている鉛発射装置で瀬能の眉間を打ち抜いたとしても裁判も行われなければ民事での訴訟だって不可能なのである。
社会的に見ればこの瀬能モモは非常に危うい立場なのだ。ブルブル端っこで震えながら生活していてもおかしくはない、というかそれが普通の感覚だろうが……この150cm未満の高校生はそんな素振りは見せない。最初に見たときから一貫してこのメスは僕に対して『無礼』である。
「今マリちゃんがテキトーにメシつくってっから!!そこで魔女狩り裁判やるからなー!!おめー魔女役で!!」
「有罪決定じゃないかソレ」
「こまけー事言ってんなー!!ノリ悪いぞオマワリ!!」
「『こまけー』のは瀬能さんの方じゃないか?ちゃんと食べてる肉?飲んでる牛乳?」
「カンケンの分際で身体的トクチョー差別たぁ見上げた犬根性だコノヤロー!!」
犬は関係ないだろう。
しかし……華奢な女の子である。まあ不健康に見える程じゃないにしても肩や背中が『薄い』のだ。この手の体型はダイエットの成果というよりは生まれ持ったモノなのだろう。ひょっとしたら胃下垂なのかも知れない。
「てめーの前のオンナ兵士はそりゃあもー良く出来たオンナだったぞ!!洗濯も掃除も無表情でこなすしな!!欠点はゴリラみてーってトコだけ!!」
前任者の女性自衛官の事を言ってるんだろう。ってかゴリラ言うな。
瀬能モモは管理人室に備え付けてあったソファーに水泳の飛び込みのようなカッコウでダイブする。
「そのゴリラすぐ居なくなったってマリが言ってたけどな」
確か長くても一ヶ月持ったヤツが居たと……そう言ってたのを思い出す。
「もうマリちゃん手ぇ付けてんのか!?そういや『カンイチ』ってマリちゃんも呼んでたし!!」
「不都合なら『茜沢さん』に戻すよ?」
「いやー、いんじゃね?じゃーわたしはモモって呼ぶのをキョカする!!甘くな甘く!!」
「住人に紹介してくれるんでしょ?何時にどこ行けばいいかな瀬能さん」
「ケーハクなツラして意外と堅いのなてめー。ヒトの話笑顔でシカトできるヤツってロクなヤツじゃねーって聞いたこと無い?」
「『ふてぶてしい』とはよく言われる」
「敵増えるぞそんなんだとさー、まいいや。あと30分位したら303号室集合な!マリちゃんの部屋だからそのうち夜襲いにでもいくといいんじゃね!?」
ぴょんとソファーから飛び降りるとくるんと方向転換し管理人室の出口に向かう瀬能モモ。僕をからかうのも飽きたんだろうし僕も女子高生との会話なんてさっさと切り上げたいってのがホントだ。
「あ!!そういえば」
ふわっと前髪を浮かせ僕の方を振り返った瀬能モモは並びの良い歯を誇るように大口を開け僕に接近してきた。
「あーーーーーん」
「虫歯は……ないな。健全な食生活が伺える」
にひ、っと顔を崩し笑う瀬能は女子高生らしい愛らしい表情をしていた。
砂場遊びをしていたら綺麗な石を見つけた子供のように純粋に笑いながら瀬能は……
「ゴリラはねえ、転勤でもないし退職でもないの。『消えた』んだ。この意味分かるカンイチ?」
「……」
おう、しまった。
ニューナンブ荷物の中だ。
純粋な笑顔で僕に肉薄しカチカチと歯を鳴らす『丁』。女の子らしくかわいい見た目であるのでその目の奥の光は対照的に禍々しく見える。
「おっ!?ビビッたカンイチ!?」
「……ちびりそうではあるな」
「ふむ!!オクビョウは長生きのハハだからなー!!じゃーねー!!」
僕は楽しげに跳ねるように去っていく瀬能の背中から目が離せなかった。
「……」
な。
なんだよもー!!おっかねえよバカガキ!!あんなのがまだ沢山マンションのなかで包丁研いでんのかと思うとゾッとするわ!!ホラーか!?ホラーマンションなのかよここ!?
僕は……拳銃の残弾数を一日の終わりの日課に加えようと堅く心に誓うのだった。