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ひと夏のアバンチュール



「……」


華麗に去っていった高圧的な女医の悪態を26分程心の中でつきまくった僕はタメイキを吐くついでに覚悟を決める。

僕は今制服を着ているのであり、いつまでもマンション前で警官が立ち往生していたらせっかくの『地域住民へのハイリョ』ってヤツが台無しに成りかねない。


僕は路上に面したマンション出入り口から敷地内へと足を踏み入れる。


「……」


しかし見れば見るほど普通のマンションだなコレ。建物を取り巻く小ぶりな花壇には季節柄花は付けていないが、手入れの行き届いた土には沢山のサルビアの葉が静かに揺れている。


「……」


駐車スペースも隣接しているがマンション住人が年若い少女ばかりなので車は僅か一台しか停められておらず、よく晴れた昼下がりの一場面としては少々物悲しい。って、なんだよおい。

なんでこの自動ドア開かないんだ?


「……」


ああ、これか。

僕は豪華な大理石で出来た腰くらいの高さの台に備え付けられたボタンを押す。最近では珍しくもないオート・ロックであるようでしばしその場で待機すると……


『……だ誰?』


と控えめな女性、というよりは女の子の声がインターホン越しに聞こえてきた。


「本日付けで配属になりました木槌と申します。責任者かそれに類する役職をお持ちの方がいれば取り次いでいただけないでしょうか」


身分はあえて言わなかった。相手が誰かも確認しないまま氏素性を名乗るほど僕はこのマンションでの勤務を……へんな言い方だが『信用』してはいない。ここは何事も疑って掛かるが吉、そのうち係長へ詳細を問い詰めるまでの間はこのスタイルを貫こうと思う。


『山』


「は?」


『だーかーらー。山!』



インターホン越しの女の子はイライラしてるんだろうか、声のボリュームを二段階ほど上げ僕に合言葉を要求しているようだ。

何も聞いておらず書類にもそんな記述は無かったはず、であるならばだ。


「キャンプ」


臨機応変な対応をもって現状を打開してみるべく、僕は『山』から連想されるワードをインターホン越しに返答してみた。無邪気に。


『セーシュンの淡い初恋っ!』


何言ってんだコイツ?

しかしまあ乗りかかった船だ。


「ひと夏のアバンチュール」


腰に拳銃ぶらさげたオトコがマンションの前でインターホンに何を叫んでいるのかと自嘲気味に笑いそうになってしまう。


『オートクチュールっ!!』


特注品の仕立て服が最初の『山』となんの関連があるのか?インターホンの向こうの女の子は僕の言葉尻を捉えた単語を吐き出したにすぎない。ってかなんでもアリかよ。


「嘔吐キモーイ!!」


そういう類の勝負なら受けてたとうじゃないか。そう思って僕は自分の言葉のチョイスのマズさを大声で誤魔化しながら叫んだ。


『へ、ヘンなヤツ来たー!!マリちゃーん!!女の園うずまき寮を混乱させに、ヘンなヤツ来訪中ー!!ゲロがなんとか言ってるよー!!怖いよー!!』


『って……あんた何やって、ああああああああっ!?勝手にインターホン使っちゃダメって言われてるじゃん!!きっと管理人さんが来たんだってば聞いてたでしょあんたも!!』


『ぇえ?違うんじゃない?なんかアホっぽいしこの制服ヤロー……ってどこいくのマリちゃん』


『玄関よ!お出迎えしなきゃ!』


『バスタオル一枚で?そんなサービス含まれてんだったらかなりボッタくっても文句出なさそうではあるけれども』


『うわあああっ!?服服……ってちょっと桃!!ブラジャー返しなさい!!』


『若ぇオトコに色仕掛けたぁ早速だなマリ坊。ちなみにまだインターホンは通話中なー』


『はは、早く言いなさいよっ!?あんた覚え』ブツッ



唐突にインターホンは切断され静寂が僕の周りを支配する。


「……」


にぎやかなのは悪い事じゃないよなうん。

桃と呼ばれたのは書類にあったこの瀬能桃セノウ モモだろう。16歳高校生。

マリちゃんは、と。これか。

茜沢真理アカネザワ マリ19歳大学生。


今声が聞こえたのは二人だけだったので後の三人は外出中なんであろうか?にしても。


「……」


あとこんなんが三人もいるのか、と。

そう思うと幾分生きる気力が削られていくのを感じざるを得ない。



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