あんたの為でもあるかもよ?
その『病院』は意外と言えばいいのか……地理的にも決して生活に不便を感じることの無いであろう市街地に位置していた。目と鼻の先にコンビニあるしちょっと歩けば駅だってある。そしてなによりもその外観が僕の病院のイメージとはかけ離れていた。
「5階立てで1階と2階には誰も住んでないわ。あんたは一階の管理人部屋を自由に使って」
「ってあの、ここですか?」
「外観も中身も普通のマンションよ。地域住人に不安を与えたくないの」
『うずまき寮』と書かれた珍妙な看板意外は完全に地域に溶け込んだ普通のマンションにしか見えない。これは……ひょっとして相当まずいんじゃないだろうか?
僕は今拳銃を手にしており、その必要があったから許可が下りているわけで。
『不安を与えたくない』のは分かるがこれは必要な責任の悪質な放棄でしかありえないんじゃないか?
「なんか言いたいことでも?」
僕が考えてる事なんかこの女医は絶対に分かっているだろうに、その表情からは何も読み取れない。係長が未だ市ヶ谷絡みの立場なのだとしたらこんなとこで言い合いしても何も進展は見込めないのは確かなのだろうが……さて。
「自分の任務の確認をしたいのですが」
「読んだんでしょ部外秘資料。まったく……今私が口頭で読み上げてあげるからちゃんと聞いておいて」
まあこのオンナの肝の据わり具合はどうなってんだろうね!
聞かなくたって分かってはいるんだよそんなもん!その命令書の出自がれっきとした正規のルートなのか、文面通りの意図しか無いのかその辺を僕は聞いてんだよ!絶対わかってやってんだろあんた!
「少女たちの健やかなる育成と病状の緩和に関する些事雑務を能動的にこなし健全な精神を持っての彼女らの社会参加を可能にする旨心がけ職務に当たられたしーーーーーーま、そういうことね」
「それが公僕である警察官の仕事なのか甚だ判断に苦しみます」
「へんなオトコねあんた。美人揃いのハーレムで生活して給料まで出すっていってんのに嬉しくないの?」
もう完全に僕との会話に飽きが来ている係長は『早く車から降りてくんねえかなあ』と売れっ子ホスト感丸出しでハナクソでもほじりだしそうな勢いである。
「係長はここには」
「住まないわね。別に研究施設があるからそっちに常駐する予定」
「その住所と連絡先を聞い」
「内緒」
そろそろブン殴ってもいいだろうかこのオンナ。
車の中に転がってたCD漁ってんじゃねえよこの無責任上司!なんで卒業早々僕だけ見えてる地雷踏まなきゃなんねえのさ!?絶対ここヘンだ!!いやヘンじゃなきゃおかしいってコレ!!
「あんたさ……騙しきれてると思ってるでしょ?」
「は?」
係長は両腕を頭の後ろで組み運転席の背もたれに体重を預けて伸びをする。
そんなリラックスした動作の中にどぎつい迫力捻じ込むって、あんたヤクザか!?
「悪いこと言わないから言う事聞いときなって。あんたの為でもあるかもよ?」
「……」
……カマかけてんのか?
二十歳の小僧相手にタチの悪い心理戦持ち出すなんて、いやだなあもうこの女医!エロ女医!
「週一で様子見に来る予定になってるから、とりあえずは気楽に構えてればいいんじゃない?私はあんたの『ふてぶてしさ』気に入ってんだから」
じゃ頑張って、と無理やり会話を終了させ握手で僕を送り出した係長の目は、その間僅かでも緩む事は無かった。