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未見でアリマス!



10ヶ月間人里離れた山中で苦楽と寝食を共にしてきたクラスメイト達は、各配属署の真っ白いバンに乗り込んで新天地へと向かっていく中……僕は係長の私有車であるボルボの革シートにケツを押し付けていた。


「質問してもよろしいでしょうか?」


「なに?」


係長は後ろで束ねていた髪を解きワサワサと空気に馴染ませるように車内で躍らせる。


「僕の配属って」


「ここよ。今向かってるトコ。ちなみに私も一緒だから」


それは薄々感づいていた、というかバカでも察するよな。僕は係長から渡されたA3サイズの色気の無い茶封筒を受け取ると、裏面に付いているボタン状のモノに巻きついた紐をくるくると解いていった。

中に詰められていた書類の表紙の真ん中に位置する『佐伯陸軍病院』の文字に激しい違和感をキンジエナイ僕。


「……」


深呼吸ひとつ。

なにか……というか、おかしい。

僕はボルボの窓の外で流れる景色を眺める振りをしながら、どうやって聞けばこの女医から核心を引き出せるのか考える。


「重ねて質問よろしいですか?」


「なによ」


「自分は現在の医療体制に意見はありませんし、係長のように人間の生命の深遠について一家言持ってるワケでもないんですが」


「あんたの配属希望書読んだわよ。えーと……第一希望は留管だっけ?」


「はい!」


留管とは各署の留置管理業務を行う部署であり、刑務所に行く前の処遇の未定な者達を文字通り『留置管理』する部署である。美味しんぼの新刊を彼らに抜け目無く提供したり『運動』と称したタバコタイムにおいてはふさぎがちな彼らのメンタルをケアするために世間話に興じるという……それはもう社会に有意義な現場なのである。


「えー、第二希望がまだ二十歳のくせに過疎地の農村の駐在で?第三希望は窓際部署で有名な地域広報部、と」


なんだよ僕の書類もってんじゃねえか。

係長は運転しながら僕の希望書をクラクションの前に広げジャーキーでも齧ってるようなしかめっ面で眺めている。


「自分の意見が上司にはっきり言える職場って素晴らしいわ。あんたもそう思うでしょ?」


「キョーシュクです!」


「なんか暑くない?換気するわね」


12月であるにも関わらず運転席側の窓を全開まで躊躇い無く降ろした係長は、虫も殺さないようなアルカイックなスマイルでビリビリと僕の書類を破り走行中の路上に景気良くばら撒いた。


「あら雪みたい。今年まだ雪見てないなあ、あんた見た?」


「未見でアリマス!」


自衛隊仕込みの縦社会がいつまでも通用すると思ってんじゃねえぞこの女医が!今時の警察官は給料付きの職業訓練学校である警察学校の夜間警備訓練での夜勤手当まで要求出来るくらいラジカルなんだからなこのやろう!


って心で思った。


「私がさっき渡した資料読んだ?」


「もちろんです!」


「そ。感想は?」


「意味が全く理解できませんでした!サー!」


「誇らないで欲しいんだけど……まあ仕方ないか。漏洩防止の為に最低限しか記載ないし」


一番若い子は12歳からで一番上でも19歳の少女達の簡単なプロフィールと顔写真が数枚、『詳細は別紙1~69を参照』とあるのだがその別紙が見当たらないのだ。唯一気になったのは……


「この名前の後ろの『甲』やら『乙』の意味はなんなんでしょうか?」


逆に言えばそれくらいしか疑問は無い。この書類にある女の子の身長や体重に突っ込みを入れるほどヤボでは無いつもりだし、ここに記載されている少女たちはどの子も容姿に秀でているように思う。

顔の整った女子高生とか、こわいもん無いんだろうなあ。いいなあこいつら、きっとこんだけイケてれば将来も安泰だよアンタイ。大手広告代理店の営業マンとかとコンパで知り合い、なんだかんだで出来ちゃって『授かり婚』なんて誤魔化しながらもそれなりにハイレベルな生活水準保っちゃうカンジ?


「『甲』は要監視、『乙』は重要監視、『丙』は接見注意対象、『丁』は緊急時制圧可能対象。程度の差はあるけど気にしないで」


「は?」


緊急時制圧対象って……


「あ、前もって渡しとく」


ぶっきらぼうに僕の膝に投げつけられたのはミネベア社製の.38口径官用回転式拳銃、俗に言う『ニューナンブ』であった。ちなみに日本の警察官で常時銃を携帯するのは交番のお巡りさんのみ、そのお巡りさんでさえ帰宅時には警察署内の一番奥の保管庫にナンバー付きで陳列されているのだ。


「お守り、気休め……『病院』じゃその程度の価値しかないモノだけど、無いよりは幾らかマシだと思って申請しといたの」


「……自分の知ってる病院ってのは確か医療機関だったはずなんですけど?」


「あんたを市ヶ谷のお偉いさんに推薦したの私なんだから恥かかせないでね」


市ヶ谷……あんた警察官じゃねえのか?

語尾にハートマークが付いてんじゃないかってくらい胡散臭い笑顔を振り撒く係長を横目で見ながら『信号待ちでこの車から飛び降りて逃げられないか』、僕はその可能性に思いを巡らせていた。

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