谷間的な意味で
月日は『あっ』っという間に過ぎ去っていくものだ。それはもう骨身に染みて分かっている。一ヶ月、なんてのは本当にあくびを噛み殺していたら経過してしまうものだ。
僕達のクラスは本日12月イッピをもって晴れてこの山奥の強制収容所から卒業するというわけだ。
「……」
しかし、まああれだ。
高校卒業と同時にこの警察学校に来た者もいれば、一般の会社に就職してから一念発起して転職してきた者も居て年齢は微妙にバラバラだったりしており18歳から23歳がクラスメイトとして苦楽を共にしてきたわけだが……いや分かるよ?分かるんだけどもさ。
「……」
抱き合ってる。
親と。
泣きながら卒業の喜びを肉親と分かち合っておる。
「どうした木槌?あんたはオイオイとむせび泣かないの?」
このハレの日にいつもの仏頂面を晒して恥じない一井係長がいつの間にか僕の背後に立っていやらしい笑みを僕に向けていた。
「では胸をお借りしてもよろしいでしょうか!?」
「ほう?あんたでもそんな感情があんの?意外」
「谷間的な意味でお借りしたく申し上げております!サー!」
「私はあんたのそのふてぶてしさを気に入ってるの。許可する」
「いや、やっぱムリ!サー!」
「本気だとしても後が面倒、ジョークだとしてもイマイチってトコね。精進すること」
「返す言葉もロストであります!」
大体この人幾つなんだろうか?結局この山奥の施設に放り込まれている間はこの謎に迫れる猛者はいなかったなあ。
今日は卒業式だったからかいつもに増してバリバリと音が聞こえてきそうな糊の効いた制服を着込み、『金モール』と呼ばれる祭事用の装飾紐を胸の辺りにぶら下げる一井係長は小さなタイヤの付いた衣装ケースを二つ抱えている。
初任科と称される10ヵ月の訓練を終えるこの時期は一線の先輩方の異動時期でもあり、出世コースである教官職のセンセイ方も多くが僕らと同時に別の部署へと異動して行く事になる。一井係長も其の例に漏れずどこぞの公安辺りにしけ込むのだろう。
嫌われ者の総本山の中でふんぞり返っている係長……しっくりくるな、うん。
っと。
のんびりしてる場合じゃねえや。僕はこのままじゃどこに行ったらいいのか分からないんだった。
「係長!失礼します!」
ここは室内であり帽子を被ってなかったので頭を15度ほど下げる敬礼を係長に提示し卒業式会場に背を向ける僕。教官室に行けば誰かは居るだろうし。僕の処遇について認知している人間もいるはずだ。だいたいなんで僕だけ『おって沙汰あるまで待機』なんだよ?他のやつらは先週には配属決まって手土産の選定に忙しくしていたってのに。
あ、『手土産』ってのは文字通りの意味である。風月堂のゴーフルって薄くて上品な甘さのクッキーが一番人気だったな。2,160円なり。どこの世界も最初が肝心、特に公務員の世界では有能さよりも根回しが巧い者が重宝されると聞く。
「え、っと?」
ぐい、と襟首を掴まれてもシワにならないような制服ではあるが……息が苦しい事には変わりない。
「係長?」
一井係長は僕の襟首を掴んでいない方の手で『部外秘』と赤いハンコの押された表紙の書類束を僕に突きつけている。FAX禁止持ち出し厳禁、その場での閲覧のみしかも条件付で可という機密性の高い文書。ここでこうして持ち歩いている事すら処罰されるんじゃないのかコレ。
「2分で目を通したら駐車場まで来る事」
「へ?……あ、はい?」
「復唱」
「120秒後!木槌巡査は文書を閲覧し係長まで出頭します!」
「さすが抜け目無いわね。よろしい、待ってるから」
この文書を読む、という『責任の所在』を係長になすり付けた僕の意図を、僕の返事から察知してニヤニヤといやらしく嗤う女医係長はつい、と去っていく。『ビビってんじゃねえよ』とでも言いたげなムカつくオンナの表情はわざとやってるんだろうか、やってるんだろうなあ。あれじゃあ普通の男は寄ってこないし結婚なんて夢幻の如く、だ。
「っと」
書類に挟まっていたらしい写真がはらはらと床に散乱し、僕はそれはもう俊敏な動きでそれらを迅速に拾い集める。びび、ビビッテルわけじゃねえから!!マジマジ!!こんなもん閲覧注意のグロ写真に決まってるんだから誰かの眼に触れようもんなら食欲減退間違いなし、こんなめでたい日にみんなの眉間にシワがっつり寄せさすもの気が引けるじゃんか!!ねえ!?
大体機密文書ならちゃんと閉じとけってんだ。しかも未だに油紙のページまであるしよ、平成ですよ今!指紋付いたら取れネーだろコレ。
「……?」
なんだこれ?
落ちた写真を拾う際、何気なく視界に入ったその被写体。僕は毒気を引っこ抜かれた。
屈託なく無邪気に笑っている者、穏やかな笑みを浮かべる者様々ではあるが。
閲覧禁止の書類の束に挟まっていた写真に写る年齢で言えば全員10代の5人の少女が、一体どうしてこんな物騒な扱いを受けているのか?写真だけでわかるはずは無い、無いんだけど。
「……」
なんか楽しそうじゃんかコイツら。