どあほう
「……ホントにまだ仕事するんですか?」
長崎瞳は呆れているようだ。
言われて改めて気付いたが、僕はやっぱりフテブテシイらしい。
ここに配属になる人間の中では失踪する者も少なくないんだそうだ。僕は小さなマス目の沢山付いたA4用紙の書類を取り出す。
「なんですかソレ?」
実際この長崎瞳だってわかっているんだろうか?あたかもマリとモモが主犯格のように振舞っているが、長崎も立派な共同正犯が成立するんだが。
そんなことは無かったかのような言動に清々しささえ覚えるほど他人事。見事である。
「この用紙に一時間おきにちっちゃいハンコ付いてくんだ。警らに行ったら【警】のハンコ、巡回なら【巡】ってね。なにしろココ何も用意されてないから実習で余った交番用の書式だけど」
「へー!お巡りさんって仕事してたんだ」
「遊んでると思ってたの?」
「はい!だっていっつも交番カラッポだし、寝てるんだとばっかり」
まあ、そうか。
実際普通に交番の奥で寝てる30年選手の大先輩方も居るらしい噂は耳にするからなあ。黙っとこ。
「あ、ちょっと聞いてもいい?」
「なんですか?」
ひとつ気になっていることがある。聞いていいものかどうかは分からないが……長崎も言いたくなきゃ言わないだろう。
「沙耶の騒動の日さ、瀬能がなんか興奮してたみたいに見えて。なんだか分かる?言えないんなら言わなくてもいいけど」
もし瀬能の状態が沙耶の『病気』のように彼女のプライバシーに関連することなら出来れば本人の口から聞きたい。が、なにせヤツは『丁』。悠長に構えてはいられないのだ。
「あー、ですよねぇ。いいですよ、教えてあげます」
「軽っ」
「どうせ分かる事ですし、モモのは誤解も受けやすいから知ってもらっておいた方がいいんです」
「そうなんだ」
「ハイ!」
ヒトの口に戸は立てられない、と。
こういう下世話な感じはもうすでに『オンナ』って雰囲気だな。以前女性週刊誌をコンビニで立ち読みしパラパラめくって8秒で棚に返した覚えがある。
読みたい記事なり情報なりが、ただのひとつも無かったのだ。つくづく『オトコトオンナ』は思考が違うのだなと感心したものだ。
「モモのは……なんて言えばいいのかな。えっと、『接続不良』って呼ばれてたような覚えがあります」
「セツゾク?」
「はい。なんか『食欲』と『睡眠欲』とその……せ、『性欲』がですね……頭の中で整理出来ないんだそうです」
「え……え?」
「で、ですね。頭の混乱の中に混じり物が発生してしまい……割と人間に対して攻撃的になるというか」
「……飲み込み辛い説明だなあ。つまり?」
「で、ですよねー。つ、つまり『危害を加えたくなる』んだそうです」
「ほいで?」
「ホラー映画とかで頑張って代用するそうなんですけど、中々うまくいかないみたいです」
「ほうほう。かーらーのー?」
「もうないですよ!あとは自分で聞いて下さい!」
怒られた。
んー。そうか。
つまり瀬能はあの公園で僕が死ぬのを期待してドキドキして紅潮してたってことなのか。
確かに『死』に触れる機会なんてのはめったに遭遇するものじゃない。それを見越したマリはモモを現場の公園に向かわせ僕の『死』を見せることでモモの欲求を満たそうと思ったわけだ。
僕が死ぬなら沙耶は当然助かるし、モモの欲求不満も解消出来てまさに一石二鳥。冴えてるなマリ。
「って、どあほう!!ヒトをグラビアアイドル扱いか!!僕はモモのズ○ネタにされるトコだったってのか!?」
なんてことだ!尊厳が!僕の警察官としての名誉ある(はずの)死が!!
週刊プレイボーイの表紙扱いされていたなんて(号泣)!!
「お、怒んないで下さいよ!『済んだことだ』ってさっき……」
「沙耶視点だと『それは済んだ』ことで文句ないよ!文句ないよ!」
「……モモ視点だと?」
「このどあほうがああっ!!」
「きゃああぁあっ!大きな声出さないで下さい!!暴れないで下さい木槌さんっ!!」
これ以上の屈辱って、思いつかないカラ!
ボク、オモイツカナイヨ!?