なんで帰って来たんです!?
病院を叩き出される様に後にした僕は『うずまき寮』へと帰還を果たす。
「……」
見慣れない景色をタクシーで辿り、見慣れない角を曲がって見慣れない建物の前で佇んでるワケだが……どう考えても『ただいま』は違う気がする。
なんせ初日で病院送り、その後三日間入院である。未だものすごく新鮮『うずまき寮』。
「……」
どんな顔で住人達に会えば良いのか分からず門の前で40秒思案後、急にメンドクサクなり考えるのを放棄した。
「……」
与えられた仕事をアホウのようにこなすのが警察官である。勘違いしがちであるが『警察のお仕事』というのはほとんどの場合逮捕までを指す。
罪を裁くのは裁判所であり反省するのは犯人で、警察はほぼ蚊帳の外だと言っても差し支えは無い(多分)。そんな中間業者のような間仕事を遂行するためには『やりがい』や『意義』などカタハラ痛し。
命令に従ってりゃいいんでゲショ?という、ある種卑屈なまでの忠誠心だけが要求されるのだ。
「……」
あーすっきりした。
さて、仕事でもするかあ。
僕は『うずまき寮』の自動ドアの前に立つ。
「……」
あ。そういえばコレ自動ロックだった。
どうすっかな、ナンバーまだ聞いてないし。
僕は初日と同じように備え付けのインターホンを押す。まるで宅急便の兄ちゃんのような迷いの無い動作で。
すると少しの間ののち、インターホンの向こう側で声がした。
『あ……』
と、断続的な返答とも挨拶とも取れないうめき声。
【与えられた仕事をアホウのようにこなすのが警察官である】と先程確認したばかりだった僕は、忠実にインターホンに向かって職務遂行を果たす事にする。
「あーけーてー。いーれーてー」
『ちょ!……すぐ行きます!』
マリじゃないな。モモでもない。沙耶はうまく話せない。……とすると、えと誰だっけアレ。福岡、じゃないな。鹿児島でもなかったし。入院時の麻酔の影響だろうか名前が出てこない。
「おまたせしました長崎瞳です!」
おお。
そうそう瞳さん。
その長崎さんは息を弾ませ玄関の自動ドアを開けてくれた。マリもだったがわざわざ走ってくること無いのに。
「木槌さん?木槌さん!?」
「ん、んん?」
「なんで帰って来たんです!?」
ほお。
また随分な物言いである。寝てただけとはいえ仮にも入院していた人間に向かって『なんで』はないだろう。
「木槌さんここの住人たちに寄って集って殺されかけたんですよ!?うぅん?じゃなくて殆ど死んでたはずなのに!」
「そういえばそうなるね。でもまあ生きてるし」
「たまたまです!それ偶然ですよ!?」
「そうかもなあ」
「『そうかもなあ』って……」
最初に会ったときに比べ随分アグレッシブな印象を受ける。元々僕を何か有った時の為の『エサ』にするつもりだったのなら、後ろめたさから僕に対する反応もぎこちなくなって当然か。きっとこれが明るい髪色が良く似合う、長崎瞳本来の性格なのだろう。
「い、今いないから!モモとマリちゃん買い物行ってて!今のうちにさっさと上がっちゃって下さい!木槌さんだって遭いたくないでしょ!?荷物纏めるなら今のうちです!」
「そうもいかないかなあ。今後の仕事内容や沙耶の様子も聞きたいし」
「だめえっ!!仕返しなんて……気持ちは分かりますけど、ダメですよ!!復讐は何も生み出さないってアニメでいってたもん!!」
「いや、だからそうでなくて」
は、話が伝わらねえ。しかもアニオタなのか?
玄関先で押し問答してる場合じゃないのになあ。配属早々三日間も休んでるからなんとか挽回したい所なのに。
って、ん?
長崎瞳の小さな背中の背後、さらに小さな頭がぴょこんと飛び出した。
「あ!……ぅう!」
「ささささ沙耶ぁっ!?だダメ今出ちゃ!!待っててって言ったでしょ!!顔なんか出したら木槌さんに何されるか!!」
ひどい言われようである。言ってみれば僕は被害者なのにいつのまにか長崎瞳のなかでは『復讐に燃える狂気のケイカン』に変換されていたようだ。
「沙耶っ!!ちょ!?」
慌てふためく長崎瞳には目もくれず僕の袖に飛びつきぐいぐいと引っ張る沙耶。溢れるような無邪気な笑顔で『うずまき寮』の中へと引き入れたいようだ。
「おー元気そうだな沙耶」
「ぅあ!……ふんふん」
「ふんふんてなんだおい」
僕が沙耶の頭に手の平を乗せると沙耶はふんふんと自分の頭部を回転させる。
犬のようなじゃれ方に思わず苦笑いする僕。
嬉しかったのかもしれないなあ。自分が殺してしまわなくて良かったって、そう思っているのかも知れない。
「前みえてんのかコレ?」
「うぅあ!?」
鼻の頭まで届きそうな前髪をクシャクシャしてやるとビックリした反応をみせる沙耶。うむ。ガキは元気がなにより、その調子だ。
「……なんで、仲良し?あれ、なんで」
長崎瞳がオロオロしながらも呆れたような苦々しい表情を僕と沙耶に向ける。
なんでと言われても……そうだなあ。
まあ、済んだコトだし。