意味が全く分かりませんが!
「……また懲りもせず」
おおう。
見慣れた呆れ顔、真っ白な天井。
一応白衣を着てはいるがイカツイ制服の上からなので全く色っぽくは無い女性。階級は僕より2つも上の『警部補』、ここでは係長と呼ばれるいわゆる教官だ。
「あんたねえ……特別練習生に勝てる訳無いって思わないの?バカなの?」
『特別練習生』とは国体やオリンピックに○○県警とか警視庁とか恥さらしにも程があるゼッケンを付け、衆人環視に晒されるのを生業とする奇特な方達を目指すM気質に溢れた奴等のことである。
陸上、水泳、柔道、剣道など様々な種目に分かれており、彼らの全てが警察官らしい仕事は全くしないがれっきとした地方公務員である。警察仕事はしないがプライドはダイヤのように堅い。まあそういう人種なのだ。
「同じクラスのコ、骨折させられたからって……敵討ちのつもりなのは分かるけどね」
瞬間ズキン、と腕が痛む。僕も同じように関節キメられて折られたんだから当たり前なんだが。
「あんた折れて飛び出した自分の左腕の骨で特錬生の目、突こうとしたんだけど覚えてる?」
「もちろん。顔引き攣ってたでしょあの柔道マン」
ソイツの名前なんか覚えていなかった。
「そりゃ誰でも引き攣るわよこのキチ○イ」
「いって!?」
ぺし、と添え木で固定された僕の左腕を軽く叩く警部補。医師免許保持はダテでは無いらしく毎回僕の治療を引き受けてくれている。
「気絶するまで潜水するわ過呼吸になってもお構いナシに全力疾走するわ骨折するまでギブアップしないわ……あんた何と戦ってんの?」
ぎぃと油の注されてない昭和なワークチェアーをくるりと回し、僕に背を向けつつ何やら書類を作成する警部補。しかし骨折かあ。
訓練中の怪我は傷病保険が適用されるのでなんせ書き物が膨大になり面倒臭いことこの上ない……以前警部補がそうボヤいていたのを思い出す。医師の中途採用で以前は自衛隊に在籍していたらしくオトコ所帯も甚だしいこの警察学校にあっても彼女は咥えタバコで校内を闊歩していた。
「卒業までには治しなさいよ腕、もう一ヶ月しかないんだから」
怪我治すのはアンタの仕事だ、そうは思っても口には出さない。この人に軽口は厳禁だと僕はこの9ヶ月で充分思い知らされていた。
「配属は?」
首だけこちらに向けた警部補は珍しく笑っているように見える。怖い。
この手のオンナは笑顔の裏の悪意を隠さないから苦手だ。
「拝命はまだ受けておりません!サー!」
だから大声で誤魔化す事にした。
「声デカイ、うっとおしい、うさん臭い」
むう。
この完璧な角度を保った敬礼は僕の警察学校での集大成だというのに。あんたのやけに短い制服のスカートや、派手派手しい口紅よりは幾らかマシだと思うんだがなあ。
「そっか……まだ聞いてないのか。ふぅん」
「?」
「長い付き合いになりそうだねあんたとは。ま、よろしくね木槌貫一巡査」
「一井係長!意味が全く分かりませんが!」
「そのうち分かるよ」
僕の顔に向けタバコの煙を満足そうに吹きかけるその姿は、どこに出しても恥ずかしくないイッパシのスナック経営者のように荒んで見えた。愛想笑いの欠片でもあれば美人女医で通る容姿なのに、それを打ち消して余りあるその水商売感はどうにかなんねえのか?
「……なんか言った?」
「係長の幻聴じゃないかと!サー!」
10ヶ月間の学校期間(強制収容)を経て国民の生命と財産を守る公務員になる。
きまぐれもイイトコだ。嗤ってしまう。
しかし、まあ。
・・・・
こんなのもたまにはいいか。