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前編-グリム-

 「寒くなってきたな…」

 俺はパトカーの中、一人何気なく呟いた。ここ最近一気に寒くなってきた。クリスマスも丁度2週間後と近くなり、雪の季節といえばそうなんだが、やっぱり寒さってのは仕事の弊害にしかならない。子どもがいくら喜んでも、大人の俺達は何も嬉しくなどないだろう。

 「ここです。」

 運転席から感情のこもらない声が聞こえる。警察署の奴らはみんなこうだ。ここのところは事件が立て込んでいるということもあるだろうが、やっぱり全員機械みたく動くようになってしまっている。そのほうが楽なのかもしれないが、こういった奴らがどうも好きになれない。

 俺はドアを開けて車から降りる。場所は公園。市内でも中々有名な場所だが、やはり時期なだけに人は少なく寂れているようにも見える。一件平和に見えるこの場所でも、この状況じゃ事件が起きてもおかしくはないのかもしれない。寒さも堪えるのでそのまま小走りで殺人現場へと向かう。

 「弓原さん、お疲れ様です」

 近づくにつれて警察官の数も増えていく。軽く返事をして進んでいくと、どうやら場所は池の前のベンチらしい。遺体を見る行為ってのは何度体験しても慣れるものじゃないが、ベンチの正面へと歩いて行くと、そこには30代くらいの女性がベンチに寝転がるようにして死んでいた。

 「身元の確認はすんでいます。この女性は『高原タカハラ 元子モトコ』…34歳の主婦です。死因は頸部圧迫による窒息死、恐らく絞殺だと思われます」

 俺の横で長々と状況を報告している男の名は「中村ナカムラ 優二郎ユウジロウ」。俺の部下の一人だ。といっても、部下なんて呼べるのはこいつくらいしかいないが。

 「おうおう、説明ありがとよ。それはわかったが…なんか妙じゃないか?うん?」

俺は手帳を覗いている中村の首をつかんで、遺体のほうを向けさせる。

 「や、やめてくださいよ!」

中村は目をそらそうとしたが、異変に気づき遺体をじっと見つめる。確かに、と言いたそうな顔だ。

 「弓原さん…どういうことです…?これは…」

不思議そうにする中村が質問してくるが、こんなことは俺にもよくわからない。

 「ホトケさんの表情が柔らかい。絞殺してからすぐに手入れしたんだろう…一刻も早く現場から離れたいであろうホシは、ここで時間かけて表情を直してたってことだ。」

 「そんなことって…」

中村が何か言おうとした途端、ベンチの下、俺の目にふと何かが写った。俺は中村を静止させて、手袋をして目に写ったもとる。どうやら紙切れのようだ。折ってたたんであるそれを開く。

 「『異端の者は大きく羽ばたく』…?」

メモ帳のようなその紙には鉛筆かシャープペンシルで簡単に殴り書きされたような文字で、「異端の者は大きく羽ばたく」と大きく書かれていた。俺も中村も首を傾げる。

 「どういうことでしょうね…弓原さん…」

 「何のことかわからんが、聖書かなんかの一節だろ…ご丁寧に証拠を残してくれるってことは…」

俺は深くため息をついて舌打ちをして続けた。

 「挑発してきてる自信家か、もしくはイカれたサイコ野郎だな」



 遺族の意向で司法解剖はなし。高原元子についてはそのまま葬式が行われるようだ。あれから2日たつが事件の進歩は全くない。第一発見者だった青年のアリバイも証明された。そして、ガイシャの「高原元子」は人に恨まれているような事実もなく、ホシとの接点も見つからない。しかも事件の目撃証言は殆ど無い。というのも、あの日はここ数日の中でもかなり寒い日だった上、死亡推定時刻は夜中の1時。そんな時間にガイシャもホシも外に出ていたのが不思議なくらいなのだ。挙句の果てに、謎の怪文「異端の~」というのは現在調査中なものの、怪しいところはしらみ潰しに探したので見つかる目処もたたない…そうしても今日も終わってしまった。


 俺はコンビニで夜食の買い物を終え、自分の部署への帰路についた。その時ポケットの携帯が鳴り響く。事件のことを考えていたため、びっくりして急いでケータイの通話ボタンを押すと、それと同時に中村の声が聞こえた。

 「弓原さん!今どこですか!大変です、また事件が発生しました!」

 平穏も束の間、俺はすぐに中村に車を頼み、来た車が止まるった直後に助手席へと乗り込んだ。するとそれを待つかどうかですぐに車は出発して現場へと向かう。

 「ほれ、夜食だ。食え」

俺はコンビニで買ったおにぎりを運転席の中村に投げた。

 「ありがとうございます。もう食ってきたんですけど」

中村は苦笑しつつ渡したおにぎりのカバーを外して咥えた。俺はタバコを取り出そうとして…ふと横の中村を見る。

 「すまんすまん…駄目だっけな、タバコ」

俺の言葉に中村はぺこり、と頭をさげるようにして応じておにぎりを飲み込んだ。

 「あんまりいい思い出がなくって…すみません」

少し申し訳なさそうに中村は苦笑しながら言ってくる。


 …中村には両親がいない。まだ物心もない頃に離婚した上に、父親母親共に引き取らず、親戚の家に預けられることになった。しかし、そこの家の親父はかなりの酒好きタバコ好きで、しかも虐待の日々が続いたという。その頃のトラウマからか、タバコは好きになるどころか全く受け付けない、らしい。


俺は慌ててタバコをポケットにしまった。代わりにもう一個のおにぎりを食べながら現場への到着を待った。


 事件が起きたのはこの前の公園から少し離れた、人影の少ない果樹園だった。第一発見者は果樹園の地主。飼い犬がやたらと吠えるので木の影に人影があったというので声をかけたら既に死んでいたという。本来なら第一発見者から疑うのが筋だが、今回はそういうわけにはいかない。なぜなら、また例の怪文書が見つかったのだ。

 「『100年後の茨の中には衰えぬ愛』…?」

中村が音読すると、捜査員一同、皆首をかしげた。

 「どういうことだ…?」

 「100年後…?何の話だ…?」

意味の分からない文書にざわめく。勿論俺も理解出来ない。一体何のことを言っているのか…?殺されたガイシャと文書、何か共通するものがあるのだろうか?

 「前回の言葉の解読も終わってない…が、こっちの捜査をサボるわけにもいかない。殺し方や文書を残す犯罪パターンからして、やっぱりホシは同一人物だろう。証拠は増えた!洗い出すぞ!」

俺が皆に言い伝えると士気があがったようで、全員頷いて四方に散らばった。

 しかし発見からは残念ながら時間がたっており、(犬が吠えたのはガイシャを襲っていた犯人にではなく、月明かりに照らされた死んだあとの被害者に、ということだったらしい)今更ここ一体に捜査網を敷くわけにはいかないので、結局当たり周辺の捜査ということになり、それらしい証拠品は見つからなかった。そこまで練られた計画的殺人とは思えないものの、やはり季節が影響してか、中々人から情報が得られない。そういった悪条件も重なり、やはり大した情報はまとまらない。


 今回の事件の被害者は『おき しげる』32歳の男性会社員だった。前回と同じく司法解剖も拒否されたためできず、捜査はそこまでとなった。

 三日間で二件起きた事件、つまりこれは連続殺人事件となってしまった。殺人を抑制することができなかったのは悔しいが、この調子だとまたどこかで起きる気がしてならない。


 「弓原さん、これ」

 最初の事件から三日目の昼、度重なる捜査をちょいと抜けて、中村と共に喫茶店に足を運んでいた。

 「ありがとよ」

 中村が運んできたコーヒーを受け取りテーブルに置く。窓の外は既にどこもかしこもクリスマスの雰囲気が立ち込めている。今は2週前だが、特に早いってことはないだろう…、なんてどうでもいいことを考えていると、中村がまた俺の名前を呼ぶ。

 「弓原さん、そろそろクリスマスですねー」

 俺は軽く頷いた。外のサンタクロースを見れば嫌でも思い知らされる。

 「ご家族といっしょにいなくて…いいんですか?」

 中村の言葉に、一瞬ドキっとし、冷や汗が出る。家族…そう。俺には家族がいる。妻に男の子が一人、まだ小学生だ。しかし職業柄、どうしても家に帰る頻度が低く全く接していない。最後にまともに会話したのは三ヶ月くらい前だったのではないだろうか…

 「はは…事件がなんもなければ帰ってたんだがな…」

 俺の言葉に中村も目を伏せて、自分のコーヒーを覗き込む。


 きっと、事件がなくても俺は家には帰らないだろう。妻ともうまくいってない。子どもがまだ小さいからという理由でお互い離婚を避けているだけで、子どもがいなかったらきっともう分かれているだろう。そのことを中村もなんとなく感づいてるから、気を効かせてきっかけをくれているんだろうが、そう簡単に修正できる問題でもない…ましてやクリスマスだからってどうにかなるものでもない。…俺はいつもそう自分に言い聞かせている。



 それから数日…正確には5日過ぎた。最初の事件発生からは9日だ。被害者二人の関連性も全く見つけられず捜査は完全に行き詰っていた。…そんな9日目の夜、3件目の事件が起きた。


 場所は市内の有名なマラソンコースの一角。賑わっている通りから少し離れている場所で殺害されており、目撃証言にも期待できそうにない。

 「それでも、どうやらここの地理に詳しい人間のようですね…相変わらず人の少ない所を突いてきます」

 中村が凍える手に息を吹きかけながら俺に言ってくる。それは一つの犯人像への手がかりの一つだが、やっぱり手がかりが少なすぎる。こんな捜査を続けていても、絶対に犯人には追いつけない。


 俺は悪態をついて空を見上げた。今日も月が綺麗だ。あんな風に悩みを何もなくして空に浮いていられたら…そう、この事件の件だけじゃなく…

 月に見とれていた俺に中村が紙切れをもって駆け寄ってきた。

 「弓原さん、またですよ…怪文書!」

 俺は首を左右に揺すって意識を持ち直して、紙を覗き見る。そこには『愚かな強者は賢い弱者に追いつけず』と書いてあった。

 「全く文章に一貫性がない…一体何のことを言ってるんだ?」

 答えのない問題を考えるのに疲れ、思わず髪をくしゃくしゃと掻いてしまう。すると、中村が神妙な面持ちで紙とにらみ合いをしている。

 「どうした…犯人の顔でも浮かんできたか?」

 俺が皮肉を述べると、「いえ」と冷たく返された。やれやれ、と俺がため息をこぼそうと思うと、「ただ…」と続ける。

 「どうも…この文、見覚えがあるんです」

 犯人が何かを記した文字列に見覚え…?俺は突拍子も無い中村の発言に思わず苦笑してしまった。目星のつく本は徹底的に洗ったのだ。そこになかった文章をたまたま中村が知っているとは考えづらい。

 「あんだけ本を見漁ったしな…記憶が被ってるんだろう?これはただの犯人の創作…」

 「昔読んだ…」

 俺の説得など耳に入っていない様子で、ひとりでに喋っている。これには俺も妙に思い耳を傾け、口を閉じた。

 「うさぎは…昼寝をしてしまいました。すると、うさぎが起きた頃には、いつの間にか競争相手のかめはゴールにたどり着いていました…」

 中村の語りと紙切れの文章が一瞬にして一致した気がした。

 「うさぎとかめ…か」

 信じられないものの、中村にたずねるとゆっくりと頷く。

 「この殺人鬼…童話を紙切れに残していたのか…」

 謎が解けた気がして、全身の力が抜けそうになる。


 「まるで…童話作家…」

 中村が紙を見ながらぼそ、と呟く。

 「グリム…か…」

 まだ子どもが小さい頃に読み聞かせた童話が、ふ、と脳裏に浮かんだ気がした。

童話好きの殺人鬼、本編の中の前編です。

中盤、ちょっとグダグダになってしまいましたが、

そこもラストへの伏線…になると思うので、ぜひ読んでみてください!

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