06.生態調査=検証=
※短編と同じものです※
緑が深い。緩やかな薄い靄が辺りに漂い、どこからか鳥の鳴き声と羽ばたく音がした。
足元には色とりどりの花が咲き乱れる。木々の間から光が差し込み、靄の中を光の筋が走っていた。ふわりと鳥の羽のような木の葉が舞う。
先ほどの池での体験がよほど強烈だったのだろう。いつもならばフラフラと、目移りしながらあちこちに彷徨い歩く狸が、少年の足元から離れなかった。その様子に勝手が狂うと少年は苦笑する。
『いつもこうなら心配ないんだけどね』
「わんっ」
今日だけだと言うかのように犬が小さく吠えて、鼻先で狸の尻を突いた。
狐は偵察に出ていて傍には居ないが、居たら呆れたように鼻を鳴らすのだろうと思う。
『どうしようね……』
ヴァルフ・グリフォンの巣を確認するために鳥の目を使おうと思っていたが、既に鳥は手元にない。他の鳥を探そうにも、玄夢の森に生息する鳥は、色合いが派手なものが多く、忍び込ませるには向かない種ばかりだ。
現に目の前の木の向こうからこちらに飛んできたのは、孔雀のように見事な尾羽を持つ極彩色の鳥だ。頭上を通り過ぎるさい、尾羽が一本抜け落ちてふわりふわりと舞い降りてきた。
落ちる途中の羽根を掴む。青と緑のグラデーションが美しい羽は、貴族の奥方の帽子の羽根飾りにでも使えば映える事だろう。
『マディアス先生の羽ペンにどうかな?』
呟く言葉に反応はなかった。
犬は低く唸る。狐は戻ってきていない。狸はピタリと少年の足に身を寄せていた。
ジョージは胸ポケットに尾羽を入れると指を編む。
何かがいる気配がする。こちらを値踏みするような視線に、首筋がチリチリと熱を持つ。
動けなかった。どのくらい時が過ぎたのか、しばしの緊迫の後、唐突にフッと空気が軽くなる。目の前の圧が消えたのだ。
身体が弛緩する。どれほど緊張していたのかと、深く息を吐いた。荷物から水筒を取り出すと、カラカラになった喉を潤す。
(この辺で安全な水場を見つけたいな……)
水筒を荷物の中に戻す。随分静かだと足元を見れば、緊張に耐えられなかったのだろう。狸が気絶していた。
周囲を警戒していた犬がピクリと耳を動かして、緩く尻尾を振った。どうやら狐が戻ってきたらしい。
花の咲く草むらの中をゆっくりと狐が歩いていた。何かを咥えている。
『おかえり……何を見つけてきたの?』
咥えていたのは鳥の羽根のようだった。受け取ってみれば自身の腕の長さとほぼ同じだ。だいぶ大きい。狐が羽軸の中央付近を咥えたからだろう、若干曲がってはいるものの、状態は良い。咥える力を慎重に加減していたのが分かる。
眺めれば、茶と白の縞模様が特徴的なそれは、大きさは違うものの鷹の羽に酷似していた。
『ヴァルフ・グリフォン……』
その姿は上半身が鷹で下半身が狼。そう、鷹だ。
『思っていたより、大きいね……』
翼のどの箇所の羽根かまでは分からないが、どの部位だとしても推測できる片翼の大きさは自分の身長よりも大きくなるだろう。つまりは、身体もそれだけ大きいということだ。
以前見かけたときは空を飛んでいる姿だっため、ここまで大きいとは思ってみなかったなと、羽根をかざして眺めながらジョージは思案する。
(これが入る洞窟……翼を畳んだとしても開口はだいぶ大きなものじゃないと厳しそうだね)
本当に洞窟に営巣しているのかと頭によぎるが、いったん考えないことにする。
足元では狐が狸を突いていた。狸の目は覚めない。
(巣の中で翼は広げるのか? 広げないまでも、番の成獣二体と幼体とが生活するとなると広さもかなり必要になる)
一度に産む卵は1個から3個と言われているが、確かめた者はいない。あくまでも通説だ。
考え込むジョージの足元で、ハッと目を覚ました狸。慌てて起き上がると少年の足にすり寄り、辺りをきょろきょろと窺っていた。安心させるためだろう。狐は狸を嘗める。
犬は相変わらず周囲を警戒していた。
(グリフォンに対する研究は進んでいない……秘匿してなければ、だけどね)
羽根を背負い袋に入れる。多少折れ曲がるかもしれないが、仕方がないと割り切った。必要なのはヴァルフ・グリフォンの生態に関するレポートだ。羽根じゃない。
『慎重に進むよ……離れないでね』
身体を少年の足にピタリと付けた狸は微かに震えていた。見上げる目はまだ進むのかと言っているようだったが、ジョージは黙殺して、狐と犬に目線で合図を送る。
心得たように狐は偵察に動き出し、犬は周囲の警戒を続ける。狸は足が竦んで動けないようだった。
仕方がないと、一度荷物を降ろし、広めの布を出す。肩にかけて首の後ろで結びスリングにして、狸を布の中に納めた。荷物を背負えば両手が使える。
術式の展開に指で結ぶ印が必要な少年には、両手の自由がないと命とりだった。
「きゅぅーん」
申し訳なさそうに狸が鳴く。軽く撫でて、犬を見る。犬は心得たように先に進んだ。
定期的に狐が戻ってきて安全な道を案内する。
途中、両手を広げたほどの大きさの鼠を犬が捕らえたので、荷物の中から術符を取り出し貼り付けた。腰に下げられるほどの大きさの頭陀袋に入れて、ベルトに括り付ける。
鼠を見てうずうずさせる狸に、自分で歩くかと尋ねれば、目を閉じて丸くなる。
ジョージは苦笑すると、狐の先導の元、犬と先に進んだ。
玄夢の森は、森と名が付いていても実際は小高い山裾に広がる山林だ。それなりに急勾配の獣道が続き、崖もあった。崖の裂け目には空洞も数多くあり、もしそこに営巣されていたら確かめる術はなさそうだと目を細める。
と、崖の裂け目から何かが飛び出てきた。上手い具合に裂け目から飛び出た岩が滑空台になっているのだろう。飛び降りるように飛び出した次の瞬間、大きな翼が開いて風に乗っていた。
上空から見えぬよう木の陰に場所を移して観察する。
(確かに洞窟かもしれない……)
崖の裂け目の中だ。洞窟と言ったら洞窟だろう。
(どうやって中を確認しろと?)
空を飛ぶ魔法は存在するが、空中はヴァルフ・グリフォンのテリトリーだ。追い払われたり、拿捕されたりするならマシで、どちらかというと食料になる未来しか思い浮かばない。
(鳥を失くしたのは痛かったな……)
酷く申し訳なさそうな狸に、狐と犬が目を逸らしていた。
(鼠を巣に持ち帰らせるか?)
術符を貼り付けた鼠の死骸を袋から出して地面に置く。術式を施せば、まるで生きているかのように動き出した。
木々の間、上空から見えやすい方へと遠隔で誘導する。
しばらく動かしていれば、上空から視認できたのだろう。ヴァルフ・グリフォンの動きが変わった。獲物を狙うかのように、急勾配に滑空して地面すれすれまで落ちてきた。
器用に鼠を鳥脚で掴み、上空へと舞い戻る。鳥の前足に戦果を下げて、岩の裂け目へと戻って行った。
戻る姿を確認すれば、上手い具合に岩の裂け目に入る間際、翼を畳んで飛び込んでいる。
『頼んだよ』
背負っていた荷物を降ろし、座り込みながら小さく囁けば、狐と犬が了解したとばかりに周囲への警戒レベルを上げる。
狸をスリングから出す。木の陰に座り込み、両手で複雑な印を結ぶ。
『我願う……』
視界を鼠と同調させる。術符と自分とが繋がる感覚を覚えた。
『共振せよ』
グッと何かに引っ張られるが、現実の自分の身体は動いていない。感覚と現実との剥離感に蓋をして、瞳に意識を向ければ、ごつごつとした岩が見えた。
鼠の眼球を動かして周囲を確認する。フワフワとした獣毛と羽毛が敷き詰められている。ところどころに光るのは魔力の残滓か。
視界がブレる。どうやら、獲物を咥えて巣に投げ入れたらしい。目の前に艶やかな真珠色の壁が現れた。
壁の向こうには、鳥脚と獣脚が見える。複数入り乱れているが、推測するにこれらの脚は番二体分のものだろう。そうなるとこの真珠色の壁は……
(卵か……)
急に暗くなる。暗く成る直前に見えた体毛から、抱卵する個体が入れ替わったのだろうと推測する。暗い中、僅かに明るい光が入り込み、嘴が顔面に広がる。
嘴だ。そして今、自分は鼠の視界を借りている。このまま引き釣り出されて、どうなるのか考えると導き出されるのは、一つしかない。
(まずいっ!)
慌てて同期を切り、意識を自分の身体に戻す。
急に現実の身体の重みを感じ、身体が地面に倒れた。
『危なかった……』
感覚は共有してないとはいえ、生きたまま食べられるのは見たくない。食べられたという記憶が、現実の身体にどう影響するかも未知数で、こんなところで確かめたくもなかった。
「ぽきょー」
心配しているのか、狸が顔をペロペロ嘗める。息が少し生臭い。
『大丈夫だよ』
ぐるりと体の向きを変えて、仰向けに寝た。枝が揺れる。葉と葉の間からヴァルフ・グリフォンが飛び立つ姿がチラリと見えた。
(巣に敷き詰められた親グリフォンの体毛。体毛からは煌めく魔力の光が見えた。孵化のトリガーと何か関係するのかもしれないが、現時点では未確定。抱卵は雌雄交代制)
見えた事柄を並べて整理する。
(巣の広さは確認できなかったな。次は視野の広い贄を探すか?)
腹の上に乗ってきた狸を撫でる。狐と犬は周囲の警戒を怠らない。狐の警告するような低い唸り声は、さっさと起きて動けるようにしろという叱咤だろうか。
むくりと起き上がる。
(とりあえず、簡単なレポートなら、今見た事実だけで間に合うかな)
欲を言えば、卵を手に入れたかったが、あの岸壁を登ろうとは思えなかった。
(今回は諦めよう……次回はワウドゥール数羽捕まえてから来た方が良さそうだね)
荷物を背負う。狸がスリングに入りたそうにしていたが、残念ながらその体力はなかった。
粛々と玄夢の森から脱出する。狐の索敵能力と犬との連係プレーに助けられ、比較的安全な道を進むことが出来た。狸はジョージの足元から離れることはなかった。
オッフェルの森を脱出し、商店街まで戻れば、日常が出迎えてくれる。街の中に入れば、狸の足取りは軽くなっていた。
「ぽきょー!」
顔なじみと挨拶を交わす。その無邪気な姿に少年の顔にも笑みが戻った。




