09.贖罪償還
※この話から書きおろしです※
静かな部屋でぱらりと紙の捲れる音がする。机の上には学生たちのレポートが、袖机には王都からの数々の問い合わせの手紙が重なっていた。
灯の炎がユラリ揺らめく。
マディアスが書類から机に視線を移すと、美しい羽ペンがあった。それを渡してきた少年の姿を思い浮かべる。
まさか自分が彼から贈り物を受け取ることになるなど、予想だにしなかったので、酷く驚いた。
それに……
(あれは6年前のことだったな……)
当時、東方の島国から留学生が来ると話題になっていた。
未開の地とされていた極東に、文化を持つ民族が存在することに驚きを隠せなかったが、そこから来訪するという留学生がどんな野蛮で粗野な者たちであろうかと楽しみにする気持ちが強かった。
船から降り立った彼らは、一様に黒髪黒目の黄色味を帯びた肌の者たちで、聞きなれない言葉を発していて、とても奇妙な生物に見えた。
そんな中、一人異様に幼い子供がいて、こんな子供がどうしてと目をひいた。
船旅での疲れを見せることなく、狐と大小大きさの違う犬を引き連れた子供は、臆した態度も無く「初めまして」と綺麗な発音で挨拶してきた。
「マディアス魔法伯、お会いしたかったです」
それだけ言うと、黙り込みジッと私の顔を見つめていた。
「あ、あぁ……初めまして。坊やは……」
保護者はいないのかと辺りを見回すも、目の前の子供よりは少しばかり年齢が上そうだが、やはり小さな子供ばかりが固まっていた。
「彼らは学院への留学生です」
詳細を求めた私にコンダクター役の外交官が告げる。
「受け入れを打診していましたよね?」
「あぁ……だが、彼らはその……」
幼過ぎるのではなかろうかと言外に尋ねる私に、外交官はカラリと笑った。
「彼らはどうやら私どもに比べて年を取るのが遅いようです。幼く見えるかもしれませんが、既定の15以上だと聞いておりますよ」
フリモリウム魔法学院への入学条件は入学試験への合格と15歳以上だ。それは、留学生にも適用され、彼らは乗船前にテストを受け、合格したのだと外交官は説明する。
後日、その答案を見せてもらえば、たどたどしい文字ではあれど、確かに合格に達しているのが見て取れた。
だが、その時の私はそれを知ることなく、真かと胡乱気な眼差しで外交官を見ていた。
「本当に全員15以上か?」
そんな私に外交官は肩をすくめる。
「あちらがそう言い張れば、こちらとしては了承するしかないですよ」
確かにこちらに確かめるすべはないのだから、そう言われてしまえば仕方がない事なのだろう。
「マディアス魔法伯……」
先ほどから好奇心溢れる眼でジッとこちらを見つめ続けていた幼子が、どこか不安そうな声で私の名を呼んだ。
「お会いしたかったです」
船の中でその言葉だけを必死に練習してきたのだろう。とても美しい発音だったが、彼は自分の発音が悪かったのだろうかとでも思ったのか、軽く首を傾げた。
『ねぇ、僕の発音、間違ってたかな?』
異国の言葉で、狐と犬たちに何かを聞いているようだった。
「ぽきょー!」
焦げ茶色の小さく丸い犬が可笑しな声で鳴き、ヤレヤレと人間臭い仕草で金茶の狐が首を振る。真白い犬が「わふっ」と尻尾を振って鼻面を幼子に近づけた。
それがジョージとの初めての出会いだった。
ジョージは幼い見た目とは裏腹に、非常に高い知能を持っていた。
ある時は、解説を受けた魔法の術式を見て首を傾げ、どうしたのかと聞くと「マディアス先生」と私を見上げて驚くべきことを告げたのだ。
「これ、惜しい、です」
「惜しい?」
『勿体無いって、こっちではなんて言うんだっけ?』
母国語で何やら呟きながら、羽ペンを手に取り、持っていた紙の裏にスラスラと術式を書き記す。
「これ、違う……」
「違う?」
首を傾げる私を見つめて、徐に術式に陣を加え始めた。緩やかに伸びる曲線と分断される既存の術式。けれど、危ういところで術式は崩れることなく均衡を保ち、それまで逃げていた魔力を包み、新たに描かれた術式への導線に添って戻って行った。
「これ、威力? 増える、です」
満面の笑みを浮かべる幼子の表情が私の顔を見て強張る。
私は表情を作ることが出来なかった。子供だましだと、浅知恵だと一笑に付すことなど出来なかったのだ。
「お前は……」
私の十年近い術式開発が、まだ術式の何たるかも分からぬ幼子に覆されたのだ。後ろで誰が糸を引いているのかと怪しむも、だとしたら既に術式特許が出願されているだろう。
(そうだ、術式特許だ……)
幼子が描いた術式を目を皿のようにして確認する。新規、既存に関わらず新たに開発された術式は学院を経由して届け出を出せば、その術式を基に開発した商品のロイヤリティが開発者に還元される。
この術式であれば、私の開発した術式を基に作った商品の効果を大幅に強めることができる。ということは、私に対するロイヤリティが減額、もしくはこの術式の開発者へのみ支払われることとなりかねない。
「特許の出願はしたのか?」
「ときょ、ですか? 僕、言葉、わかりません」
困ったように首を傾げ戸惑う幼子に、私は魔が差した。
「そうか。ならばこちらで取り計らっておこう」
「とり、はから……?」
唇に僅かな笑みを浮かべて、目には困惑を浮かべる。
『どういう意味だっけ? 何かやってくれるってことだよね? なら、お礼言わなきゃ』
幼子がブツブツと呟く。何を言っているかは分からない。自分のたくらみが勘付かれたのだろうかと戦々恐々とする私の顔をジッと見つめ、幼子が口を開いた。
「よろしくお願いいたします」
頭を下げる幼子の姿に、私の心に再度、悪魔が忍び寄る。そして囁くのだ。この功績を自分の物にせよと……。
良心はヤメロと声を荒げていた。教育者として、天に顔向けできぬことはするなと、声高に忠告する。
だが、任期が迫っていた魔法伯の地位が惜しかった。この術式の改良は、続投の足掛かりに手っ取り早かった。開発者である幼子が、いずれ故郷へと帰っていく留学生だということも大きかっただろう。
数年後、ジョージは他の留学生が故郷へ帰っていく船を見送っていた。
「僕の帰る場所は亡くなりました」
隠れるように船を見送ったジョージは、留学生の卒業の証であるメダルを撫でた。
「先生、僕は学院で働くことは出来るでしょうか?」
「学院で働くには……正規の卒業証が必要だ」
魔法は国家機密だ。留学生には教えられない部分が存在する。その部分を除いた単位を修めた証が留学生用の卒業メダルであり、学院で働くために必要な資格には足りなかった。
「奨学金がある。それで学費は賄えよう」
学費だけならばなんとでもなる。あとは衣食住にかかる費用だ。
その時、私の頭によぎったのは、いつぞやのジョージが書き加えた術式だった。あの術式を使った商品のロイヤリティは馬鹿にできない額になっていた。
だが、それを何と言って渡せばいい?
お前の功績を掠め取っていたなど、言えようはずがなかった。
「ジョージ……」
だから、贖罪のように私は告げたのだ。
「死体屋にならないか?」
幼い顔立ちの少年がキョトンと私の顔を見つめていた。
《死体屋》
オッフェルの森で討伐部位だけ採取され、放置された魔物の死体。討伐依頼をこなす学生や値の付く指定部位だけを納品する冒険者が放置したソレを学院に納めれば、私が買い取ろうと提案したのだ。
魔物の身体は余すことなく魔法の触媒に使うことができる。価値が低いと思われている部位とて、研究には重要な素材なのだ。配布先には困らぬほどの当てがあった。
「勉学の合間で構わない……あぁ、そうだね。魔物討伐の単位も工面してあげよう。不足している素材が常時手に入るのならば、そのくらい安いものだよ」
親切めいた言葉を続ける。ジョージから買い取るときに割り増して買い取ればよいと、それで釣り合いが取れるだろうと自分に言い聞かせていた。
だが、ジョージは酷く生真面目な性質すぎた。私の予想を遥かに超える逸材で、適性があったどころの話ではない。
死体を動かすなど、誰も出来ぬことをやらかしたのだ。鈴の音に合わせて動く魔物の死体。
ふざけて状態の良い検体が欲しいと零せば、軽く頷いて、こちらが思っている以上のモノを用意してくる。眩暈がしそうだった。
評判が評判を呼ぶ。これはまずいと、ジョージは私の専属だと魔法伯の地位をかざして嘯いていた。周囲は魔法伯である私に忖度して、ジョージへの接触を諦めているが、私が魔法伯から退任したら、話は変わるのだろう。魔法伯を辞めるわけにはいかなかった。
僅か2年で正規の卒業資格を得たジョージは、研究室に残るよう勧める私の言葉に首を振り……今もなお、死体屋として働いている。
そして、満月のたびに、私の指名依頼を受け、オッフェルの森へ向かい……翌日の夜が明ける前に私の研究室の奥にある実験室に検体を運んでくる。
そのたびに、まだ糸は切れていないのだと、私は安心していた。




