旅人さんは見捨てられない
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
目深に被った緑のとんがり帽子、体を隠すほど大きい緑のマント、革のブーツに腰には短剣、首には竹の呼子笛。
彼は、旅人さん。
たくさんの村や町に訪れて、たくさんの人に出逢い、たくさんのことを教わります。
ある時には、頂く動物への感謝の祈りを。
ある時には、雨を降らせる舞のやり方を。
ある時には、笑い方と泣き方と怒り方を。
旅人さんは旅が楽しくて仕方がありません。
今日訪れたのは、人の少ない小さな村。
ちょっと、木の上から様子を見てみましょう。
◇
ボクの村には不思議なお家があります。
ちょっとだけ窓から覗いたことがありました。
びっくりぎょうてん!
そのお家には、たっくさんの時計が壁にかけられていたのです。
それもそのはず。
だってね、そのお家に入る人は、みんな時計を持って入るから。
だからボクは、そのお家のおじいさんを『時計のお医者さん』って呼んでいます。
――ケホッ、コホッ
咳が出てきちゃったから今日はお家に帰ろう。
次の日、ボクは不思議な人と出会いました。全身が緑のへんてこな人です。
『旅人さん』って言うそうです。
旅人さんはとっても面白い人です。
だって、何にもないところで転ぶんです。
狭い洞窟の中で、頭に気を付けてね、って言ったのに頭を上げて、ゴンッってぶつけちゃうんです。
ボクの最近の楽しみは、そんな狭い洞窟で旅人さんのお話を聞くこと。
今までの旅のお話をしてくれます。
髪が真っ白で生まれた女の子のお話、病で倒れたお母さんを治す花を咲かせようとする少年のお話、他の鳥から嫌われているドードーのお話、欲張りなクッキー屋さんのお話。
どのお話もとっても面白かったです。
「旅人さん、明日もお話聞かせてくれる?」
ボクがそう聞くと、旅人さんはお口を三日月のようにして頷いてくれました。
でもね、約束は守れませんでした。
ボクが倒れちゃったから。
咳が止まらないの、体が熱いの、胸がギュッと苦しいの。
「……旅人さんに、あいたいなぁ……」
◇
ひとり狭くて寒い洞窟で待っていた旅人さん。どんなに待ってもお友達の男の子はやってきません。
次の日、村の人が男の子が倒れてしまったことを教えてくれました。
あそこの家に運ばれていった、と聞きました。時計がたくさん壁に掛けられたあの家です。
ですが、時計の針はどれ一つ動いていません。動いているのは、あの大きな振り子時計だけ。
――コン、コン、コン
旅人さんは時計の家の扉を三回叩きました。
中から出てきたのは、しわくちゃなおじいさん。首からはステート(聴診器)がかけられています。
旅人さんは聞きました。どうしてそんなに時計があるのか、と。おじいさんは答えてくれます。
「この時計たちはな、この村で生きた人々の最後の時を刻んだものなんじゃ。小さい子らはわしのことを『時計のお医者さん』と呼んだりするがなあ」
おじいさんは「ほっ、ほっ、ほっ」とひげを撫でながら笑いました。
「ここに来る人はもう長く生きられない人たちじゃ。この男の子もそう。だが困ったことに、生まれてすぐに両親を亡くしたこの子は時計を持っておらなんだ。お前さんこの子のお友達なんだろう? 時計をひとつ作ってきてくれないかい? 針が自分から動くものじゃなくていい、小さくても、歪でもいい。どうか、頼む」
おじいさんは、深く、深く頭を下げました。
旅人さんは時計を作るために森に行きます。木を切って作るためです。ですが、木の切り方も、時計の作り方も知りません。
「木はこうやって切るんだ。こっちの斧を貸してやる」
腕が足よりも太い木こりが教えてくれます。
「木を彫る時はこうやるのよ。ほらやってみて」
赤茶色の長い髪の彫刻家が教えてくれます。
「墨はこういれるんだよ。そう上手、上手」
優しい顔と声の墨職人が教えてくれます。
一日かけて、男の子のための時計は出来上がりました。
小さくて、下手くそで、針が自分から動かない時計を持って、旅人さんはおじいさんのところに向かいます。
◇
ボクは、もうすぐ死んじゃいます。
わかるんです。
たった五年だ、短い、と時計のお医者さんは泣いてくれたけど、
ボクにはとっても楽しい五年だったのです。
最後にはお友達もできました。全身緑のへんてこな人だけれど。
ギュッと握られた手。大きくて、でもとても冷たいその手をボクは知っています。
「……たびびと、さん。そこに、いるの……?」
手がもう一度ギュッと握られました。
旅人さんはボクに時計を見せてくれました。
小さくて、へたくそで、針が自分で動かない時計だけど、世界でひとつだけのボクの時計です。
旅人さんのお目目から流れるたくさんの涙。
泣かないで、泣かないで。
大丈夫だよ。お空に行っても、ボクは旅人さんと一緒に旅をするから。
春になったら、綿毛になって旅人さんの元に行くからね。
◇
そして、男の子は天使が手招く空へと昇っていきました。
旅人さんが作った男の子のための時計は、最後の時を刻み、先に空へと昇った村の人々の隣に掛けられたのです。
村のみんなが泣いています。
おじいさんのお家にたくさんの人がやってきて涙を零します。
おじいさんが、最後の時を刻もうとしていたからです。
――カチ、コチ、カチ、コチ
大きな振り子時計の針はまだ動いています。
――カチ、コチ、カチ……
おじいさんはゆっくりと目を瞑り、みんなに看取られて空へと昇っていきました。
大きな振り子時計の針を止めた旅人さんは、静かに時計のお医者さんの家を後にしました。
ツーと旅人さんの頬を滑り落ちる涙。
旅人さんは口を弓のように弧を描かせます。
忘れてはいません。ある時に教えてもらった、悲しくても笑う方法を。
旅人さんは、また旅に出ます。
さあ、今度はどんな村や町を訪れて、どんな人と出逢えるのでしょう。
――ピィ―
竹の呼子笛は、次の旅への出発の合図。
そして、出会った人とのお別れの合図。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




