妄想海外旅行 ~ニューヨークの結婚~
「バンコクでマッサージ三昧&フルーツ食べ放題に一票」
ユリアがパソコンに向かいながら、誰に言うわけでもなく呟いた。
「いいね~」
隣で同じようにパソコンに向かっているミホノも呟いた。
「いいよね!やっぱり一週間ぐらい休みとってさぁ」
返事が来たことでユリアのテンションが少し上がる。キーボードを叩く手は止めない。
「うんうん」
ミホノも楽しそうに頷く。
「着いたら取り敢えずマッサージでしょ」
「そうだね」
「日ごろの疲れを、たっぷり時間をかけて癒してもらってぇ」
「あ~、いい!」
「マッサージが終わったらお洒落なホテルのカフェでゆったり優雅にお茶をして、お買い物よね」
「そうだね」
「お買い物だって、いつもみたいにいるものひっつっかんでくるのじゃなくて、ゆっくり時間をかけて、ウインドウショッピング!気に入ったものしか買いませんわよって感じがいい」
「優雅……」
無駄口を叩きながらでも、二人のパソコンを打つスピードは落ちないので、周りの社員たちは注意が出来ない。
「総務は暇なのね」
不意にユリアとミホノの後ろから声がかけられた。
「「リカちゃん」」
そこでやっと二人は手を止めて後ろを振り返った。
「有給でもとるの?」
リカはにこっと笑って二人に訊ねかけた。
「取れるものならとりたいよ」
げんなりとユリアが言った。
「ユリアの妄想海外旅行よ」
ミホノがにっこりと答えた。
「なるほど。ちなみに行き先は?」
リカが面白そうに訊ねる。
「バンコク!この間結婚したお友達が新婚旅行で行ってすんごくよかったんだって」
ユリアが恨めしそうに答えた。
「へ~、私も言ったことあるよ。ご飯とフルーツが美味しかった」
リカがにこやかに言うと、ユリアの瞳がキラキラする。
「いいなぁ!私も行きたい!」
声のヴォリュームが壊れて大きくなりすぎた後輩にミホノがたしなめるように言った。
「でも、ユリアだって来月は韓国行くんでしょ?いいじゃない」
「格安ツアーで一日目と三日目はほぼ移動だけどね」
友達のリッチなバンコク新婚旅行の話しを聞いてしまった今となってはやっと勝ち取った有給で行く韓国もユリアにはくすんで見えた。
「私も六月に韓国行ったけどすごくよかったよ!それにバンコクはごちゃごちゃしてていまいちだったかな。私はプーケットのほうが楽しかった。海もあるし、のんびりできて、物価も安いし、バンコクとおんなじご飯で、マッサージも気持ちよかったし」
落ち込みがちなユリアの周りの空気をもち上げようとリカも努力してみる。効果は薄い。
「それでリカちゃんは総務なんかに何の用?」
少しふてくされたようにユリアが言った。リカとミホノは顔を見合わせて気まずい笑顔をかわした。
「ホッチキスの芯もらいに来たの」
「私持ってるからあげるよ」
ユリアは自分のデスクからホッチキスの芯の箱を取り出してリカに差し出す。
「いや、そうじゃなくて、営業課に欲しいんだけどどうすればいい?」
リカが少し困ったように言った。
「了解、何箱いる?」
ミホノがすっと頭を切り替えて備品を入れている棚に向かった。
「いつもって何箱ぐらいもらってるの?」
リカがあごに手をやって少し考えてからミホノに訊ねる。
「えっと、ちょっと待ってね。控え見るわ」
ミホノが仕事をしているのをリカと一緒にユリアは傍観している。
「珍しいね、リカちゃんが備品取りに来るなんて。別に電話くれたら届けるよ」
「今日はちょっと暇だったから、それに久しぶりにユリアやミホノの顔も見たいなぁと思って」
「うれしい!」
些細な一言に素直に感情を表して、最上級の笑顔を向けてくるユリアに、リカのほうがなんだか恥ずかしくなってしまう。
「そうよね、リカちゃんと会社の廊下ですれ違う以外会ってなかった!この間、焼肉すっぽかされたし!」
都合の悪いことを思い出されてリカは少し逃げ腰になる。
「だって、残業だったんだもん」
「そうだよね、営業さんは忙しいよね。しかもリカちゃん営業成績№1だしぃ」
ユリアが不服そうにそう言った。
「また、ご飯行こうよ!今度はドタキャンしないから!」
半ばヤケ気味にリカが言う。ユリアはその言葉を聞いて「やったぁ♪」と嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、リカちゃんいつが暇?」
さっそくユリアはデスクの上に置いてあったミスバニーのピンクの手帳を開く。
「えっと、その……」
いきおいでいってみただけのリカは自分のあいている予定を思い出せない。
「私はね、お稽古が月曜日と土曜日にあるけど、土曜日の夜なら大丈夫。やっぱり会社帰りがいいよね。今週は予定が立て込んでるけど、来週以降なら結構あわせられると思うよ。ミホノちゃんはどうかな?」
ぽんぽんと自分の中で予定を立てていくユリア、遊ぶことになるとユリアほど有能な人はいないとリカは思った。その情熱をほんの少しでも仕事に向けることは不可能なのだろうか。
「うん、予定確認してからメール入れるね」
少しげんなりしながらリカは取り敢えず、ユリアを納得させることのできる返答をした。
「私もミホノちゃんの予定を聞いてまたメールするね」
ユリアは可愛らしい手帳をパタンと閉めて楽しげにそう言った。
「山吹さん」
廊下からユリアを呼ぶ男性の声がした。
「大東?」
呼ばれたユリアより早くリカが男性の名前を呼ぶ。
「ゲッ!なんで藤沢が何で総務にいるんだよ?さぼるなよ」
「じゃあ、なんで大東は総務にいるのよ?そっちこそさぼるなよ」
「オレは仕事の用できたんですぅ」
「私だって仕事の用です」
同期で同じ課の二人の会話のテンポはぴったり合っていて、聞いていて少し楽しい。
ユリアはにこにこ笑顔で二人の会話を聞いていた。
「そんなことより、山吹さん!」
急に大東がユリアに近づいてきた。ユリアは少し吃驚する。
「パワーポイント使えたよね」
大東はリカに見せたことのないような笑顔でユリアに話しかける。
「はぁ……」
何の前置きもなく言われたのでユリアは戸惑った。
「プレゼンを作っているのだけど、ちょっとパワーポイントの使い方がわからないところがあって、手伝ってもらえるかな?」
大東は押し切るようにユリアに言った。
「はぁ……」
ユリアは押し切られてあいまいな返事を返すが、大東はYESと受け取り、ユリアの右手を左手で掴んだ。
「よかった、ありがとう」
大東はそう言ってユリアを連れて総務を後にする。
「あらら」
ミホノが少し楽しそうに、声だけ困ったように出した。手にはホッチキスの芯が握られている。
「パワーポイントの使い方を教えてもらうために総務ね」
リカがホッチキスの芯をミホノから受け取りながら、呆れたように呟いた。
「リカちゃんだって、ホッチキスの芯をもらうためだけに総務に来てるじゃない」
ミホノが面白がって言った。
「大東と一緒にしないでよ」
リカが嫌そうな顔で言う。
「そういえば、さっきユリアが言ってた、最近結婚した友達って藤野ミヨ?」
リカが少し嫌そうにその名前を口にした。
「ううん、違うよ。大学の時のお友達だって。ちなみにミヨちゃんの新婚旅行先はハワイ。結婚式も家族だけであっちでしたみたい。リカちゃんにも葉書届いてたんじゃないの?青い海と青い空をバックに白い新郎・新婦の幸せそうな姿」
「いや、きてない。たぶんヤツは私が嫌いだし、私もヤツが嫌い。さっさと寿退社してくれてよかった」
「二人は同期だもんね~」
ミホノが少し大人目線でつまらない意地を張っているリカを見つめる。
「新人社員研修のときから、あわなかったわ」
リカが昔を思い出して顔をしかめた。
「懐かしい、新人社員研修とか!」
楽しそげにミホノが言う。
「最悪だった、あんな何にもないところで一泊よ!消灯時間とかあるし、マラソンさせられるし、ご飯不味いし」
リカの顔が忌々しい思い出に更に歪む。
「マラソンはきつかったね、でも結構私は楽しかったなぁ」
ミホノが少し楽しそうに思い出しているのをリカは気持ち悪そうに見た。
「アニメーションのつけ方とか……」
大東はしろどもどろとそう口にした。
「動かしたいところ選択して、メニューバーのスライドショー選択、アニメーションの設定、効果の追加、後は好きなの選んでください」
パソコンの前に座ってユリアがマウスで選択していく。
「じゃあ、これでもういいですね」
ユリアはそっけなく席を立とうとする。二人っきりのミーティングルームは少し居心地が悪い。
「あぁー!ちょっと待って!待って!」
大東は必死に引き止める。
「マグニファイってどうやってつけるの?」
大東は頭の中から絞り出した引き止めの言葉をユリアにぶつける。ユリアは仕方なく椅子に座ってマウスを持つ。
「開始を選択、その他の効果、マグニファイです」
「ありがとう」
「ってゆうか、大東さん。マグニファイ知っている時点で、たぶんつけ方わかっていますよね」
ユリアが少し冷たく言った。
大東は言葉には出さずばれたかという顔をする。
「営業は総務と違って忙しいんでしょ?お仕事しっかり頑張ってください」
ユリアは余所行きの笑顔で言って席を立った。
「オレ、海外に赴任するんだ」
大東が思い切ったように言った。
ユリアは大東が話し始めたので足を止める。
「仕事で海外にはいってみたかったし、赴任するのは楽しみなんだけど」
ユリアの顔を見ることができずに話す大東。
「それは、よかったですね。おめでとうございます」
大東の気持ちを知ってか知らずがユリアはあっさり言った。
「今月は藤沢に営業成績負けているけど、入社してからのトータルの評価だときっと負けてないし。オレ出世すると思うし」
大東の話しは支離滅裂でユリアには何が言いたいのかさっぱりだ。ふと見た大東の袖にカフリンクスがついていた。エミリオ・プッチのそれが可愛くて、お洒落なんだとユリアは思って思わず大東の耳元を見た、ピアスはついてなかった。カフリンクスはお洒落だけど、ピアスをつけている男の人はう~んと思ってしまう。特に仕事の時は。
「オレと結婚して欲しい!」
真っ赤な顔をして言った大東。ユリアは吃驚してまじまじと大東の顔を見た。
どうしてこういう話しになるんだとユリアは大東の話しが噛み合わなくて頭の中でパニックを起こした。
「すごーい」
ミホノがビールを片手にキラキラした目でユリアを見た。ユリアは半ばやけくそのように一気にジョッキのビールを飲み干し、近くにいた店員におかわりを注文した。
「でも、びっくりした。営業に帰るとユリアが『今日焼肉行くよ』って問答無用で誘うから」
リカがジョッキに口をつけながらげんなりした顔で言った。
「だって!飲まなきゃやってられないでしょ!」
ユリアがすぐにきたおかわりのジョッキを半分ぐらいまで飲み終えて二人に言った。
「始めはパワーポイントの使い方で、海外赴任が決まったこと話してて、いきなり営業成績の話しになって、いきなり『結婚』だよ!」
ユリアはドンッとジョッキをテーブルの上に置いた。
「海外赴任するからついてきてくれってことじゃない?」
ミホノがわからないユリアがわからないという顔で言う。
「パワーポイントと営業成績のことは私が影響与えたかも」
リカがユリアに自己申告する。
「大東がユリアの事好きなのみえみえだったからアドバイスしてあげたの。『ユリアは仕事ができる男が好きだよ、しかも要領よく出世する男』って。パワーポイントは世間話の途中に、ユリアはああみえて結構パソコン使えるよみたいな話しをしたからかな」
「なんか私計算高い女に聞こえない?」
リカの申告を聞いてユリアが変な顔をする。
「でも好きでしょ?甲斐性のある男」
「好きは好きよ。でもそれにはちゃんとわけがあって。一回、甲斐性のない男と付き合って、ホテル代からご飯代まで全部出さざるおえない状況になってこりたから」
「私間違ってないじゃん」
「でも!リカちゃんの言い方だと、私がお金目当ての女みたいに聞こえる」
「お金でしょ?」
「お金だけじゃないの!頼りがいとか、気づかいとか、そういうのを総合して判定した結果、仕事ができる人にそういうタイプが多いってわかったの、しかも要領よく出世していくタイプ」
自分はお金だけで男を選んでいるわけではないと必死で説得を試みるユリアだがリカの元にまではどういっても届かないようだ。五月蠅いので「まぁまぁ」と一番年長者のミホノが間に入る。
「それを聞いてもユリアのことが好きで、プロポーズしてくれるんだからいいじゃない」
「だって……、リカちゃんがひどいもん」
納得いかずにまだ言うユリア。
「それでユリアは大東になんて返事したの?」
リカのほうはもう頭を切り替えて、核心に迫っていく。すると、今まで回りがよかったユリアの舌の動きが鈍くなる。ミホノもじっとユリアを見る。
「……逃げちゃった……」
たっぷり時間をかけて、聞き取りにくいほど小さな声でユリアは白状した。
ブッとリカがふきだす。
「大東、可哀想!」
「ユリア、ちゃんと返事してあげなきゃ。大東君はちゃんとプロポーズしてくれたわけだし」
面白がるリカと、母親心を覗かすミホノ。
「だって、だって!いきなりで!」
ユリアは困ったように眉をハの字型にする。
「大東もてるのよ」
リカが面白がったままユリアに言う。
「派遣の女の子にことごとく告白されてたよ」
「へー、すごぉい」
リカ情報にミホノが相槌を打つ。
「まぁまぁの顔だし」
「そうだね、大東君て爽やか系だね。なんか野球してましたって感じ」
「実際してたらしいよ、野球。私にはちょっと物足りない顔だけどね」
「リカちゃんは濃い顔が好きだから」
「まぁね。仕事もできるし、性格も表面上はいいし」
「表面上って」
「だって仕事離れた大東は知らないもん」
リカとミホノの会話を聞きながら、逃がした、正確には今逃がしかけている魚は、なかなか大物かもしれないと気づいて少しユリアは考え込んだ。
「ユリア、今なら間に合うよ」
ゆれるユリアの心を読み取ってリカが甘い誘い文句を口にする。
「ちょっといいよね、海外生活」
英語もしゃべれて、大学時代友達とアメリカ横断一ヶ月旅行をしたことのある、海外好きのミホノが少し羨ましそうに行った。
「でも、私!大東さんと接点なんて全然なかったし!よくしらないし!」
残っていたビールの一気飲みしてユリアが最大の問題点を言った。
「昔はお見合いでよく知らない人のところに嫁いだんだし、なんとかなるって」
リカが他人事なので無責任に言った。
「私は現代人よ!」
ユリアが少し怒ったように声を荒々しくする。
「条件はいいんだからいいじゃん」
リカが懲りずに言うのでユリアはギロッと睨んだ。
「後で後悔するかもよ。独身で三十代の終わりぐらいに『あの時大東さんについていっていたら、こんな惨めな思いしなかったのにぃ』って」
「ミホノちゃんは自分の心配しなよ!もうすぐ三十一だよ!私はたまたま今彼氏がいないだけだもん!」
「だから心配してあげてるんでしょ」
ユリアの言葉には傷つかずにもうすぐ三十一歳、独身、彼氏なしのミホノは言う。上記に付け足しておくとなかなか美人だ。
ユリアの心は確実に揺れた。
次の日の帰り、リカに会社近くのスタバに大東を呼び出してもらった。
返事は早いほうがいいと思った。なにより考えてもユリアにはいい答えは出せなさそうだった。
早くこの一連の全てを終わりにしてしまいたくてユリアはキャラメル・マキアートのカップをぐっと握った。
大東はまだこない。まだ仕事をしているのだろう。こられないようならリカを通じて連絡が入るだろう。
スタバに染み付いたコーヒーの香りがユリアの胃をぐっと刺激し、キリキリと痛む。
しばらくすると大東が息を切らせてスタバに駆け込んできた。
ユリアの姿を見つけると真っ直ぐこちらに歩いてきて「お待たせ」と爽やかに言って席に座る。
いざ敵を目の前にするとユリアはまだ心の準備ができず「何か注文しないのですか?」と大東に聞いた。大東は「今日はいいや」と爽やかな笑顔のまま答えた。
嫌な沈黙が二人を包む。ユリア以上に大東にとっては嫌な沈黙だった。
空気を換えようと大東が口を開きかけたとき、ユリアが声を出した。
「これから大東さんを好きになるかもしれません。でも、今は結婚できません、海外にもついていけません」
これが一晩考えたユリアの答えだ。
「もっとはやくに告白しておいたらよかったな」
めげない笑顔で大東は言った。
「そうかもしれませんね」
ユリアは苦笑した。
「ちなみにオレの赴任先、ニューヨークだよ」
「ちょっといいなと思いますけど、私英語しゃべれませんし」
少し残念そうにユリアは言う。
「言葉なんて後からどうにでもなるよ」
「そうかもしれませんね」
「バーニーズ本店も、バーグドーフ・グッドマンもあるよ」
大東は的確にユリアの心を揺さぶる。
「行きたいけど、今の私には妄想海外旅行がちょうどいいんです」
誘惑を振り切るようにユリアは言った。
「そっか……」
大東は引き下がった。
言うことを言ってしまって少し余裕のできたユリアは大東のシャツの袖を見た。今日もカフリンクスがついている。
「たくさん仕事して、お金貯めたら、有給とって、遊びに行くのでニューヨーク案内よろしくお願いします」
可愛い笑顔を大東に向けてユリアは言った。
「了解!なんなら旅費ぐらいだすよ!」
大東は嬉しそうに言った。
ユリアはある意味嬉しい大東の申し出だったが、『私はお金目当てじゃない、私はお金目当てじゃない』と呪文のように心の中で呟いて、何も言わずににっこり微笑んだ。
「よし!来年はニューヨークだ!」
次の日、パソコンに向かいながらいつも通りユリアが言う。
「やっぱり行きたかったんだ」
ミホノが隣の席でしたり顔で呟く。
「ちょっとはね」
ユリアが照れくさそうに顔をしかめる。
「ミヨちゃんに続いて総務から年内にもう一人寿退社かな」
ミホノは少し複雑そうな顔で、でも微笑む。
「それはないって」
「わからないじゃん」
「いや、ないね」
「人生なんていつでも急展開するものですから」
次第に大きくなる二人の声に耐えかねた前の席の男性が声を上げた。
「真面目に仕事してください!」
ユリアとミホノはあからさまに冷たい視線を注意した男性社員に向ける。それでも男性社員はひるまない。
ユリアとミホノがパソコンの画面に視線を戻すと、男性社員は席から立ち上がり書類を持ってどこかに向かう。
「私ね、ヤツの声を聞くとなけなしのやる気がなくなってくるの」
パソコンのキーボードをなかなかのスピードで叩きながら、無表情にユリアが言った。「私も」とミホノが答えた。
「ヤツの声って、十二チャンネルっぽくない?」
「教育テレビ?」
「うん、なんか十二チャンネルの声って感じ」
ユリアは自分の中で納得してその話しを終わらせた。
そしてキーボードを叩きながら、ユリアの頭の中の飛行機は青い空に飛び立っていく。
プラハにフランス、上海、香港、台湾、バンコク、プーケット、イタリア、カナダにニューヨーク、etc.etc.。
ショッピングして、いいホテル泊まって、美味しいもの食べて、オーロラ見て、海に入って、美術館に行って、とびきり素敵な恋をする。