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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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70/73

第70話 承認の順番

 『正式運用 承認順』


 見出しの下に並べた場は、どれも似ているようで違っていた。


 集会所。

 保全会。

 村議会。

 村長部局。

 協定書。


 どこへ先に出すかで、話の顔が変わる。

 集会所から入れば生活の話になる。

 保全会から入れば管理の話になる。

 議会から入れば予算の話になる。


「順番を間違えると、何が起きますか」


 僕が聞くと、菜々さんはすぐに言った。


「たぶん止まる」


「どこで」


「一番もっともらしい場所で」


 その言い方が嫌だった。

 でも、たぶん正しい。


 僕はAIに、昨日の会合のメモを入れた。


 正式運用に必要な承認経路を、生活利用、保全会管理、村予算、協定書の四つに分けて整理したい。

 最初に通すべき場と、止まりやすい理由を出してほしい。


 返ってきた案は、かなり素直だった。


 1. 仮運用報告を集会所で確認。

 2. 保全会に管理対象外または協力範囲を確認。

 3. 村長部局へ協定案を相談。

 4. 議会へ予算または報告事項として上げる。


 止まりやすい理由。

 責任者不明。

 予算費目不明。

 民間所有物の公共利用。

 既存組織との重複。


 正しい。

 でも、足りない。


 AIは承認経路を整理してくれる。

 けれど、僕が本当に詰まっているのはそこだけではなかった。

 仮運用の事実を、相手ごとの紙へ写し替える作業が多すぎる。


 利用記録。

 同意範囲。

 持出記録。

 返却記録。

 終了確認。

 次回準備。


 同じことを、集会所用、保全会用、役場用、議会用に少しずつ言い換える。

 そのたびに、人の名前を出すか、家名までにするか、地区名だけにするかを判断する。


「これ、Webアプリにしましょう」


 菜々さんが言った。


「アプリ?」


「ええ。運用帳をそのまま画面にする。案件を登録して、持出、返却、終了確認、同意範囲を入れる。そこからAIエージェントに、提出先ごとの紙を作らせる」


 彼女は僕のノートに、簡単な図を書いた。


 運用記録。

 利用者同意。

 備品台帳。

 承認順。


 そこから矢印が伸びる。


 集会所用確認表。

 保全会用重複確認表。

 役場用責任分界表。

 議会用要望整理。

 公開用匿名実例。


「AIが判断するんですか」


「判断はさせない。変換させるの」


 菜々さんは、そこをはっきり分けた。


「誰の名前を出すか、どこまで出せるかは、人間が決める。AIエージェントは、その範囲内で紙を作る。出してはいけない名前を消し、提出先に必要な項目だけを残す」


「でも、利用者の名前や薬の話をクラウドAIに入れるのは危ないです」


 言ってから、自分でも少し強い声になったと思った。


 北山さんの奥さん。

 坑口側の家。

 薬。

 納屋。

 あやかの地図。


 その全部を外へ投げるのは、山ノ上保管場所の思想と逆だった。


「だから分ける」


 菜々さんはすぐに言った。


「クラウドAIに出すのは、制度、書式、公開資料、一般論。個人名、家名、連絡順、同意範囲、あやかが持っている家の線のメモはローカルに置く」


「ローカル」


「小さいLLMでいい。村の中の資料だけを検索するRAGにする。運用帳、確認表、地域会のメモ、役場の回答、保全会の資料。外へ出せないものは、外へ出さずに引く」


 RAG。

 検索して、必要な資料だけをAIに渡す仕組み。


 僕は、そこで少しだけ見えた気がした。

 紙を全部AIに食わせるのではない。

 必要な時に、必要な資料だけを、出していい範囲で引く。


「つまり、村の中の記録庫を作るんですね」


「そう。紙の記録庫を、検索できる記録庫にする」


 菜々さんは言った。


「ただし、権限つきでね。家の線のメモは全員に見せない。利用者の同意範囲も、公開用と役場用で違う。だから、アプリ側で見せる範囲を分ける」


 僕は、新しい紙に見出しを書いた。


 『山ノ上運用支援システム』


 案件登録。

 利用者同意範囲。

 持出・返却。

 終了確認。

 次回準備。

 提出先別出力。

 ローカルRAG。


 書いた瞬間、紙の束が少しだけ別のものに見えた。

 煩雑さをなくすのではない。

 煩雑さを、同じ場所から出せるようにする。


「全部、言われそうですね」


「言われるわね」


 菜々さんは、画面を覗き込みながら答えた。


「じゃあ、最初は集会所?」


 あやかが聞いた。


「生活実績から入るなら、集会所」


 僕は答えた。


「でも、保全会を飛ばすと、大滝側は怒る」


 菜々さんが言う。


「保全会を先にすると、管理論で止められる」


 あやかが顔をしかめた。


「どっちも嫌じゃん」


「だから、集会所で仮運用報告。保全会には、管理を奪う話ではなく、重複確認として出す」


 僕は紙へ書いた。


 集会所。

 生活実績の確認。


 保全会。

 既存管理との重複確認。


 村長部局。

 協定案の相談。


 議会。

 予算・正式報告。


 その横に、アプリで出す紙も書き足した。


 集会所。

 生活実績の確認表。


 保全会。

 既存管理との重複確認表。


 村長部局。

 所有・保管・使用の責任分界表。


 議会。

 地域要望整理と匿名実例。


 その順番なら、いきなり権限を取りに行く形には見えにくい。

 でも、結局は同じところへ向かう。



 夕方、宮本さんに見せると、彼女はすぐに言った。


「議題にできる人が要るね」


「議題にできる人?」


「集会所はいい。私でも声はかけられる。保全会も、松原さんがいれば話はできる。でも、議会は違う」


 そこだった。

 紙があるだけでは、議題にならない。

 議題にする席を持っている人が要る。


「個人で言うとね」


 宮本さんは、そこで湯飲みを置いた。


「それは困ってるなら自分でやりな、で終わることが多いんだよ。可搬電源が要るなら自分で買いな。照明が要るなら自分で付けな。そういう話になる」


「地域会を通すと違うんですか」


「違う。地域会で確認された困りごとは、個人のわがままじゃなくて、その地区の声になる。そうなると役場も聞く顔になるし、議会も予算や報告の話にできる」


 個人の困りごと。

 地域会の声。

 同じ内容でも、通る場所が変わるだけで、扱われ方が変わる。


「それに、地域会は声だけじゃない」


 宮本さんは続けた。


「この村では、役場の補助だけじゃなくて、電力会社からの振興資金も地域会へ入ってきた。原発立地の地区だからね。だから地域会には、少しずつだけど資産がある。備品もある。積み立てもある」


「だから、地域会で確認された要望になると」


「役場も議会も、ただの個人要望とは扱いを変える。地域の財布と、役場の補助と、議会の予算がつながる話になるから」


「山ノ上の話も、個人で持っていくと自費の話になる」


 宮本さんは続けた。


「でも、地域会の確認を通せば、最低機能をどう守るかって話に変わる」


「村長部局も同じですか」


「同じだよ。窓口へ持って行くことはできる。でも、向こうが正式な話として受けるかは別」


 宮本さんは、承認順の紙を見た。


「順番は悪くない。でも、これを出せる人の順番も書きな」


 また一段、実務に下りた。


 僕は新しい欄を作った。


 提出者。

 同席者。

 説明者。

 確認者。


 あやかが小さく言った。


「選挙みたい」


 その言葉で、部屋が少し止まった。


「まだ選挙ではありません」


 僕が言うと、菜々さんは静かに言った。


「でも、近づいているわね」



 夜、承認順の紙を打ち直した。


 通す場。

 通す順番。

 出せる人。

 止まりやすい理由。

 先に潰す紙。

 システムから出す紙。


 運用の紙を作っていた時より、見えないものが多い。

 でも、ここを避けると正式運用には入れない。


 最後に、僕は一行だけ足した。


 『議題化できる席が必要』


 その一行だけ、他のどの欄よりも重く見えた。


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