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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第50話 置くための紙

 翌朝、僕は『個別面談メモ』ではなく、その横に置いた別の紙を先に開いていた。


 『必要手続一覧』


 昨日の説明会では、山ノ上を保管拠点へ変える話まで前に出した。

 言葉としては通った。

 でも、通ったことと、置けることは別だ。


 土地がある。

 構想がある。

 更新表もある。


 しかも、ただの空き地じゃない。

 法務にコストをかけて、隣接地を拾いながら、1.5ヘクタール近くまで繋いできた原野だ。


 それでも、紙が足りなければ箱は置けない。


「顔つきが昨日と違うわね」


 菜々さんが、台所の方から言った。


「今日は説明じゃなくて、手続の方なので」


「ええ。ようやく法務回らしくなってきた」


 彼女はそう言って、机の上に三つの束を置いた。


 山ノ上保管拠点概略案。

 止めないための電力。

 回路比較。


「今日は、これを“置くための紙”に変えるわよ」


「何からですか」


「用途」


 即答だった。


「箱を置く時に最初に問われるのは、大きい夢じゃないの。そこに何を置いて、何をしないかよ」


 その言い方で、僕は昨日までの自分のメモを見直した。


 可搬電源。

 予備電池。

 更新待ち機器。

 簡易サーバー。


 これだけ見れば十分な気がしていた。

 でも、菜々さんの言う通り、それは置く物の名前でしかない。

 用途の紙にするなら、


 保管。

 点検。

 更新待機。

 非常時持出し。


 そういう動詞が要るのだ。



 午前中、僕たちは用途の紙を一枚で作り直した。


 『山ノ上保管拠点 用途整理』


 1. 可搬電源・予備電池の保管

 2. 非常時用照明機器の点検待機

 3. 更新前機器の一時保管

 4. 写真・更新表の簡易記録閲覧


 そして、その下へ、わざと大きく書いた。


 『常時稼働の大規模設備を置かない』


 1.5ヘクタール近くあるからといって、全部をいきなり事業用地みたいに使う話ではない。

 最初は、その一角に小さい箱を置く。


「そこ、必要ですか」


 僕が聞くと、菜々さんは迷わず頷いた。


「要るわよ。何をやるかと同じくらい、何をやらないかが大事なの」


 たしかにそうだった。

 最初からサーバー群だとか、発電設備だとか、企業誘致だとか、そういう顔を見せると話が飛ぶ。

 でも今の段階で必要なのは、村の機能を止めないための保管と更新の紙だ。


「じゃあ、次は規模ですか」


「ええ。用途の次は規模」



 昼前、僕は建設課へ行くためのメモをまとめた。


 保管小屋。

 可搬電源。

 予備電池。

 簡易サーバー。

 どのくらいの大きさまでなら、どういう見方になるか。

 保管庫として見るのか、設備棟として見るのか。


「また役場ですか」


 あやかが集会所へ顔を出して、笑った。


「今度は何の紙」


「置くための紙」


「便利屋じゃなくなったどころじゃないね」


「もうそこは通り過ぎた」


 僕がそう言うと、あやかは少しだけ目を丸くした。


「黒部くん、言うようになったな」


「言わないと回らないから」


 たぶんそれが、この数話で一番変わったところだった。

 前なら、言い切る前に少し引いていた。

 でも今は、紙の順番が先に見えているから、そのぶんだけ口も前に出る。



 役場の建設課で、若い職員は前よりあからさまに嫌な顔をしなかった。

 もう僕たちが一回きりの思いつきで来ていないことが、何となく伝わっているのだろう。


「今日は何です?」


「山ノ上の保管拠点の話です。用途を整理してきました」


 僕がそう言って紙を出すと、彼は最初にタイトルを見て、その次に『常時稼働の大規模設備を置かない』の一文で手を止めた。


「最初からそこまで書いてくるんですね」


「そこが一番誤解されやすいので」


 職員は、それには返事をしなかった。

 代わりに、用途整理の一枚を最後まで読んだ。


「保管と点検待機が中心なら、まず見るべきは小屋の規模と基礎ですね」


「基礎」


「はい。完全に固定でやるのか、比較的簡易な保管庫として始めるのかで、見方が変わるので」


 その返事は、すごく助かった。

 法律の条文をその場で聞きたいわけじゃない。

 役場がまず何を気にするかが分かれば、それでいい。


「じゃあ、最初に必要なのは」


「配置図、現況写真、用途説明。それと、できれば小屋の大きさ」


「電気設備は?」


「後からでもいいです。ただ、常設の電気工事をどこまで入れるかは早めに見た方がいい」


 横でメモを取っていた菜々さんが、その言葉をすぐ拾った。


「じゃあ、建物の紙と、電気設備の紙は分けた方がいいですね」


「その方が話は早いと思います」


 僕は、その場で『必要手続一覧』の一番上に書き足した。


 1. 用途整理

 2. 配置図

 3. 現況写真

 4. 小屋規模案

 5. 電気設備別紙


 たった五つだ。

 でも、五つに切れた瞬間、山ノ上の話はかなり実務っぽくなった。



 役場を出たあと、菜々さんはすぐに言った。


「黒部くん、次は図面ね」


「図面って、そんな立派なの要ります?」


「立派じゃなくていいの。置く位置が分かる紙」


「誰が作ります?」


「最初は自分たち。必要なら後で専門家に整えてもらう」


 その順番も、今の僕にはかなりしっくりきた。

 いきなり全部を外注しない。

 でも、自分で抱えすぎて紙が甘くなるところは、あとで専門家へ渡す。

 43話で引いた『抱える線と渡す線』は、こういうところでも効くのだ。



 午後、山ノ上へもう一度上がった。

 今日は後藤さんも一緒だった。


「今度は何を測る」


「小屋の位置と、電気設備の紙を分けるための見立てです」


 後藤さんは、そこで少しだけ笑った。


「ようやく現場と紙が揃ってきたな」


 候補Bの区画へ行くと、僕たちはメジャーと杭で大まかな位置を切った。


 道路から入る動線。

 軽トラが寄せられる位置。

 小屋。

 外で一時置きする場所。

 可搬電源を積み替える場所。


 菜々さんはタブレットの上へ簡単な四角を置いていく。


「保管小屋はここ。道路から見えすぎないけど、寄せすぎでもない位置」


「更新待ち機器は?」


「小屋の中に混ぜない。外の仮置き側」


「簡易サーバーは」


「小屋の一角。でも、最初は記録閲覧用だけ」


「最初は、って便利ですね」


 僕が言うと、菜々さんは笑った。


「便利よ。法務の紙は、最初から全部を抱えないためにあるんだから」


 後藤さんは、その配置を少し見てから言った。


「常設の工事は分けて書いた方がいいな。小屋を置く話と、電気を引く話を一枚にすると重く見える」


「やっぱり」


「うん。まず小屋。次に最小限の照明とコンセント。蓄電設備はさらに別でいい」


 その切り方は、かなり大きかった。

 僕はてっきり、保管拠点なら最初から全部を一つの手続に入れるのだと思っていた。

 でも違う。

 置くための紙と、動かすための紙は、分けた方が強い。


「じゃあ、必要手続一覧、さらに切れますね」


「切れるわね」


 菜々さんは、その場で新しい欄を足した。


 建物。

 電気。

 保管運用。


 たしかにそれなら、説明もしやすい。



 山を下りる前に、僕はもう一つだけ気になっていたことを聞いた。


「後藤さん、これ、将来もっと増やすとしたら」


「増やす?」


「可搬電源だけじゃなくて、蓄電設備とか、簡易サーバー置場とか、その先」


 後藤さんは、すぐには答えなかった。

 代わりに、足元の区画線を見た。


「その時に効くのは、最初の箱そのものより、周りの地番がどう繋がってるかだな」


「やっぱり法務ですか」


「そう。小屋一つなら現場の話でどうにかなる。でも、その先で動線を広げるなら、隣が誰の土地かで全部変わる」


 その返事で、僕は自分で書いた『隣接拡張余地』の欄を思い出した。

 まだ気が早いと思っていた。

 でも、現場の人間から見ても、そこが先の差になるらしい。


「じゃあ、次に見るべきなのは」


「未取得の隣接地だな。少なくとも、どこがまだ他人の線なのかははっきりしとけ」


 それはかなり法務の話だった。

 電気の現場の人間が、最後にそこへ戻る。

 この物語がやりたいことは、たぶんやっぱりそこなのだと思った。



 夕方、集会所へ戻ると、僕は『必要手続一覧』を完全に書き直した。


 『山ノ上保管拠点 必要手続一覧』


 1. 用途整理一枚

 保管、点検待機、更新前一時保管、記録閲覧


 2. 現況写真・配置図

 道路からの動線、軽トラ寄せ、保管小屋位置、仮置き位置


 3. 小屋規模案

 保管庫としての最小寸法、常時稼働設備を置かない前提


 4. 電気設備別紙

 照明、最低限コンセント、可搬電源保管、将来拡張は別扱い


 5. 保管運用表

 搬入、点検、更新待ち、持出し、返却


 6. 隣接拡張確認

 将来の拡張余地と未取得隣接地の整理


 こうして書くと、急に怖さが減った。

 法律の海へ飛び込む感じじゃない。

 やることを順番に置いた紙になる。


「いいじゃない」


 菜々さんが、後ろから覗き込んで言った。


「今まででいちばん法務っぽいかも」


「そうですか」


「ええ。制度を知ってる顔じゃなくて、制度に合わせて事業の順番を切ってる顔になってる」


 その言い方は、かなり嬉しかった。

 僕がやりたかったのは、まさにそれだったからだ。



 夜、最後に僕はもう一枚だけ紙を足した。


 『渡す先』


 建物の紙は、建設課の見方に合わせる。

 電気設備別紙は、後藤さんの見立てを先に入れる。

 必要なら、図面整理は佐々木さんに渡す。


「また帳面増やすんですか」


 菜々さんが笑う。


「増やします」


「今度は何のため?」


「自分たちで抱えるところと、専門家へ渡すところを最初から曖昧にしないためです」


 そう言うと、菜々さんは珍しくすぐ何も返さなかった。

 少ししてから、静かに頷く。


「黒部くん、それよ」


「何がですか」


「向こうとの一番の違い。向こうは最後に合う形へ閉じる。こっちは、最初に渡す線まで紙にする」


 その言葉を聞いて、僕は新しい欄の一番上に書いた。


 『建物 自分たちで叩き台、必要時に専門家確認』

 『電気 後藤さん確認後に分離』

 『法務整理 佐々木さんへ確認候補』


 それだけだ。

 でも、それだけで、山ノ上の小さな保管拠点は少しだけ本当に置けるものに近づいた気がした。


 説明会用要約の時とは違う静けさだった。

 こっちは前に出す紙ではない。

 でも、前に出した話を現実に変えるためには、こういう地味な順番の方がたぶん要る。


 外はもう暗くなっていた。

 山は見えない。

 それでも、あの斜面のどこに小屋を置いて、何の紙を先に出すかまでは、もう机の上で見えている。


 その夜、必要手続一覧の最後に、僕は次の見出しを一つだけ足した。


 『個別面談 確認項目』


 置ける紙ができたなら、次はそれを持って、どの家がどこで引っかかるかを聞きに行く番だった。


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