表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

第8章:待ち伏せと跳躍

# 第8章:待ち伏せと跳躍


**年齢:7歳場所:囁きの峡谷**


雨は止むどころか、激しさを増していた。峡谷の未舗装路は、泥の川へと変わりつつあった。


**『囁きの峡谷』**。

それは地図上に刻まれた地質学的な傷跡だ。両側に切り立った崖がそびえ、獣のあごのように街道を圧迫している。暗く、湿っており、待ち伏せの臭いが充満していた。


馬車の中、沈黙が重くのしかかっていた。

3日前の検問所での一件以来、父は変わった。口数が減り、瞑想の時間が増えた。穏やかな好々こうこうやのような雰囲気は消え、長い眠りから覚めた戦士の、研ぎ澄まされた鋼のような気配に取って代わられていた。


「止まれ」

アーサーが目を開けた。その青い瞳は氷のように鋭かった。

「何かがおかしい」


俺は既に起きていた。

最後の一切れの乾燥マムシを噛み締め、その塩気と獣臭い風味を味わっていたところだ。

俺は**『知覚範囲』**を展開した。


*(心音30)*

俺は即座に分析した。

*(上の岩場に潜んでいる。呼吸のパターンが荒く、同期していない。アドレナリン値が高い)*


窓の隙間から外を覗く。

見えた。革鎧と錆びついたチェインメイルを纏った男たちが、ロープを使って崖を降りてきている。傭兵だ。


*(脅威レベルを評価する)*

俺は内部データベースを検索した。


この世界では、強さは**『ランク』**で分類される。武林で言う「三流」「一流」のようなものだ。ここでは称号が使われる。


- **ランク1(従者):** 雑魚キャノン・フォルダー。農民より強い程度。自分の足を切り落とさずに剣を振れるレベル。

- **ランク2(歩兵):** 運動能力が高い。ゴロツキ3〜4人を相手にできる。町の衛兵の多くはこのレベルだ。

- **ランク3(正規騎士):** ここからが危険だ。彼らは**『鉄皮アイアン・スキン』**を持つ。マナ(または気)で体を覆い、矢や軽い打撃を弾くことができる。

- **ランク4(熟練騎士):** **『オーラ・ブレード』**を使える。剣が発光し、鋼鉄の鎧をバターのように切断する。

- **ランク5(精鋭騎士):** **『放出』**が可能。飛ぶ斬撃。火の玉。


俺は崖をスキャンした。

*(ランク1が25人……ゴミだ)(ランク2が4人……鬱陶しいゴミだ)(リーダーが1人……ランク3。正規騎士レベルか)*


ランク3の傭兵団長に対し、病気の男爵と、女子供を乗せた馬車。

通常なら、一方的な虐殺になるだろう。

だが奴らは、俺の向かいに誰が座っているのかを知らない。


父、**アーサー男爵**は、マナ詰まりのせいで身体的には障害者と見なされていた。

だが、純粋な**『洞察インサイト』**において、彼は**ランク7(超越者/グランドマスター)**の領域にいる。

アーサーはマナを使えないため物理的にはランク7ではない。だが、彼の『精神』はそこにある。そして門での俺の「授業」のおかげで、彼の精神にもはや迷いはなかった。


**ズドォォォン!**


巨大な岩が10メートル先の道を塞いだ。泥が空中に爆発する。馬が悲鳴を上げ、前足を上げて暴れた。

馬車が激しく揺れ、停止した。


「敵襲!」御者が叫んだ。

*ヒュッ。ヒュッ。*

二本の矢が御者の胸を貫いた。彼は座席から転げ落ち、泥にぶつかる前に絶命した。


「サラ、エレナを守れ! 伏せていろ!」

アーサーがドアを蹴り開けた。


彼は雨の中へと踏み出した。

すぐに剣を抜いたりはしなかった。貴族のコートから雨水を滴らせながら、馬車を取り囲む30人の男たちを静かに見回して立っていた。


「殺せ!」崖の上から声が轟いた。「ドラヴェン伯爵が奴らの首をご所望だ! ガキにはボーナスが出るぞ!」


傭兵たちがロープを滑り降り、重い音を立てて泥に着地した。

傭兵団のリーダー巨大なグレートアクス(大斧)を担いだ大男が一歩進み出た。彼は黄色い歯を見せてニヤリと笑った。

「おやおや。足の悪い男爵様か。娘を差し出せば、苦しまずに殺してやるぜ」


アーサーはリーダーを見た。

恐れているようには見えなかった。むしろ……退屈そうに見えた。


「**『鉄皮』**使いか」アーサーの声が雨音を切り裂いた。「ランク3。野盗にしては上出来だな」


「俺様は傭兵団長だ!」プライドを傷つけられたリーダーが吼えた。「死ね!」


彼が突進した。

大斧が振り下ろされる。マナを帯びて唸るその一撃は、岩を真っ二つに砕く威力があった。


アーサーは動かなかった。

斧が鼻先数センチに迫るまで。


*シフト(移行)。*


アーサーは避けなかった。ただ……異なる場所へ存在を移しただけに見えた。

一歩前へ。斧の内側の死角デッドゾーンへ。

彼は剣を抜いた。


**セン。**


派手な技ではない。単純な「抜き打ち」だ。

だが、そこには**『剣意』**が込められていた。

「意」は耐久力を無視する。「意」は標的という概念そのものを切断する。


*スッ……。*


リーダーの「鉄皮」本来なら普通の剣を弾き返すはずの防御が、濡れた紙のように両断された。

リーダーが凍りついた。

首筋に、細い赤い線が現れた。


「な……ぜ……?」リーダーが喉を鳴らし、唇から血の泡を吹いた。「俺の肌は……」


「肌など無意味だ」アーサーは囁いた。「魂が遅ければな」


リーダーの頭が肩から滑り落ちた。

*ドサッ。*


残りの29人の傭兵が凍りついた。

ランク3の強者であるボスが、「不具者」に一撃で殺されたのだ。


「次」アーサーは剣についた血を払いながら言った。


「や、やっちまえ! 所詮はジジイ一人だ!」


群衆が襲いかかった。

それは間違いだった。

アーサーは幽霊のように動いた。防御にエネルギーを浪費しない。受け流し(パリー)、誘導する。

槍の突きが来れば、柄を軽く叩き、穂先を隣の仲間の喉へと送る。

剣が足を狙えば、刃を踏みつけ、使用者の眼球を貫く。


虐殺だった。

30秒で、10人が死んだ。


*(美しい)*

俺は窓の隙間から見ていた。

*(武林の長老のような戦い方だ。最小の努力で、最大の致死性を発揮している。彼は本当に教えを理解したようだ)*


だが、その時。

俺は見た。

アーサーの顔が紫色に変色するのを。

彼が胸を鷲掴みにした。


「ガハッ!」


**マナの詰まり。**

「剣意」の使用は、強烈な集中とエネルギー流動を必要とする。彼の詰まった心臓は、グランドマスターレベルの負荷に耐えられなかった。

発作だ。


アーサーは片膝をつき、血を吐いた。剣を泥に突き立てて体を支えるのが精一杯だ。


「お父様!」エレナが悲鳴を上げた。


残った傭兵たちがそれを見た。

「倒れたぞ! ジジイが死にかけてる! 今だ!」


彼らが殺到した。

アーサーは必死に剣を振るい、彼らを寄せ付けまいとするが、動きが鈍くなっている。視界が失われつつある。もう限界だ。


その隙に、4人の傭兵が本隊から離れた。

彼らは馬車に向かった。

「ジジイは放っておけ! 女を確保しろ!」


*(チェックメイト)*

俺は思った。


戦況を分析する。


1. **父:** 行動不能。援護がなければ60秒以内に死亡する。

2. **母とエレナ:** 無防備。

3. **敵:** アクティブな戦闘員が15名。


戦うことはできる。

俺の**ランク3(上)**の肉体なら、この4人を殺せる。

だが、他の奴らに見られる。「ヴァレリウスの息子は化け物だ」という噂が広まる。

国王がそれを聞くだろう。聖教会が聞くだろう。

俺は10歳になる前に徴兵され、研究され、兵器として隷属させられる。


*(陽動が必要だ)*

俺は冷徹に計算した。

*(特大のな。敵戦力を分断するほどの)*


その時、ある考えが脳裏をよぎった。

俺はずっと、適切な修練場所を探していた。

屋敷は安全すぎる。制限が多すぎる。メイドや父にバレないよう、四六時中修練を隠さなければならない。非効率だ。

ランク9の力を取り戻すために必要なのは、ふかふかのベッドじゃない。地獄だ。この体をかつての栄光へと焼き戻すための、絶え間ない、生命を脅かす危険が必要なのだ。


俺は雨越しに崖の縁を見た。

眼下には**『霧の沼地』**が広がっている。魔獣と毒で満たされた死の領域。

普通の人間にとっては墓場だ。

だが**天魔**にとっては、**専用ジム**だ。


*(一石二鳥だ)*

俺は内心でニヤリと笑った。

*(ヘイトを引いて家族を救い、死を偽装して国王の目から逃れる。そして、沼地で5年間の邪魔が入らないソロ・レベリングを行う。完璧だ)*


俺は隣の座席を見た。

父のコートがある。そこには**男爵家の紋章**が留められていた。

純金製で、ルビーが散りばめられている。家宝であり、莫大な価値がある。

薄汚い傭兵にとっては、ただの宝石ではない。引退資金だ。


俺は紋章を掴み取った。

俺はエレナを見た。彼女は母にしがみついて怯えている。

「目を閉じていろ」俺は優しく言った。


俺は馬車のドアを蹴り開けた。


「イヤだ! 来るなァァァァ!」

俺は絶叫した。

いつもの平坦な声ではない。甲高く、恐怖に引きつった悲鳴だ。俺は内なる「甘やかされたクソガキ」をチャネルした。


傭兵たちが振り返った。

「ああん? あの弟か?」


俺は馬車のステップに立ち、雨の中でガタガタと震えてみせた。黄金の紋章を頭上に高く掲げる。雷光を受けて、それがギラリと輝いた。


「金が欲しいんだろ!?」

俺は叫んだ。頬には(嘘の)涙が伝っている。

「これはヴァレリウス家の家宝だ! **金貨一万枚**の価値があるんだぞ! やるよ! 欲しいなら持って行け! だから僕を殺さないで!」


傭兵たちが止まった。

金貨一万枚?

強欲は強力な麻薬だ。論理を上書きし、命令を上書きする。

死にかけている老人を殺したり、厄介なガキを誘拐したりするより、金塊を拾って南国で王のように暮らす方がいいに決まっている。


「紋章だ!」一人が叫んだ。「ガキを追え! 紋章を奪え!」


「俺のもんだ!」別の一人が吼えた。


成功だ。

15人の男たちが、殺意を俺に向けた。


俺は一番近くの男に石を投げた。*ゴッ。* 鼻に直撃する。

「捕まえられるもんなら捕まえてみろ、このブタ野郎ども!」


俺は泥の中に飛び降りた。

だが、崖の方へは走らなかった。

俺は、街道沿いに広がる**『深い森』**へと走った。

木々は鬱蒼と茂り、影は深く、下草は背が高い。

狩りには、おあつらえ向きの場所だ。


「森へ逃げたぞ! 追え!」

「金を逃がすな!」


15人の傭兵が、闇の中へと俺を追いかけてきた。

背中で、父の絶望的な視線を感じた。彼は俺が死にに行くのだと思っている。

違う。

俺は逃げているのではない。

羊たちを、屠殺場とさつじょうへと誘導しているのだ。


---


**【森の奥深く】**


俺は2分間疾走した。**『無影歩』**を使い、あえて足跡を残しつつ、視界に入らないギリギリの距離を保った。

傭兵たちが藪をかき分ける音が近づいてくる。不器用で、騒がしい。


*(距離チェック)*

俺は思った。

*(街道から500メートル。雨音が悲鳴をかき消してくれる。ここなら十分だ)*


俺は立ち止まった。

巨大な古木に囲まれた、小さな広場のような場所に立つ。

雨が葉から滴り落ちる。*ポタッ、ポタッ。*


傭兵たちが広場になだれ込んできた。泥だらけのブーツで地面を踏み荒らし、息を切らしている。

「見つけたぞ……このクソガキ」リーダー格の男が喘ぎながら言った。「もう逃げ場はない」


彼らは俺を取り囲んだ。15人の武装した大人対、一人の7歳の少年。

彼らは下卑た笑みを浮かべた。金塊を握りしめて震える子供を見て、勝利を確信している。


俺は紋章を下ろした。

震えるのをやめた。

背筋を伸ばす。顔から恐怖が消え、冷たく、絶対的な無関心が取って代わった。


「逃げ場?」

俺は静かに尋ねた。

もはや子供の泣き声ではない。深く、静かで、奇妙な共鳴を帯びた声だった。


「なぜ、肉屋が家畜から逃げる必要がある?」


傭兵たちが動きを止めた。空気が変わった。

広場の空気が急激に重くなる。気温が下がる。鳥のさえずりが止まった。


「何を言ってやがる?」傭兵の一人が剣を振り上げて前に出た。「気でも狂ったか? さっさとそれを」


俺は彼を見た。

俺の目が**深紅**に閃いた。

**『殺気』**。


それは魔法ではない。前世で数百万を虐殺した魂の、圧倒的な質量だ。

傭兵が凍りついた。彼の本能が**『捕食者』**だと叫んだ。


「大いなるタオにおいて」俺は雨の中に亡霊のように声を響かせた。「善も悪もない。あるのは強者と弱者。喰らう者と、喰われる者だけだ」


俺は一歩踏み出した。

「人は鳥が餌のために死ぬように、富のために争う。だが、お前たちは一つ忘れている」


俺は消えた。

**『第一式:無影歩』**。


彼らにとって、俺はただ消滅したように見えただろう。

俺にとって、世界はスローモーションだった。


俺は最初の傭兵の背後に現れた。

剣はない。

俺は自分の手を使った。**『第三式:砕心爪さいしんそう』**。

骨鍛造で硬化した指が、革鎧を貫通し、喉へと沈み込む。


*ブチッ。*


「背後の蟷螂カマキリが見えていなかったな」


鮮血が噴き出した。

傭兵は喉を押さえて崩れ落ち、ゴボゴボと音を立てた。


「なっ!?」

「どこだ!?」

「ガキが……消えた!?」


パニックが爆発した。

俺は彼らに思考する時間を与えなかった。

俺は雨の中の影となった。黒と赤の残像。


*バキッ。* 膝が砕ける音。

*グシャッ。* 首が180度ねじれる音。

*ドスッ。* 胸への正確な一撃で心臓が停止する音。


俺はただ殺したのではない。**『収穫ハーベスト』**したのだ。

男が死ぬたびに、俺は深く息を吸い込んだ。

**『第七式:吸星渦(内部版)』**。


恐怖、死にゆくエネルギー、生の魂の力それらが灰色の霧となって死体から立ち昇り、俺の鼻腔へと吸い込まれていく。

*(美味だ)*

俺は舌なめずりした。

*(ランク1の魂などゴミだが、質より量だ)*


「悪魔だ!」一人が武器を捨てて逃げ出そうとした。「こいつは悪魔だ!」


「正解だ」

俺は彼の耳元で囁いた。

俺は彼の後頭部を掴んだ。そのまま木の幹へと顔面を叩きつける。

*グシャッ。*

頭蓋骨が陥没した。


広場に静寂が落ちた。

15人の男たち。60秒で全滅。

雨が血を土へと洗い流していく。


俺は死体の山の中心に立っていた。

両手は赤く染まっていた。

丹田が唸るのを感じた。15人分の魂のエネルギーが定着し、俺の基礎を強化していく。


俺は黄金の紋章を、最後に殺した傭兵の胸の上に落とした。

金などいらない。俺に必要なのは自由だ。


「ご馳走様」

俺は死体に向かって言った。


俺は殺戮の現場に背を向けた。

街道へは戻らない。

俺は森のさらに奥深く、**『霧の沼地』**の方角へと歩き出した。

俺の修練は、まだ始まったばかりだ。


---


**【その後】**


1時間後。

雨が止んだ。雲が切れ、太陽が木々の間から光を差し込み始めた。


アーサー・ヴァレリウス男爵は、よろめきながら森へと入った。

体力がわずかに回復し、立つことができたのだ。彼は馬車に残っていた残党を始末したが、心臓はまだ痛みを訴えていた。

彼は泥の上の足跡を追った。

「カイン!」彼はしわがれた声で叫んだ。「カイン!」


彼は息子の小さな遺体を見つけることを恐れていた。山賊たちに切り刻まれた姿を想像して震えていた。


彼は茂みをかき分け、広場に出た。

そこで、彼は凍りついた。


アーサーは兵士だった。戦争を知っていた。戦場を見てきた。

だが、**『これ』**は見たことがなかった。


15人の傭兵が死んでいた。

だが、ただ殺されたのではない。……解体されていた。

素手で引き裂かれた喉。正確で重い打撃によって陥没した胸部。外科手術のように正確にへし折られた首。

彼らの顔は、純粋で原初的な恐怖の仮面で凍りついていた。


「神よ……」アーサーは囁いた。


彼は中央へ歩いた。

そこには**黄金の家紋**があった。泥が拭き取られ、死体の上に丁寧に置かれていた。

だが、カインの姿はない。


アーサーは膝をつき、死体を検分した。

喉の傷を見る。

剣傷ではない。爪の跡だ。小さな指。人間の指だ。


アーサーの呼吸が止まった。

彼は広場を見渡した。泥に残された足運び(フットワーク)のパターンを見た。

効率性。残虐性。

それは、門でカインが見せたあの「洞察」と全く同じものであり、それが百倍に増幅されたものだった。


*(怪物……)*

寒さとは無関係の悪寒がアーサーの背筋を走った。

*(怪物がこれをやった。そしてその怪物は、私の息子だ)*


彼は森の奥を見た。足跡は続き、危険な沼地の方角へと向かっている。

追いかけたかった。

だが、胸が再び痛んだ。*ドクン。*

彼は街道の方を振り返った。そこには妻と娘が、恐怖に震えながら無防備な状態で待っている。


彼は真実を悟った。

カインは死んでいない。恐怖で逃げたのでもない。

カインはゴミを掃除し、金を置いて、家が自分には狭すぎるという理由で、荒野へと歩み去ったのだ。


アーサーは立ち上がった。黄金の紋章をポケットに入れる。

彼はもう、カインの名を呼ばなかった。

カインが答えないことを知っていたからだ。


「生き延びろ」アーサーは森の闇に向かって囁いた。「生き延びるんだ、息子よ。そしてお前が帰還した時……神よ、我らを救いたまえ」


アーサーは背を向け、馬車へと戻った。

彼が姿を現すと、エレナが叫んだ。

「お父様! にーには? にーには見つかったの?」


アーサーは娘を見た。顔の血を拭う。

「彼は行ってしまったよ、エレナ」


「死んだの?」サラが口元を押さえて息を呑んだ。


「いいや」アーサーはきっぱりと言った。その目は鋼のように硬かった。「死んでいない。行方不明だ。だが、彼は必ず戻ってくる」

*(世界を食らい尽くした後に)* 彼は心の中で付け加えた。


馬車は再び動き出し、王都へと向かった。

その背後で、森の深淵から一対の深紅の瞳が彼らを見送り、やがて霧の中へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ