第5章:ゴミという名の評判と、鉄の塊
# 第5章:ゴミという名の評判と、鉄の塊
**年齢:6歳**
オークヘイブンの町において、男爵家には二人の有名な子供がいた。
一人は**エレナ**。『小さな太陽』。
4歳になった彼女は、目が潰れるほど可愛かった。黄金の髪、大きな青い瞳、そして歩くだけで道端の花を開花させる天然の「聖なるオーラ」。町の人々は彼女を崇拝していた。八百屋は無料でリンゴを渡し、彼女が手を振れば誰もが笑顔になった。
そしてもう一人が、**カイン**。『欠陥品』。
つまり、俺だ。
6歳になった俺には、一つの評判が定着していた。
町の人々は俺をこう呼んだ。
**『口のきけないゴミ』**と。
誤解のないように言っておくが、俺は喋れないわけではない。ただ、この世界のNPC(村人Aたち)と会話をするのが、カロリーの無駄だと判断しただけだ。
「世界は平らだ」と信じているパン屋に、地動説を説明して何になる?
だから俺は沈黙を守った。常に無表情で歩いた。
そして、もう一つの原因は、俺の「目」だった。
「見ちゃだめよ」
市場の通りを歩いていると、母親が子供にそう耳打ちするのが聞こえた。
「呪いがうつるわよ」
子供は好奇心に負けてこちらを覗き見る。
俺と目が合うと、子供はビクリと震え、母親のスカートの陰に隠れた。
俺の目は変質していた。
3年間、来る日も来る日も「天魔呼吸法」を循環させ続けた結果、俺の生物学的構造が変わってしまったのだ。俺の虹彩は、もはや茶色ではなかった。
**濁った、薄い赤色**になっていた。
戦闘状態の時のような、鮮やかな真紅ではない。乾いた血のような、あるいは太陽を直視しすぎた死んだ魚のような、不気味な赤色だ。
俺の病的な色白さと、一切喋らない不気味さが相まって、俺は幽霊のように見えたらしい。
「にーに! 見て! ちょうちょ!」
エレナが俺の手を引っ張った。彼女は周囲の陰口など全く気にしていない。
この世界で唯一、俺を怖がらない人間。彼女にとって俺は「悪魔の子」ではなく、ただの「無口で、ちょっと不気味だけど、抱き心地の良い枕」だった。
「……」
俺は蝶を見た。モンシロチョウだ。ありふれた害虫だ。
俺は答えなかった。ただ彼女に引きずられるまま歩いた。
「おい! 見ろよ、幽霊小僧だ!」
村の子供たちの集団が、俺たちの行く手を阻んだ。
男の子が3人。年齢は8歳から10歳。リーダー格は肉屋の息子**ゴロ**という名のデブだ。「体重が重いこと」を武術だと勘違いしている典型的なガキ大将だ。
「お姫様と一緒かよ」ゴロはニヤニヤしながら近づいてきた。「おいエレナ。なんでこんな奴と一緒にいるんだ? 母ちゃんが言ってたぞ、こいつはネズミを生で食ってるって」
*(実はスズメバチだ)*
俺は心の中で訂正した。
*(ネズミは獣臭くて不味い)*
エレナが頬を膨らませた。怒ったハムスターのようだ。
「あっち行って、ゴロ! にーにはネズミなんて食べないわ! 食べるのは……えっと……お野菜よ!」
「気色が悪いんだよ」ゴロは俺の靴の近くに唾を吐いた。「見ろよその目。病気のウサギみたいだ。おい、なんか言ってみろよゴミ! それとも喋り方も知らないのか?」
彼が俺を突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。
無様な突きだ。隙だらけだ。彼が俺のシャツに触れる前に、手首を3箇所へし折ることができる。
だが、俺は動かなかった。
もし反撃すれば、俺に反射神経があることがバレる。「ゴミ」という隠れ蓑が吹き飛んでしまう。
*(耐えろ)*
俺は自分に言い聞かせた。
*(ドラゴンは蟻を相手にしない)*
だがその時、ゴロは過ちを犯した。
ターゲットを変えたのだ。
「無視かよ? いいぜ。なら、お前の可愛い妹の方を突き飛ばしてやる!」
彼がエレナに向かって腕を振り上げた。
*時間が遅くなった。*
俺の「ドラゴン哲学」は一瞬で蒸発した。
俺を侮辱するのは構わない。どうでもいい。
だが、俺の「ゴールデンチケット兼・老後の安泰プラン(妹)」に指一本でも触れてみろ。貴様の家系図をここで終わらせてやる。
殴るわけにはいかない。露骨すぎる。
事故が必要だ。
俺は地面を見た。ゴロの足元に、小さく丸い小石が落ちている。
俺は微量の気を足に集中させた。
そして、地面を軽く踏んだ。*トン。*
振動が石畳を伝わり、小石を完璧な角度で跳ね上げた。
小石は、ゴロが体重移動をした瞬間の軸足の下に滑り込んだ。
「うおっ!?」
ゴロが足を滑らせた。
手足が宙を舞う。彼は見事なピルエット(回転)を決め、そこへ通りがかった馬車が親切にも残していった「新鮮な馬糞の山」へと、顔面からダイブした。
**ベチャッ。**
静寂。
その直後、他の子供たちが爆笑した。
「ブフォッ! ゴロがウンコ食った!」
「ナイスダイブだ、ゴロ!」
エレナは大きな目をさらに丸くして瞬きをした。彼女はゴロを見て、それから俺を見た。
俺は両手をポケットに入れたまま、微動だにせず雲を見上げていた。
「すごい!」エレナが手を叩いて喜んだ。「神様が罰を与えたんだわ! 見た、にーに? 風が彼を押したのよ!」
*(ああ)*
俺は無表情のまま思った。
*(風だ。そういうことにしておこう)*
彼女は一瞬、疑わしげに俺を見た。
時々、彼女にはこういう勘の鋭い瞬間がある。俺がただの無口な白痴ではないことを……檻の中で眠る猛獣の気配を、本能的に感じ取ることがあるのだ。
「にーに……」彼女は目を細めた。「もしかして……?」
俺は首を傾げ、口の端からツツーとヨダレを垂らしてみせた。
「気のせいね」彼女はため息をつき、ハンカチで俺の口を拭いた。「またボケーっとしてるんだから。行こう、キャンディを買いに!」
彼女は俺を引きずって歩き出した。
俺はチラリと背後を振り返った。馬糞の中で泣いているゴロを見る。
俺の目が、一瞬だけ**『真紅』**に閃いた。警告だ。
*(次はないぞ。次は馬糞じゃない。崖だ)*
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**その夜:鍛冶場にて**
ゴロとの一件で、一つ確信したことがある。
俺は無防備だ。
技術がないからではない。「道具」がないからだ。
もし本気で戦うことになった場合、素手では限界がある。俺の肉体はまだ6歳だ。大人の騎士を殴れば、鎧が砕ける前に俺の腕が砕けるだろう。
武器が必要だ。
父がくれるような木製のオモチャではない、本物が。
俺は真夜中になるのを待った。
部屋を抜け出す(窓のラッチは完全に壊してある)。
中庭を横切り、屋敷の隅にある鍛冶場へと忍び込んだ。
老鍛冶師のサイラスは既に帰宅していた。炉の残り火が、薄暗いオレンジ色の光を投げかけている。
俺は熱気の中に足を踏み入れた。
硫黄と鉄の匂いが好きだ。「進歩」の匂いがする。
俺は棚から一般的な鉄の剣を手に取った。
振ってみる。
*ブンッ。*
「軽すぎる」
俺は呟いた。
まるで羽毛を持っているようだ。
俺の気は**『重い』**。高密度の魔気だ。もしこの安物の鉄に気を流し込めば、刃は耐えきれずに爆散するだろう。
質量が必要だ。密度が必要だ。
俺はくず鉄の山を漁った。
そして、部屋の隅で埃を被っている「それ」を見つけた。
**『黒鉄』**の塊。
無骨で、ゴツゴツとした鉱石だ。先週、サイラスが文句を言っているのを聞いた。「呪われている」と。いくら熱しても溶けず、ハンマーを何本もダメにしたからだ。
俺は笑った。
*(呪いじゃないぞ、サイラス。これは高炭素の残留物が微量のマナと融合しているだけだ。ただ少し『頑固』なだけさ)*
俺は店で一番重い大槌を手に取った。
俺の身長ほどもある巨大なハンマーだ。
筋肉だけでは持ち上がらない。
だから、気で持ち上げる。
俺は目に見えない気の鎖を腕に巻き付けた。
*フンッ。*
黒い鉱石を炉に入れた。鞴を踏み、火が白熱するまで温度を上げる。
普通の鍛冶師は繊細さを重んじる。鋼を千回折り返し、美しさを求める。
俺は美しさになど興味はない。
俺が求めるのは、**『痛み』**だ。
赤熱した塊を取り出す。
**ガァァァンッ!!**
俺は大槌を振り下ろした。
火花が花火のように飛び散る。鼓膜が破れそうな音だが、外で鳴っている雷鳴がそれを隠してくれる。
**ガァァンッ! ガァァンッ! ガァァンッ!**
俺は鬱憤を鉄に叩き込んだ。
赤ん坊であることの屈辱。
「ゴミ」と呼ばれる屈辱。
虫を食わねばならない屈辱。
「屈服しろ」
俺は暗い鍛冶場の中で、真紅に目を輝かせながら嘶いた。
「俺の悪意の器になれ」
鉄が悲鳴を上げ、形を変え始めた。
俺はそれを剣にはしなかった。剣は英雄が持つものだ。剣は折れる。
俺が作ったのは、**『クリーバー(肉切り大包丁)』**だ。
分厚い、片刃の黒い鉄塊。
鍔はない。優雅な切っ先もない。ただ取っ手のついた、研ぎ澄まされた殺意の長方形。
肉屋がドラゴンの骨を断ち切るために使うような代物だ。
俺はそれを油に突っ込み、焼き入れをした。
*ジュウウウウゥゥ!!*
悪魔が焼けるような臭いと共に、黒い煙が立ち上る。
引き上げる。
醜い。荒削りだ。重さは20キロ近くあるだろう。
普通の6歳児にとっては、ただの錨だ。
だが俺にとっては、完璧だった。
俺は持ち手に余った革を巻き付けた。
試しに数回振ってみる。
*ブォン。ブォン。*
重量に空気が呻き声を上げる。恐ろしい運動エネルギーだ。
もしこれでゴロを殴れば、彼は突き飛ばされるだけでは済まない。挽肉になるだろう。
「お前の名は……」
俺はその醜く、ギザギザした刃を見た。
「……**『名無し(ネームレス)』**だ」
武器に大層な名前をつけるのは、英雄気取りの奴らがすることだ。俺はただのサバイバーだ。名前などいらない。
俺はクリーバーを鍛冶場の床下の緩んだ板の下に隠し、その上を藁で覆った。
部屋には持ち帰れない。エレナが見つけて、オモチャにしようとするからだ。
俺は屋敷へと忍び足で戻った。
手にはマメができ、気は枯渇していた。
だがその夜、俺はここ6年で一番深く眠ることができた。
俺はもう、ただの「口のきけないゴミ」ではない。
巨大な鉄の包丁を持ったゴミだ。
その違いは、天と地ほどに大きい。




