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# 第16章:塩の悪魔(ソルト・デーモン)

# 第16章:塩の悪魔ソルト・デーモン


**年齢:12歳場所:王の街道(ゾーン2との境界)**


文明の匂いは、沼地のそれとは違っていた。

沼地は腐敗と、毒と、生命の循環の匂いがした。

文明は馬糞と、洗っていない旅人の匂いがした。


私は**王の街道**に足を踏み入れた。

舗装された道だ。何世紀にもわたる馬車の車輪によって、石は滑らかに摩耗している。私にとって、それは雲の上を歩いているようだった。5年間、私を地球の中心へと引きずり込もうとする泥の上を歩いてきたのだ。固い地面は、私が忘れていた贅沢だった。


私はゆっくりと歩いた。

服はきつく、腕を振るたびに縫い目が悲鳴を上げている。背負った麻袋からは骨とコアがぶつかる音がし、腰に下げた錆びた包丁**『名無し』**が腰を叩く。

旅人たちは私を大きく避けて通った。

彼らは私の白い肌、死んだ魚のような目、そしてシャツから洗い落とせなかった血のシミを見ていた。

彼らは囁き合った。

「物乞いか?」

「あの目を見てみろ。親でも殺したような顔だ」

「目を合わせちゃだめよ、あなた」


私は彼らを無視した。

私は一つのことに集中していた。

鼻がピクリと動く。

*(匂うぞ)*

風に乗って匂う。花や食べ物の匂いではない。

それは**「好機オポチュニティ」**の匂いだった。


突然、午後の平和を切り裂くような悲鳴が響いた。


「助けてくれ! 誰か! 誰でもいい! 金なら払う! 倍払うから!」


私は足を止めた。

声は街道の脇、森との境界に近い小さな空き地から聞こえてきた。

通常、私のような「モブキャラ」はこれを無視する。道端のトラブルに関わるのは、「お姫様救出クエスト」のフラグを立てるか、山賊に刺されるかのどちらかだ。

*(無視だ)私は自分に言い聞かせた。(立ち去れ。レストランを探すんだ)*


「来るな! こっちに来るな! 金を持ってけ! 全部やるから!」


*グルルルル……*

低く、喉を鳴らすような音が空気を震わせた。

私の腹が、それに呼応して鳴った。

その唸り声を知っている。

山賊ではない。**アシッド・ウルフ**だ。そしてアシッド・ウルフが一匹いれば、そこには群れがいる。

そしてアシッド・ウルフがいる場所には……少し酸味があるが、正しく焼けば非常に柔らかい**肉**がある。


「昼飯が俺を呼んでいる」私はため息をつき、方向を変えた。「何の騒ぎか見てやるとするか」


---


**【黄金の豚】**


空き地では、喜劇のような悲劇が展開されていた。

鮮やかな黄色に塗られた趣味の悪い馬車が、車輪が壊れた状態で止まっていた。

だが、馬車は問題ではなかった。

50メートルほど離れた場所で、ひとりの少年が大きな樫の木に追い詰められていた。


彼は……丸かった。

12歳の少年だが、樽のような胴回りをしている。小さな村の予算よりも高そうな、金糸で織られたシルクの服を着ていた。指という指が指輪で覆われている。

彼の名は**ガレス・ゴールドブルーム**。

王国で最も裕福な商人一族、**王室財務官**の三男である。

そして現在、彼は狼の群れを買収しようとしていた。


「これを持ってけ!」ガレスは叫び、ベルトの袋に手を入れた。

彼は一握りの金貨を取り出した。**太陽金貨**だ。現代の価値にして一枚10万円はくだらない。

彼はそれを狼たちに投げつけた。

*ジャラッ。チャリン。*

硬貨がアルファ(リーダー格の)ウルフの鼻面に当たった。


「純金だぞ!」ガレスは滝のような汗を流しながら金切り声を上げた。「牛が買えるんだぞ! 牛10頭だ! 牛肉を買ってこっちに来るな!」


- *アシッド・ウルフ(ランク2)**は硬貨を見つめた。匂いを嗅いだ。

金に匂いはない。味もない。

狼はガレスを見返した。

ガレスは柔らかそうだ。脂肪がたっぷりだ。恐怖とラベンダーの香水の匂いがする。

狼にとって、ガレスは高カロリーなドーナツだった。


*ガルルッ。*

アルファ・ウルフが牙を剥き出しにし、緑色の唾液を滴らせた。酸が草に落ちてジュッと音を立てる。

他の6匹の狼が彼を取り囲み、退路を断った。


「ダメだダメだダメだ!」ガレスは過呼吸になりかけた。「僕は体に悪いぞ! コレステロール値が高いんだ! 医者にも高血圧だって言われてる! 心臓病になるぞ!」


アルファが飛びかかった。


*ヒュンッ。*


空気を切り裂く音がした。

咆哮ではない。魔法でもない。

超音速で移動する物体が空気を割る、鋭く甲高い音だ。


**グシャッ。**


アルファ・ウルフの頭部は、単に砕けたのではなかった。蒸発した。

次の瞬間、空中でガレスの顔に噛みつこうとしていた口は消え失せた。

頭を失った死体はそのまま慣性で飛び続けガレスの豊かな腹に激突した。


「ギャアアアアッ!」ガレスは叫び、重く濡れた死体に押し潰されて手足をバタつかせた。「食われた! 死んだ! 母さんにパイを愛してるって伝えてくれ!」


空き地に静寂が降りた。

他の6匹の狼は凍りついた。彼らはリーダーを見た。あるいは、かつてリーダーだった赤い霧を見た。

彼らは投射物が飛んできた方向を見た。


私は茂みから歩み出た。

手の中で、もう一つの小石を無造作に放り上げていた。


「うるさいぞ」私はその太った少年に言った。「それにお前たち……」

私は狼たちを見た。死んだ魚のような目がわずかに細められる。

「……俺の昼飯の邪魔をするな」


狼たちが唸った。彼らはランク2の獣だ。人間など恐れない。

だが、動物には本能がある。

彼らは私を見た。

彼らが見たのは少年ではなかった。

**ゾーン2の頂点捕食者**を見たのだ。私の体に染み付いたヒドラの血の匂いを。何千という同胞を虐殺した臭いが、毛穴の奥まで染み込んでいるのを嗅ぎ取ったのだ。


*クゥン……*

一匹の狼が尻尾を巻いた。

続いてもう一匹。

彼らは原初的な恐怖に目を見開き、後ずさりした。


「死体は置いていけ」私は命じた。


彼らは人間の言葉を理解しないが、**『殺意インテント』**を理解した。

彼らは回れ右をして走った。生涯で最も速いスピードで、森の奥へと消えていった。


私はため息をついた。「残念だ。もう少し毛皮が欲しかったが、運ぶのが面倒だ」


私は太った少年のもとへ歩いた。

ガレスはまだ叫びながら、首のない狼を膝からどかそうとしていた。

「どいてくれ! どいてくれ! ヌルヌルする!」


私は手を伸ばし、狼の首根っこを掴んだ。

少なくとも80キロはある。

私はそれを片手で、枕を持ち上げるように軽々と持ち上げた。

袋の近くに放り投げる。


「悲鳴は終わったか?」私は尋ねた。


ガレスは止まった。片目を開けた。そしてもう片方も。

彼は私を見た。

彼が見たのは、シュレッダーにかけられたような服を着て、泥にまみれ、中身が完全に死んでいる目をした同い年の少年だった。


「き、君は……」ガレスはどもった。贅肉を揺らして立ち上がる。「僕を助けてくれたのか!」


「昼飯を助けたんだ」私は訂正した。「お前はただ邪魔だっただけだ」


ガレスは聞いていなかった。彼の商人の脳が起動した。

彼は救世主を見た。力を見た。

「僕はガレス! ガレス・ゴールドブルームだ! 父は王室財務官なんだ!」

彼はベルトをもたつかせ、重そうな革袋を取り出した。

「これ! これを受け取ってくれ! お礼だ! 太陽金貨が1000枚入ってる! 家が買えるぞ! 屋敷だって!」


彼は金の袋を私の顔に突きつけた。

私は金を見た。

眉をひそめた。

「金か……」私は呟いた。


「そうだ! 金だ!」ガレスは満面の笑みを浮かべた。「みんな金が大好きだろう!」


私は彼の手を叩いた。

袋は彼の手から弾き飛ばされ、木にぶつかった。硬貨があちこちに散らばる。


「黄色い石ころなんか食えない」私は心底からの嫌悪感を込めて言った。「そのゴミを俺の顔の前からどけろ」


ガレスの顎が落ちた。

彼は凍りついた。

金こそが神であると生まれた時から教育されてきた彼の脳が、機能を停止した。

*(ゴミ? 彼は1000枚の太陽金貨を……ゴミと言ったのか?)*

彼は恐怖と畏敬の念で私を見た。

*(彼は聖人なのか? 物欲を超越した僧侶か? 隠された帝国の王子なのか?)*


「で、でも……」ガレスはどもった。「金がいらないなら……何が欲しいんだ?」


私の鼻が再び動いた。

匂いだ。

彼から漂ってくる。具体的には、彼の左腰に結び付けられた、小さな白い絹の袋から。

金ではない。魔法でもない。

もっと遥かに貴重なものだ。


私は一歩近づいた。

ガレスは身をすくめた。「た、食べないでくれ! 僕は脂身ばかりだ! 君の動脈を詰まらせるぞ!」


私は手を伸ばした。私の手は彼の目にも止まらぬ速さで動いた。

*スッ。*

私は彼のベルトから小さな絹の袋をひったくった。


「あっ! それは僕の」ガレスが言いかけた。


私はそれを開けた。

中には、きめ細かい白い結晶の粉末が入っていた。

指先につける。

太陽の光を浴びて結晶が輝く。

指を口に入れた。


*衝撃。*

稲妻のように舌を打った。

塩分サリニティ。鋭く、清潔な海の刺激。味の増幅器。生命のエッセンス。


目に涙が溢れた。本物の、リアルな涙だ。

私は膝から崩れ落ちた。

「塩だ……」私は震える声で囁いた。「本物の……高級な……海塩だ」


ガレスは瞬きした。「え……うん? それは僕のランチ用の塩だよ。北方諸島産なんだ。ゆで卵にかけるための……」


「美しい……」私はすすり泣き、もう一度指を舐めた。「5年間……俺は血と泥しか食ってこなかった。これは……これは神の味だ」


私は立ち上がった。袋をベルトにしっかりと結びつける。

「これは貰っていく」


「い、いいけど?」ガレスは混乱していた。「でも……僕は1000金貨を提示したんだよ?」


「金はゴミだ」私は狼の死体をぬいぐるみのようにつかみ上げながら言った。「この塩は俺に幸福を与えた。したがって、こちらのほうが価値がある」

私は死んだ赤い瞳で彼を見た。

「俺はお前を助けた。お前は塩をくれた。これで貸し借りなし(イーブン)だ。ついてくるな」


私は背を向け、街道へと歩き出した。

塩がある。肉がある。今夜は宴だ。


---


**【賭け】**


ガレス・ゴールドブルームは空き地に一人立っていた。

彼は草の上に散らばった金貨を見たゴミとして拒絶された金を。

彼は立ち去っていく少年の背中を見た。


商売の芸術の中で生まれ育った彼の脳が、回転を始めた。

*(彼はランク2のアシッド・ウルフを小石で殺した。即死だ。マナの痕跡シグネチャーはない)(彼は瞬き一つせず、莫大な金を拒絶した)(彼は物乞いのような格好をしているが、その振る舞いは玉座を失った王のようだ)*


ガレスの商人の本能が叫んでいた。

これはただの強い戦士ではない。これは**優良株ブルーチップ**だ。

隠された宝石。磨かれていないダイヤモンド。

今ここで立ち去れば、ガレスは金を節約できる。

だが、もしこの少年に投資したら? 彼が有名になる前に、今、関係を築いておけば?

*(ハイリスク。無限のリターン)*

ビジネスとはすべて賭けだ。そしてガレス・ゴールドブルームはギャンブル中毒だった。


「このコネクションは確保しなきゃならない」ガレスは囁いた。「彼が誰なのか知る必要がある」


彼は走り出した。

脂肪が揺れる。肺が焼けるように熱い。だが彼は走った。


「待って!」ガレスは叫んだ。「待ってくれ! 命の恩人!」


私は苛立って足を止めた。

「何だ? 貸し借りなしだと言っただろう」


ガレスは追いつき、喘ぎ、ゼーゼーと呼吸し、胸を押さえた。

「貸し借りは……*ゼェゼェ*……なしじゃない!」ガレスは息を切らせて言った。「君は王室財務官の息子の命を救ったんだ! 塩一袋じゃ、その負債の利子にもならない!」


彼は汗だくになりながらも、背筋を伸ばしてプロフェッショナルに見せようとした。

「僕はガレス・ゴールドブルーム。商人として、負債を未払いのままにはできない。同行させてくれ! 荷物持ちをさせてくれ! 夕食を奢らせてくれ! 王都で一番のステーキを!」


私は彼を見つめた。

*(ステーキ?)*

腹が鳴った。

自分が引きずっている重い骨の袋を見る。正直、運ぶのは面倒になってきていた。

「いいだろう」私は言った。「お前が狼を運べ」


「はいっ!」ガレスは満面の笑みを浮かべた。彼は狼の尻尾を掴み、持ち上げようと奮闘した。

「でも、契約を結ぶ前に……」ガレスは鋭く計算高い目で私を見た。「パートナーの名前を伺っても?」


私は言葉を切った。

遠くに見える王都の城壁を見る。

「カイン」私は静かに言った。「**カイン・ヴァレリウス**」


ガレスは凍りついた。汗ばんだ手から狼の足が滑り落ちる。

*(ヴァレリウス?)*

彼の目が驚愕に見開かれた。

王国でその名を知らぬ者はいない。**聖女エレナ**が覚醒して以来、大衆はヴァレリウスの血統に執着していた。あらゆる秘密、あらゆるスキャンダルが掘り起こされていた。

誰もが「ゴミの長男」について知っていた。

噂は具体的だった。ヴァレリウス公爵は遺伝的な欠陥である「マナ詰まり」を患っていた。大衆は、その遺伝子が息子に変異し、結果として完全に**マナ・ゼロ**の子供が生まれたのだと推測していた。遺伝子の失敗作。生きたゴミ。公爵が自身の跡取りを追放した論理的な理由はそれしかなかった。


ガレスは目の前に立つ少年を見た。

小石で殺された狼を見た。死を恐れない、恐ろしく静かな瞳を見た。

*(ゴミ? 遺伝子の失敗作?)*

ガレスは笑い出しそうになった。噂は間違っていた。いや、むしろ要点を完全に見逃している。

これは壊れた少年ではない。これは人の皮を被った怪物だ。


*(こいつは、ずいぶんと面白くなってきたぞ)*

ガレスは実感し、心臓が肋骨を叩くのを感じた。

生まれついてのギャンブラーとしての本能が告げている。この少年に従えば、行き着く先は二つに一つだ。

絶対的な地獄か、あるいは至高の天国か。中間はない。

だが、彼はすでについて行くと頼んでしまった。チップをテーブルに置いてしまったのだ。

*(商人は一度ルーレットが回り始めたら、賭け金を引き下げたりはしない)*


「どうした?」私は片眉を上げて尋ねた。「来るのか、デブ(Fatty)?」


ガレスはニヤリと笑った。恐怖と興奮が入り混じった表情が顔に広がった。

「行きますよ、ボス! すぐ後ろについて行きます!」

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