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# 第13章:誤算

# 第13章:誤算


**年齢:10歳場所:霧の沼地(ゾーン2と3の境界)**


**『黒蛇ブラック・バイパー』隊は、ただのゴロツキではない。

彼らは女王の「メス」だ。

公爵がうるさくなれば、彼らが「沈黙」させる。村が納税を拒めば、彼らが「火」を放つ。

彼らは5人の分隊で、全員がランク3(二流・高位)のアサシン**だ。


大陸の地政学的な常識に照らせば、この分隊は馬鹿げたほどの戦力と予算の塊だった。

**ランク3**は雑兵ではない。彼らは「エリート」騎士団の副団長クラスであり、単独で100人の一般兵を屠る能力を持つ。

**ランク4**は指揮官、軍隊を率いる者。

**ランク5**は生ける伝説。国境を越えて名を知られ、王たちから賓客として扱われる存在。

そして**ランク6**? 彼らは国家の支配者か、あるいは名声や金といった俗世の欲を捨てた隠れた怪物たちだ。多くのランク6の達人は、より高い力を求めて山に消えるか、世界で最も危険な封印を守護している。彼らは核抑止力であり、王国そのものが滅亡の危機に瀕した時にのみ、王によって召喚される。


5人ものランク3の達人を、単なるヒットマンとして影で使役する……それはイザベラ女王の猜疑心の深さと、底なしの予算の証明だった。


隊長の**ソーン**は、革の肩当てについた緑色のヘドロを拭い取った。彼はこの場所が大嫌いだった。

「状況報告」彼は囁いた。風魔法によって声が部下たちに届く。


「なぜ女王陛下は、10歳の不具者などを気にかけるのです?」部下の一人がブーツについたヘドロを拭いながら尋ねた。「彼はゴミです。なぜ我々を?」


「ガキのためじゃない」ソーンは不気味な沼を見渡しながら吐き捨てた。「彼の妹のためだ。**エレナ王女**だ」


ソーンは声を潜めた。

「あの娘は**聖女**として覚醒した。王国で最も価値ある資産だ。だが精神的に不安定だ。

女王陛下は賢い。『犬を支配するには、リード(首輪)を握れ』と知っている。この少年……**カイン・ヴァレリウス**……彼こそがその『リード』だ。我々が彼を連れ帰れば、女王は『慈悲深い救世主』を演じ、聖女は永遠に彼女の忠実な操り人形となる」


「つまり、彼はペットですか」部下が笑った。


「バイパー2、異常なし。泥だけです」

「バイパー3、異常なし。虫がうざい」

「バイパー4、異常なし」

「バイパー5……待ってください。足跡を発見」


ソーンは停止合図を送った。分隊は音もなくバイパー5の位置に集結した。

彼らは巨大な腐ったマングローブの根の近くにある泥地に集まった。

バイパー5が指差す。「見てください、隊長」


足跡だ。だが、人間のものではない。

深すぎる。形は奇妙だ人型に近いが、グリップ力を高めるために足指が大きく開いている。そして衝撃の深さから推定するに、体重は200キロを超えている。

「オークか?」バイパー2が毒塗りの短剣に手をかけながら言った。


「いや」ソーンは首を振り、マナ探知マナ・センスで痕跡を分析した。「オークにしては小さすぎる。それに歩幅を見ろ。こいつは走っていた……二本足で……何か重い物を背負って」

彼は霧の奥を見つめた。

「報告書によれば、ターゲットは10歳の少年だ。マナ詰まりの不具者だぞ。これは……あいつじゃない」


「食われたんじゃないですか?」バイパー3が神経質に笑った。「で、こいつがその捕食者だ」


「その可能性が高い」ソーンは立ち上がった。「だが女王陛下は『確証』に金を払う。死体か、あるいは家紋入りの衣服の一部が必要だ。ゾーン3へ進むぞ。デルタ陣形だ」


彼らは動き出した。

自分たちが狩人だと思っていた。音を消す付与魔法がかかったブーツで、静寂と共に移動する。光学迷彩魔法を使い、植物に溶け込む。

普通の人間の目には、彼らは透明に見えただろう。


だが、彼らは一つ忘れていた。

彼らは、「魔法」がただの夕食の合図ディナーベルでしかない領域に足を踏み入れていたのだ。


---


**【沼の王】**


300メートル先。

俺は**ランク3・アイアンハイド・ライノ(鉄皮サイ)**の頭蓋骨の上に座っていた。

こいつは手強かった。皮膚が刃物を通さないため、皮膚を破らずに内臓を液状化させる**『浸透勁しんとうけい』**を使わなければならなかった。

いい運動だった。


俺は額の汗を拭った。

10歳になった。

身長は伸びた。体つきは鞭のようにしなやかで引き締まっている。肌は幽霊のように白く、体にこびりついた泥や乾いた血の黒さとは対照的だ。髪は黒い絹のような野生のたてがみとなり、腱の切れ端で後ろに縛ってある。

俺はサイの革(剥ぎたて)で作ったベストと、ワニ革のズボンを履いていた。

背中には**『名無し』**がある。この包丁は数年でさらに錆びつき、ただのスクラップの鉄塊に見える。だが、見かけに騙されてはいけない。3年分の俺の気が染み込み、今や重さは80キロ近くある。


*シャクッ。*

俺は**紫沼リンゴ**をかじった。酸っぱく、普通の人間には猛毒だ。だが俺にとっては、ビタミンたっぷりの爽やかなスナックだ。


「マスター」頭上の木から囁き声がした。


俺は見上げなかった。「報告しろ、リス」


**リサンドラ**が降りてきた。9歳になった彼女は、致命的な影へと成長しつつあった。灰色の肌は樹皮に完全に溶け込んでいる。腰には二本の骨の短剣。

「侵入者5名」彼女は恐怖を感じさせない声で言った。「人間。マナ反応高め。動きが戦術的。冒険者じゃない」


俺はリンゴをもう一口かじった。

「暗殺者か?」


「多分。インナーアーマーに女王の紋章が隠されているのが見えた。一人が装備を直した時にチラッと」


俺はニヤリとした。

「女王もようやく俺の存在を思い出したか。3年もかかるとはな。ボケてきたか?」


「命令は?」リスは武器に手をかけた。「殺す?」


俺は考えながら噛み砕いた。

「奴らはランク3だ。いい経験値(XP)になる。だが、ただ殺すのはもったいない。物資が必要だ。塩、スパイス。それに、魔獣のケツの皮で作ってないまともな布とかな」

俺は立ち上がり、『名無し』を掴んだ。

「遊んでやるか。ランク4(一流)に向けた技のテストがしたい」


「了解」リスは再び茂みの中に消えた。


俺は首を鳴らした。*ポキッ。*

四肢に濃密な力が巡るのを感じる。**ランク3(高位)**に達した今、俺の身体能力はようやくエリート正騎士と同等になった。


「ジャングルへようこそ、紳士諸君」


---


**【罠】**


ソーンは焦り始めていた。

奥へ進めば進むほど、静かになっていく。

ゾーン2は騒がしかった猿、鳥、虫。だがここは? 真空のようだ。

風さえも吹くのを恐れている。


「隊長」バイパー4が囁いた。「感じますか?」


「何をだ?」


殺気キリング・インテントです。濃い……。まるで胃袋の中を歩いているみたいだ」


ソーンも感じていた。それは戦士の鋭い殺気ではない。重く、充満した圧力。頂点捕食者が縄張りを主張するプレッシャーだ。


突然、前方の霧が晴れた。

彼らは空き地に出た。

中央にある巨大な白い岩の上に、一人の少年が座っていた。


ソーンは停止合図を出した。

目を凝らす。

黒髪。白い肌。10歳くらい。

特徴は一致している。

だが、報告書には「虚弱、病弱、口がきけない」とあった。

この少年は、猛毒のリンゴを飴玉のように食っている。筋肉は小さいが、岩のように高密度だ。そしてあの背中の鉄塊……大人の男でも持ち上がらないような代物だ。


*(何かが間違っている)* ソーンの本能が叫んだ。*(任務中止だ)*


たとえ机上のスペックでは自分たちの分隊の方が強かったとしても、彼の経験は「逃げろ」と叫んでいた。どんな大金も、このリスクには見合わない。


ソーンの心臓を掴む恐怖は、マナの差によるものではない。単なる魔力の勝負なら、5人のエリート暗殺者で少年一人を倒すのは容易だろう。

違う。彼が感じている恐ろしい重圧は、**殺気**だ。


殺気とは、魔法の呪文でも見えない糸でもない。それは、真の古強者ベテランにしか見えないものだ。捕食者の微細な情報を読み取る能力座り方、呼吸の仕方、一片の迷いもなくこちらを見つめる視線。普通の人間の目には、ただ岩の上に座る子供にしか見えないだろう。だが、ソーンには真実が見えた。


一生分の殺戮によって洗練された姿勢。何千人もの死を見届けてきた目。カインの体は、前世からの大量殺人鬼のオーラを強烈に放っており、血の匂いが空気を窒息させるほどだった。


*(子供じゃない)* ソーンは柄に手をかけ、震えた。*(こいつは子供の皮を被った古強者だ)*


だが、撤退を命じようとしたその時、欲が耳元で囁いた。女王はこの少年の首に「爵位」を約束していたのだ。


ソーンは一歩踏み出し、「慈悲深い騎士」の顔を作った。短剣を鞘に収め、両手を広げて温かく微笑む。

「カイン様!」ソーンは叫んだ。練習した通りの安堵の声を出す。「おお、神よ! やっと見つけましたぞ! お父上が我々を遣わしたのです! 何年も探しました!」


標準的な『救助プロトコル』だ。希望を与えて警戒を解き、近づいて首をへし折る。


少年は噛むのをやめた。

ソーンを見た。

その目は鈍い赤色。死んだ目だ。

「親父なら」少年はしわがれた、低く荒い声で言った。「ヒ素とブラッドルート(毒草)の臭いがする奴らを寄越したりはしない」


ソーンは凍りついた。*(20メートル離れた場所から、俺の刃の毒の臭いを嗅ぎ分けたのか?)*


「ご安心ください!」ソーンは近づいた。「我々は近衛兵です! あなたを妹君の元へお連れするために来たのです! エレナ王女が待っておられます!」


少年は首を傾げた。

「エレナ?」

一瞬、赤い瞳に人間性の火花が散った。

だがすぐに消え、愉悦に変わった。


「もしお前がエレナを知っているなら」少年は言った。「あいつがセンスの悪い男を嫌うことを知っているはずだ。革鎧にベルベットだと? ダサすぎる」


ソーンの笑顔が引きつった。「遊びは終わりだ。来い、小僧。抵抗するなら、安全のために力を使わせてもらう」


少年はため息をついた。リンゴの芯を肩越しに捨てた。

「たった5人か?」彼は呟いた。「もう少しドロップ率がいいのを期待してたんだがな」


ソーンは瞬きした。「なんだと?」


「経験値(XP)だ」少年は意味不明な言葉を言った。「まあいい。リス、左翼を頼む。俺は真ん中のゴミを片付ける」


*(リス?)* ソーンは思った。*(誰だ?)*


突然、左側の霧が悲鳴を上げた。

*ヒュッ。*

灰色の影が霧の中を走った。

偵察役のバイパー2が息を呑み、喉を押さえた。

赤い線が現れる。

次の瞬間、顔が紫色に変色した。

彼は膝をつき、血管が黒く変色する喉を掻きむしった。

*ドサッ。*

3秒で絶命。


「敵襲!」ソーンは叫び、毒の短剣を抜いた。「殺せ! ガキを殺せ!」


「慈悲深い騎士」の仮面は砕け散った。

残りの4人の暗殺者が、岩の上の少年に殺到した。

彼らはランク3の達人だ。マナで肉体を強化し、目にも止まらぬ速さで動く。

バイパー3が槍で突く。4と5が剣で挟撃する。ソーンは心臓を狙った。


完璧なキル・ボックス(必殺圏)だ。

だが、少年は動かなかった。

退屈そうに、彼らが来るのを見ていた。


「陣形A!」ソーンが叫んだ。「挟撃だ!」


刃が接触する直前。

**ズンッ。**

少年が消えた。


「なっ?!」

ソーンは空を斬った。少年が座っていた岩は空っぽだ。


「遅い」背後で声がした。


ソーンは振り返った。

少年は陣形の**後ろ**に立っていた。

まだ包丁を持っていない。素手だ。


「お前ら、マナに頼りすぎだ」カインは失望した教師のように言った。「足音がうるさい。呼吸が乱れてる。殺気で攻撃を予告している。これが王室暗殺者のレベルか? 笑わせる」


「黙って死ね、化け物が!」バイパー3が叫び、風魔法を纏った槍を突き出した。


カインは避けなかった。

突きの内側へと**踏み込んだ**。

**『第一式:無影歩』**。

穂先を数ミリ単位ですり抜ける。風魔法が髪を揺らしたが、肌は傷つかない。

彼は空いた手を振り上げた。指先はマナではない、暗く高密度のエネルギーで覆われている。重く、圧倒的だ。

**『第二式:砕鉄爪さいてつそう』**。


*バキッ。*

カインは槍の柄(強化された鋼鉄木)を掴み、枯れ枝のようにへし折った。

同じ動きのまま、彼の手は前進し、バイパー3の顔面を鷲掴みにした。


「寝てろ」カインは囁いた。


彼は男の頭を泥に叩きつけた。

*グシャッ。*

吐き気を催す音がした。暗殺者の頭蓋骨が卵の殻のように陥没した。男は即死した。


「ら、ランク3の防壁を素手で砕いただと?!」バイパー4が恐怖に叫び、剣を振り下ろした。「死ねぇ!」


カインは彼を見もしなかった。

背中に手を伸ばし、**『名無し』**の柄を掴んだ。

優雅に抜いたのではない。力任せに引き剥がした。

振るった。

技術ではない。純粋な暴力と、80キロの鉄塊の質量だけだ。


*ガギィン!*

バイパー4の上質な鋼の剣金貨50枚の価値がある魔法剣は、衝突した瞬間に粉々に砕け散った。

包丁は止まらなかった。

そのまま弧を描き、バイパー4の胸に命中した。

*グチャッ。*

切断音ではない。トマトをスレッジハンマーで叩き潰したような音だ。

バイパー4は10メートル後方へ吹き飛ばされ、胸郭を粉砕された。木に激突し、地面に落ちる前に死んでいた。


ソーンは凍りついた。

10秒で3人が死んだ。

これは戦いではない。餌付けの時間だ。


「き、貴様……何者だ?」ソーンは後ずさりしながらどもった。「報告では不具者のはずだ! マナ無しの欠陥品だと!」


「そうだよ」カインは包丁についた肺の組織を指で弾き飛ばしながら言った。「俺のマナはゼロだ」


彼は一歩踏み出した。彼から放たれる殺気は窒息しそうだった。戦士の熱い怒りではない。冷たく、無限の深淵アビスのような虚無だ。

「だが、誰がマナだけがこの世界の力だと決めた?」


ソーンは背を向けた。

「中止だ! 総員撤退!」


彼は森の境界線に向かって走った。彼は隊長だ。一番速い。風魔法がある。逃げ切れる。

**【加速ヘイスト】**を発動。速度が倍になる。

空き地の端に到達した。自由だ。


その時、木の上から影が落ちてきた。

**リサンドラ**。

ドスンという音はしない。羽根のように着地した。

彼の進路を塞ぎ、二本の骨の短剣を構えている。紫色の瞳が冷たい悪意で輝いていた。


「どけ、エルフ!」ソーンは絶望的に斬りかかった。

リスは防御しなかった。液状の煙のように彼の下を潜り抜ける。

彼女は彼のアキレス腱を斬りつけた。

*スパッ。*


「ぐあぁっ!」

ソーンは倒れ込み、悲鳴を上げた。

這おうとしたが、足が焼けるように熱い。傷は深くないが、毒が……液体の炎が血管を駆け上がり、血液を酸に変えていくようだ。


「マスターが一人残せって言ったから」リスは感情のない声で言い、彼の剣を蹴り飛ばした。


ソーンは仰向けになり、喘いだ。

カインが歩いてきた。彼は倒れた隊長を見下ろし、月光を遮った。

カインはあの鈍い赤い瞳で彼を見下ろした。


「た、助けてくれ……」ソーンは動かない足を抱えて懇願した。涙が顔を伝う。「め、命令に従っただけだ! 女王陛下が……無理やり! 家族がいるんだ!」


カインはしゃがみ込んだ。

怒ってはいない。復讐心も見えない。

ただ、退屈そうだった。


「お前の家族なんてどうでもいい」カインは静かに言った。「女王もどうでもいい」

彼はソーンのポケットに手を入れ、金貨の袋、地図、そして小さな塩の袋を抜き取った。

「お? 高級な岩塩だな。いいじゃないか」


「な……何をするつもりだ?」ソーンは囁いた。


カインは立ち上がった。

「逃がしてやる」


ソーンの目が希望に見開かれた。「ほ、本当か?」


「ああ。伝言役が必要だからな」

カインは身を乗り出した。

彼の瞳が**深紅**に閃いた。

一瞬、ソーンは少年の背後に幻影を見た死体の山、血の海、そして骨の玉座に座って微笑む悪魔を。

ソーンは失禁した。


「た、助けてくれ……」ソーンは懇願した。「家族が……」


カインはしゃがみ込み、長い沈黙の間、ソーンを見つめた。

そして、コテンと首を傾げた。


「家族がいるのか?」カインは純粋な好奇心で尋ねた。「そいつら、美味いのか?」


ソーンは凍りついた。「は?」


「冗談だ」カインは真顔で言った。笑っていなかった。「今のジョークだぞ。そこは笑うところだ」


ソーンは異次元の笑い声のような、ひきつった悲鳴を上げた。「へ、へへ……」


「よろしい」カインは満足げに頷いた。「さて、よく聞け、ミスター暗殺者。俺にはジレンマがある」

カインは指折り数え始めた。とても真剣な顔だ。

「お前を殺すと、死体を隠さなきゃいけない。それは肉体労働だ。俺は肉体労働が嫌いだ」

「お前を逃がして、お前が女王に真実を話せば……来週にはランク4の指揮官が来る。そいつを殺さなきゃいけない。次はランク5の将軍が来る。そしたら俺は逃げなきゃいけない。それは非常に面倒くさい。俺には農業があるんだ」


カインは、ソーンを壊れた道具を見るような目で見下ろした。

「わかるか? お前は非常に『不便』なんだよ」


ソーンは震えた。「しゃ、喋りません! 誓います!」


「当然喋らせないさ」カインは言い、ポケットに手を入れた。

彼は自分の着ているシャツヴァレリウス家の紋章が入ったものの肩の部分を引き裂いた。

彼はその汚れた布切れをソーンの胸に投げつけた。


「これが台本スクリプトだ」カインは厳しい舞台監督のように言った。「お前は沼に入った。俺を見つけた。だが悲劇が起きた!」

カインは大袈裟に息を呑み、胸に手を当てた。

「巨大なスワンプ・クロコダイルが現れた! ガブッ! 哀れなカイン様は一口で食べられてしまった! 残ったのはこの血まみれのシャツだけ!」


ソーンは布切れを見つめた。「お、俺に……死亡報告をしろと?」


「そうだ。俺が死ねば、女王は俺を狩るための予算を打ち切る。あの女はケチだからな。経費削減できて喜ぶだろうよ」


「ですが……」ソーンは躊躇した。カインの冷たい目を見て、恐怖を飲み込んだ。「ですが……お父上は。ヴァレリウス男爵は。もし公式報告書であなたが死んだことになれば……男爵と妹君は、心が壊れてしまいます」


カインは動きを止めた。

瞳の中のふざけた狂気が、一瞬だけ消えた。

彼は王都の方角を見た。

「ああ。あの親父と、泣き虫か」

彼は頭を掻いた。

「確かにな。親父が俺の死を知ったら、馬鹿なことをしでかすかもしれん。死体を回収するために軍隊を率いて沼に侵攻してくるとかな。俺の野菜畑が荒らされるのは困る」


カインはため息をついた。「わかった。残業だ」

彼はソーンの襟首を掴み、顔を近づけた。

「お前は二重スパイ(ダブル・エージェント)になれ。女王には、俺は死んだと言え。嘘泣きをして、このシャツを提出しろ」

「だが……」カインの目が細められた。

「親父にはメッセージを伝えろ。こっそりとだ。女王にも、他のスパイにも知られるな」


「メ、メッセージ?」ソーンは尋ねた。「なんて書けば? 『生きてます』と?」


「違う、このバカ。そんなこと書いたら、女王のスパイに途中で読まれるだろ」

カインは顎を叩いた。

「こう伝えろ。**『ヘビのジャーキーは美味かった』**とな」


ソーンは瞬きした。「へ、ヘビの……ジャーキー?」


「親父ならわかる」カインは言った。「内輪ネタだ。超面白いぞ。親父も爆笑するはずだ」

(それは冗談ではなかった。3年前の馬車の中での会話だ。カインが今もちゃんと食べていて、狩りをしていて、あの頃と同じ『狼』のままであるという証明だ)


カインは立ち上がり、指を鳴らした。

「リス、ジュースをやってくれ」


「はい、マスター」

リサンドラが影から現れ、緑色の液体の入った小瓶をソーンの斬られた足にかけた。

*ジュッ。*

液体が泡立ち、ソーンは叫んだ。

「ぎゃああ! なんだこれは?!」


「解毒剤だ」カインは言った。「それを使わなきゃ、あと10分で心臓が止まってたぞ。死んでちゃ郵便配達はできないからな」


カインはソーンの頬を軽く叩いた。暗殺者は激しく身をすくませた。

「行け、ソーン。俺の死を確認した英雄になれ。報酬をもらって、長生きしろ」

カインの顔から、突然すべての感情が抜け落ちた。死体のような顔になった。

「だが、もし裏切ったら……あるいは親父への伝言を失敗したら……」

彼はソーンの耳元で囁いた。

「お前を見つけ出し、皮を剥いで、素敵なブーツを作ってやる。新しいブーツが必要なんだ。サイズは27センチだ」


ソーンは後ろへ這って逃げながら、首が折れそうなほど激しく頷いた。

「わ、わかった! やる! ヘビのジャーキー! ワニに食われて死亡! 理解した!」


「いい犬だ」

カインはシッシッと手を振った。「さあ行け。雰囲気が台無しだ」


ソーンは振り返らなかった。

足を引きずりながらも、彼は生きていた。彼は破れたシャツを、聖遺物のように胸に抱きしめた。

彼は走った。人生で一番速く走った。

彼は不具者を殺しに来たはずだった。

だが今、彼は王国で最もイカれた怪物の、恐怖と混乱に満ちた部下として帰還することになったのだ。


---


**【その後】**


彼は鋼鉄の短剣バイパー4の予備武器をリスに投げた。

「待ち伏せはお見事だ。隠密スキルが上がったな。攻撃の瞬間まで殺気を完全に消していた」


リスは短剣を受け止めた。珍しく、灰色の頬が赤く染まった。

「ありがとう……マスター」


カインは暗殺者たちの無惨な死体を見た。

「装備を剥ぎ取れ。革鎧は縫製は雑だが、素材としてはそこそこ丈夫だ。それとスパイスを探せ。王室の犬はいいレーションを持ってる」


「はい、マスター!」リスは花を摘むように嬉々として、エリート暗殺者の死体を漁り始めた。


カインはリンゴをもう一口かじった。

彼はキャンプへ背を向けた。

「今夜は塩漬け豚と暗殺者のレーションで宴会だ。明日は……ヒドラ・キングを狩るぞ」

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