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異世界転生した寿司職人ですが、神の包丁で魔王の呪いごと捌いてやります ~女神様は俺の寿司の虜ですが何か?~  作者: 小宮めだか
1章 凍てついた世界

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神託の洞窟

フィリナたちはこの神託の洞窟を目指して進んできた。

ラベルク地方にある伝承の地。女神の神託が下りるとされる湖のある洞窟。

神機が顕現する可能性が高いというグラーチス師匠の言葉に従ったのだ。

……そしてケイブベアに襲われた。

「トラジだっけ。さっきこの洞窟からいきなり出てきたよね。なんで?」


 歯に衣着せぬ、いや――全く無頓着とでも言えばいいのか。

 エルフってほんと変人が多いイメージ。

 そういうわたしも、ずっと教会の中で育っているから世間ずれしてなくていいわねってよく嫌みを言われる。


 エレノールの質問に、トラジの目が明らかに宙を泳ぐ。

 彼の肩の上でグリューンが意味ありげにポージング。

 しばらく考え込んでいたが、エレノールが「早く」と急かすようにひと睨みすると、「わかったよ」と言って、顎の辺りをかきながら話し始めた。


「俺が地球というところから、異世界転生してきたって言ったら信じるか?」


 トラジは自分が持っていた包丁の置き場所に困ったんだろう。ちょうど彼のベルトに包丁ケースがあったのをわたしが指で差し示すと、ひどく驚いたような声を上げた。


「まさか、ほんとに星流人(せいりゅうびと)だっただなんて。普通なら絶対信じないんだろうけど!」


 星流人とは違う世界から来たもの達を指す総称。

 エレノールの瞳が映えるように輝く。

 また……異常覚知(シックス・センス)

 便利な異能だこと。


「……だめ。さっきと一緒。調べようとしても鑑定不能で弾かれるわ」


 明らかにお手上げという顔をしてわたしの方を振り向く。

 エレノールはかなり高位の魔導師。それは彼女の羽織っている真紅のローブが魔導士としての階級を示していることでも分かる。

 真紅はβ(ベータ)級の証。最上位は紫のα(アルファ)級であり、そのすぐ下の位であるということ。


「だーからよぉ! さっきから言っているだろ。神の包丁の使い手なんだよコイツは。まぁ、使い始めたのはつい今しがたからだけどな」


 くっくっく……と何が面白いのかは分からないが、グリューンが腹を抱えて笑っている。


「じゃあ質問を変えるわ、トラジ。あなたは何のためにここまで、その……異世界転生をしてきたの?」


 星流人に、なぜ異世界から来たのかを問い掛けるのはものすごく変な話。

 わたしは自分が言ったこととはいえ、辟易した顔をしていたと思う。


「俺は元の世界で火事に巻き込まれて死んでしまったんだ」


 うわごとのようなトラジの声。


「その時に師匠にこの包丁を託された。これが神の包丁ってもので、この世界に転生する手助けをしてくれた。細かいことはほとんど分からなかったけど」


 わたしもエレノールもトラジの独白に聞き入ってしまう。

 トラジは混乱しているようだけど、それはこっちも同じ。


創元(そうげん)師匠の願いなんだ。この包丁を託すから寿司を握り続けろって。それが世界の理を正すことになるって言われた……でも、結局どうすればいいのか。全く理解が追い付いていない」


 わたしとエレノールの目が見開かれる。

 創元!?

 伝承に出てくる、エリュハルト創生に関わったとされるフィーム族の天才料理人の名前。

 おとぎ話や経典の中の伝説として語られる人物の名前が、そんな突然に出てくるなんて。


(嘘だとしても、もっとそれらしいことは言うはず。本当にトラジは星流人で、彼の持っている包丁は、神の包丁のうちのひとつなんだわ)


 ケイブベアをいとも簡単に(ほふ)った威力。

 恐ろしいほどの焔の力を秘めたその一撃。

 わたしもエレノールも死を覚悟していたそんな状況だったのに。

 トラジが現れて、結果的に生還する事ができた。

 そんな自分の思考に耽っていると、トラジの腹の虫が盛大に不平を言っている音が、静寂に支配された洞窟内にやけに大きく響き渡った。


「なぁなぁ、それよりさ。相棒に飯を食わせてやってくれ! 死ぬぞ、腹ペコで」


 グリューンの懇願する声。

 トラジが腹を押さえて、その場に座り込んでしまう。

 エレノールは渋い顔で背負っていたリュックを探り、硬いビスケット風の携帯食料を取り出す。栄養はあるし、空腹はしのげるけど、ただそれだけのもの。


「んぐ……もぐ、もぐ……ありがとう。でも、美味しくはないな」


 トラジが不満げにつぶやく。


「なによ! せっかく食料を分けてあげたのに文句言うの?」


 エレノールが細く、優美な曲線の眉毛を吊り上げる。


「旅の途中、しかもこんな雪原のど真ん中でなにを贅沢言っているのよ!」


(不味いのは百歩譲ったとしても、エレノールが怒るのも無理はないわね)


 携帯食というのはそういうものだ。特に冒険や戦場という場面ではまともな食事にありつけるなどと言ってはられない。生きることが大事で、それ以外……特に食事を楽しむという要素は度外視されるのは当たり前。

 それがわたしたちの常識だった。


「相棒。あれを感じねぇか」


 グリューンが嬉しそうに飛び跳ねた。

 その声で洞窟の更に奥、冷たい空気の中に微かな光が揺らいでいることに気付く。

 トラジの腰のケースに仕舞われた包丁が『ブゥゥゥン』と小刻みに震える音が聞こえた。


「グリューン……なんだろう……俺を呼んでいる気がするんだ」


 フラフラと洞窟の奥に歩き出すトラジ。

 その瞳は先ほどまでの彼の思考が全く反映されていない、空虚なもの。

 ブツブツと何やら独り言を言いながら、導かれるような覚束ない足取り。


「魔力の波動が安定してる。純粋すぎて気味が悪いくらいね。まるで神そのものが大きく息をしているみたいな感じ」


 エレノールの上気したような顔つきに、わたしは期待というより不安を覚える。


(わたしの中で揺れている、この騒めくような心持ちはいったい)


 揺れるように歩きはじめたトラジを不安げに見やった。


次回からはトラジ視点に戻ります。

いよいよ女神の登場。お楽しみに!

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