エピローグ
きゅるんきゅるん。
小さな羽を広げて飛びまわる音が、戦いが終わった雪原に響き渡る。
もちろんそれは双神カートルニルフの化身である、春の精霊ニルフのものだった。
村人たちは聖なる山より降り立ったかの姿――それは小さな4枚の羽根を生やした幼い男の子のような姿――初めは驚きをみせる。
王国騎士団の面々も最初は油断なく武器を構え、魔王軍の新たなる脅威かと疑っていたものも多かった。しかしそれがエリュハルト十二神に連なるものだと認識した時の衝撃は村人たち以上であった。
「ラベルクに住む全てのものたちよ! 遅くなってごめんね……今こそオイラの力を開放すべき時さ! いざ、ぐるるりんっぱ!!!」
ラベルク村の遥か上空。澄んだ空気が交わる場所。
ニルフは大きく背伸びをするような仕草をする。
小さな腕を一生懸命にぐるぐると回し、魔力をぷにぷにとしたあどけない手に込める。
途端であった。
それは突風だった。
春一番とでもいうべき、凄まじいほどの強大な力が放たれたのだ。
「ニルフよ……ありがとう」
「双神カートル・ニルフよ。春の息吹が今ここに生まれることに感謝致します」
ベルガ感慨深げにつぶやき、フィリナが祈りを捧げる。
「神の力の一端ね。うららかな魔力の波動が体の隅々までも綺麗にしてくれるよう」
エレノールは深い碧色の瞳でニルフを遠く見やる。
雪解けの川の流れ。
王国までの続いているというナドゥ川が、春の気配に水を躍らせていた。
遅すぎた春の訪れ。
緩やかな風に、少し土の匂いが混ざり合い、草木が芽吹くような感覚を生き残ったものたちの心に運び込んでくるかのようだった。
そんな神の息吹は、ニルフが無邪気な笑顔を振りまきながら消えた後も、雪原に残り続けていた。
「このエリュハルトはなんてすごいんだ! まだまだ俺の知らないことが山のようにあるんだ」
「そうさ相棒。この創元が創造に関わった世界をお前がどう握り直すのか、オイラはどこまでも付き合っていくぜ」
グリューンの言葉にハッとする。
今まで俺はラベルク周辺の、小さな凍てつく世界をどうするか考えていればそれで良かった。でも今は違う。
この世界エリュハルトの在り方が、何となくだけれども頭の中に入ってきていた。
異世界を曇らせていく魔王レイカの存在感。
現在奴は、神の包丁の力で遠く何処かへ飛ばされてしまったとはいえ、絶対にこのままということはないだろう。
それまでに力を蓄えなければならない。
神の七包丁の生まれた意味とはなにか。
この世界を握り直すという師匠が俺に託した本当の意味。
なぜ生魚が毒という認識が当たり前のように世界に蔓延してしまっているのか。
(まだ分からないことが多すぎる。でも、俺はこの世界を隅々までもっと知りたい)
師匠に言われたからじゃない。託されたからでもない。
自分の意志として、この世界を歩いてみたい。
「なぁみんな。俺がエーデルヴァイスと戦う前に言った事を覚えているか」
頬を撫でる春の風。少し伸びた髪がゆっくりと揺れる。
焔刃が嬉しそうに震えた気がした。
「覚えているとも。王都に行って寿司を握りたいと、確かにワシたちの前で高らかに宣言していたぞ。その寿司を広げる旅にワシも連れて行ってくれないか」
ニヤリとベルガが歯を見せて笑う。
「いいのかベルガ。でも王国騎士団の隊長って肩書はどうするんだよ」
「騎士団の使命を投げ出そうとしたワシには王都に戻っても除名処分が待っているだけだ。気の合う奴らももうこの世にはいない。お前と旅をするのは面白そうだ! ワシの新たなる友トラジよ。全力でお前を守ろうではないか」
ベルガの本気が伝わる熱い気持ちに言葉がでない。
フィリナがそれに続いた。
「その旅にわたしも混ぜて欲しい」
茶色の瞳がまっすぐに俺を見つめる。長い黒髪が風にたなびくように流れる。
「わたしは始めあなたの持つ包丁だけが興味の対象だった。でも今は違うわ。わたしはトラジのつくる寿司がもっと食べたいんです」
「あはは。食いしん坊の女神様が降臨しただけはあるな」
俺はフィリナの強い想いの籠った視線に気恥ずかしくなって茶化すように笑った。
「美味しい物を食べたいだけじゃないの。たぶんわたしはずっと思っていたこと、この世界の在り方と教会の意味と。シャウザ・ニーク様と直接触れて、もっともっと知りたくなった。貴方と共に旅すればその意味を知ることができるかもって思っている」
「そうよ! フィリナよく言ったわ。それよそれ!!」
突然フィリナの言葉を遮るようにしてエレノールが腕組みをしながら割り込んでくる。
「あたしもトラジを、神の包丁の魔力を離さないわよ!! あなたの包丁には世界の理が詰まっているの。絶対にあなたを追いかけて、あたしの夢を思い出すんだから……覚悟しなさいよ!」
俺は二人の言葉に大笑いした。
それは彼女たちの言葉にまったくの嘘偽りを感じなかったからだ。
旅に付いてくる理由なんてそれぞれだ。
想いの強さを受け止めたい。そっちの方が大事だと思う。
「フィリナは俺の寿司が好きで、エレノールは包丁が好きなんだな。よっくわかった」
「ひひひ、相棒! モテモテじゃねぇか。これが異世界ハーレムってやつか?」
どうしようもないことばかり言っているグリューンを軽く指で弾く。
そして焔刃を掲げると、大きく宣言する。
「まずは王都に行って寿司を握る。他の食材だって絶対あるはずだ! みんなこんな俺だけど、寿司をこの世界に広げる旅に付いてきてくれ」
大きな歓声を上げて、フィリナ、ベルガ、エレノールの手が勢いよく天に向かって伸びた。
グリューンも必死に小さな両手を上に向けている。
そう――これからまた俺達の新しい冒険が始まったんだ。
これにて第一部完となります。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
この後王都編に進み、他の神の包丁はどうなるのか、トラジの進退はどうなるのか、そもそも寿司を王都でも握れるのか、魔王はどうなったのか……書きたいことはたくさんあるのですが、一度ここで完結させたいと思います。
もしもこの先を読みたいという声が多数寄せられるという奇跡が起きた時に。またこの先の物語を書き綴りたいと思います。
これまで読んで頂いてありがとうございました。




