兄弟の包丁の意味するもの
「なんなのよこの魔力は!……頭おかしくなりそう。やめて……そんな顔して、なんでそんな魔力の波動出せんのよ!?」
初めてそんな表情をしたエレノールを見たかもしれない。
ただガタガタと体を大きく震わせ、まるで寒気吹きすさぶ雪原に裸で独り突然落とされたように、両手で体を覆うようにして目の前の異形の魔力に耐えているようにしか見えなかった。
「やっと死んでいった仲間たちの為にこの斧が振るえるのだ……くそっ! 我が身体よ動いてくれ! どうして一歩も動かせんのだ!」
ケリーさんを抱えながら悲痛なベルガの叫びが、どこか遠く別世界のような言葉として響く。
『ああ……ごめんね。ボクの魔力強かった? ちょっと久しぶり過ぎて加減が分からなくてさ。辛かったら謝るよ。でもすごいじゃないか! ヒサメ相手に素晴らしい戦いだったよ。思わず近くで観たくなっちゃっただけですぐ帰るからさ。またカルアに怒られちゃうからね。トラジ聞いてる?』
全身の毛が泡立つような拒否感。
寿司職人をやっていて、色々な客を見てきたつもりだし、中にはどうしようもない奴らだって沢山いた。しかしコイツは……群を抜いている。
口調だけは柔和に、どこまでも楽しんでいるかのような雰囲気を醸し出しながらも。
底知れぬ悪意と邪悪さは隠してさえもいない。
「いい加減にしろよ、魔王」
魔力と気力と腹具合を極限まで振り絞る。
残るものが無くなったって構うものか。
敵う敵わないという問題じゃない!
心の琴線を汚されたら、それに対して怒りを向けるべきだ。
これはそういう相手だ。
『焔化』
焔刃に願いを込める。しかし……
ゴトリ
俺の足元になにか長い棒のようなものが転がった気がした。
「相棒! 右腕が……」
刻が巻き戻るかのような感覚が頭の中を駆け巡り、軋むような激痛が後からやってきた。
「あああああああああああ!!」
俺は左手で失われた右手があった場所を慌てて抑える。
目の前で凝縮された光が点滅する。それは脳天を貫くような純粋な痛覚として突き抜けてくるかのようだ。
しかし、それすらも次に自分が感じたあまりにも不可解な感覚に塗り替えられた。
「え? ばかな……右手がある!?」
膝を折った俺の左手が触ったものは、確かに焔刃を握りしめた自分の右腕。
元々からそこにあったそれは、知覚すると同時に問題なく動かすことができるもの。
『どうしたのかなトラジ。 まさか自分の腕が落されるなんて、そんな幻覚でも視たのかな。キミは疲れているんだよ。ゆっくり休むといい』
さもつまらなそうにつぶやく魔王レイカ。
キシシ……と口元を押さえてうれしそうにニヤけるニコル。
『まぁ、今回はヒサメの完敗ってことで手を打たせてもらうよ。ボクからキミ達に敢闘賞を送らないとね』
「……いや、それでは私が納得できませんね。魔王レイカ」
魔王の足元から冷気が這い上がった。
それは氷雨兄さんの声。
どこまでも孤高を貫く、高い自尊心は奴の言葉を許さなかったんだ。
兄さんの魔力に呼応するかのように、俺の右腕に握られた焔刃が唸りをあげた。
『!!!』
はじめて魔王レイカの瞳に感情が宿った。
それは俺や兄さんに対してじゃない。
すぐに分かった。
焔刃と凍凪。
まるで兄弟のように、喜び合い、抱き合い、再会を祝して謳いあげるかのようだ。
『――この力は!』
魔王レイカは二つの神の包丁が称え舞うさまを、心を奪われたように魅入っていた。
それは長いようで、一瞬の間。
重なり合うふたつの包丁の間から、揺さぶれるような真っ黒な空間が形成される。
焔と凍りが混ざり合い、それは爆ぜるようにして魔王レイカを包み込んだ。
異空間へと誘う力。
口を開けたその空間の先に見える真っ青な大気を湛えたモノ……それは俺にとってよく見覚えのある惑星だった。
おそらくは焔と凍りが揃うことで、この地エリュハルトと対なる存在へ橋渡しをするように初めから既定されていたのであろう。
二つの神の包丁を創り出した者によって……
それを瞬時に魔王は察した。
『いいでしょう……しばしこの力に身を委ねてみることにしましょう』
魔王は全く抵抗をみせない。
突如訪れたはずの未知の力に、なんらかの対抗する術は持ち合わせているはずだ。
しかし、何故なのか。
両手を広げ、全てを受け入れんと笑みを称える。
「まさかエリュハルトから一時抜け出すことになろうとはなぁ……グリューン! レイカの気まぐれに感謝するんだな!」
不遜な笑みを浮かべるニコルの言葉。
それが最後となった。
魔王レイカは突如出現した『時空の歪み』とでも言うべき黒い穴に飲み込まれていったのだ。
魔王レイカは一時的に地球へと飛ばされました。
この先のレイカのアナザーストーリーはまた別作品へとリンクしています。
興味のある方はぜひどうぞ。
『 黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない』




