絶対模倣
解けゆく雪原を春風のように駆ける。
手の中で膨張するような焔刃の魔力。
その力は自分自身のものだけではない。
膨れ上がりはち切れんばかりとなったこの場に居る皆の希望は、俺の中で一つの答えとして具現化された。
差し込む朝日さながらの柔らかい光。
「氷雨兄さん! これで終わりだぁあああ!!」
焔刃を振り下ろす1秒にも満たない時間。
兄さんが笑った。
諦めでも敗北感に打ちのめされてもいない。
認められた証であるかのような澄み切った顔。
俺は全てを断ち切るために、神の包丁を振り下ろしたんだ……
時間が一気に動き出す。
凍てついていた時間は流れ出したのだ。
夜明けの時間があっという間に過ぎ去るように。
緩むようにして溶け出した雪原に二人の兄弟弟子が立ち尽くしていた。
「甘いですね、虎次は……その焔刃で私を裂いてしまえば良かったでしょうに」
断ち切ったはずの氷雨兄さんから血は一滴も流れてはいなかった。
「殺すために焔刃を振るったんじゃない。俺は……兄さんと話したかっただけだ」
俺が切って伏せたのは、たぶん兄との確執。
師匠の想いは俺だけが背負うもんじゃない。
握り直せってたぶん。
そういうことなんだろう? 創元師匠。
差し伸べた手。
俺の覚悟と兄さんの想いが繋がる。
それはエリュハルトの雪解けを意味していた。
凍凪の魔力によって操られていた獣たちは四散するように後ずさる。
異形のもの達は舌打ちするように虚空に消えていく。
溶けゆく戦線に異常なまでの高い魔力が舞い降りたのを感じた。
はじめにそれに気づいたのは、おそらくエレノール。
彼女の短くも、恐怖に射抜かれたような瞳の先に視えたものは……
焔刃が切り裂くような悲鳴を奏でる。
突如姿を現したそれ……ラベルク村とヒサメ軍の丁度中程に立つ、古典的な黒を基調としたコートを着た美少年だ。
その流麗な仕草からは想像もできないような魔力が放たれていた。
『こうしてラベルク戦線は王都軍の勝利に終わりましたとさ。めでたしめでたし』
融け行く世界の温度を一気に氷点下に引き戻す、鈴を鳴らしたような甘美な声。
全てを飲みつくすかのような禍々しい光沢を秘めた紫色の髪。
その独特の、いや唯一無二の凶大な魔力には覚えがあった。
「魔王レイカ……」
ベルガの弱々しい声だ。
粉砕の大斧を握る手がブルブルと決意とは裏腹に震えあがる。
『氷結せし突進する棘……』
金髪から振り絞るようにして高まる魔力をふり絞るはエレノールの魔導
2メートルには達するであろう、巨大な氷柱というよりは、研ぎ澄まされた光線のような棘とでも表現した方が的確だ。
それが5つ!
真っ直ぐに貫くようにして、魔王レイカの身体に迫る。
愉しそうに魔王は笑った。
「エレノール、止めて!! あれはかの者の模倣の力……」
途端に傍に立っていたフィリナが悲鳴をあげる。
いや、それは女神の警告だった。
その声は集中力を極限にまで高めていたエレノールの耳に届いたのかどうか。
確かめる時間は無かった。
『焔の大盾!』
一気に5枚に展開された燃え上がる焔の盾にて辛うじて直撃を避ける。
集中から解き放たれるようにエレノールの碧の瞳の光が変化する。
くすぶるようにして消失した盾の向こうに立っていたのは、茶色の毛並み、小さな牙が特徴的な俺達がよく知っている獣人、ケリーさんだ。
虚ろな眼で彼はそのまま雪の中に崩れ落ちる。
真っ青な顔をして駆け寄るベルガ。
空気が漆黒を纏った。
それは俺と女神のすぐ後ろ。氷雨兄さんのすぐ傍で暗黒が口を開くようだった。
『シャウザ。種明かしをしたらつまらないじゃないか。トリックは分からないから面白い。せめて手品が終わってから告げようよ。そうは思わないかいトラジ』
「レイカ! あなたという人は……」
吐き捨てるようにしてフィリナの両の手に金色の魔力が込められる。
『拳聖アルベルトか!! 懐かしいね。天の御園で眠りにつく彼は今何を想うのか』
尊大に顎を上げ、女神が込める力に全く抵抗する素振りすら見えない魔王。
その時俺は知覚した。
奴の肩にふんぞり返ったトカゲの姿を。
「エコル! お前まで居やがったのかっ!」
グリューンの裏返るような素っ頓狂な声。
丸眼鏡をずらしながら、エコルと呼ばれたトカゲはふてぶてしい態度で俺たちを見下すかのようだ。
「グリューンか。またレイカの悪戯に付き合ってくれよ。エリュハルトが終わりを迎えるまででいいからさ」
その瞬間、俺の隣で魔力がはじけ飛んだ。
目で追うことすらできなかった。
女神の力を両手に込めていたはずのフィリナが後方に吹き飛ばされるのが見えた。
魔王レイカの両の手には、同じく金色の魔力。
何が起こった?
『そうか。視るのは初めてだね。これがボクの力さ――【絶対模倣】というね』
レイカの真紅の瞳が輝く。
膨大な魔力が一気に大気中に注がれる。
いつの間にやらエコルの口元に咥えられたそれは……透き通る虚空を表すかのような神機のひとつ。
それは明らかに神の包丁の一振りだったんだ。




